285 「1932夏後半」

「日本の西竹一。金メダルです!」


 ラジオから、そんな放送が流れてくる。

 ただ実況中継じゃない。「実感放送」と言うやつらしい。

 NHKは実況放送をする気満々だったけど、色々揉めて出来ず。代替手段として、競技を観戦したアナウンサーがその場でメモを取って、競技場の近くのスタジオに移動してから、日本に向けてまるで実況しているように放送しているのだそうだ。


 なお、1932年のロサンゼルス・オリンピックは、欧州以外で史上2度目のオリンピック。セントルイス大会以来らしい。

 ただ世界的な不景気の真っ只中で、注目度は今ひとつ。各国お金がないから、選手や役員の数は前回大会の約半分という寂しさだ。

 そんな中、日本国内でのスポーツ熱の高まりや国威発揚もあり、日本は192人の大選手団を送り込み、過去最多となる18個のメダルを持ち帰った。


 その最後を飾ったのが、オリンピック最終日に行われるこの時代の花形競技である馬術障害「グランプリ障害飛越競技」での、日本の西竹一選手の金メダル獲得だ。

 放送を聞いているととても難易度が高いらしく、参加した11組の人馬のうち、完走したのは半数以下の5組。しかも西竹一は、ほぼノーミスで愛馬ウラヌスとともに走り切って栄冠を掴み取った。

 それ以外の競技だと、日本は水泳に非常に力を入れていて、男子競泳ではほぼ独占するという快挙を成し遂げている。

 今までのオリンピックからだと、日本全体で大いに躍進したらしい。


 そんなオリンピックでの鳳グループの関わりは、日本体操協会とオリンピックの代表団そのものに対する寄付。

 それと、せっかく日本の代表団が大挙参加しているので、アメリカでの日本そのものの宣伝に力を入れさせた。ハーストさんにもお金を追加して、日本のオリンピック報道を増やしてもらった。


 それにハーストさんの協力を受けて、鳳系列の皇国新聞の特派員も派遣して、日本国内でオリンピック報道を積極的に行った。

 アメリカの報道各社から協力を仰げるから、この点では日本の他社を大きく上回る事に成功し、新聞の発行部数もそれなりに伸ばした。



「これでオリンピックも終わりかー」


「何を今更。だいたい、開催期間の殆どを無人島で過ごしてきたじゃないか」


「みんなでねー」


「もっと居たかったなあ」


 鳳の本邸の一番広い部屋で、子供の正装と言える制服姿な鳳の子供達が、同じようにラジオを聞いていた。

 他にも大人達もかなりいる。ラジオくらい、どの家にも下手したら人数分くらいあるから、別にみんなでオリンピック放送を聞く必要はない。

 こうして集まっているのは、お盆のお墓詣りに行く為だ。


 そして、長子だった者の三周忌までは丁寧にするのが鳳一族の習わしにされているから、14日の墓参り、15日の法要には多くの者が鳳の本邸に集まる。

 何しろ近くの青山霊園にお墓があるし、お盆だから本家に集まるのが普通だろうという日本人的感覚も手伝っている。


 だから、虎三郎一家も来れるだけ来ているし、紅家の人達も沢山訪れている。さらには、他の家に嫁いだ一族の人も来ていたりする。

 ただ、さすがに本邸だけでは大人数は収容しきれないけど、今は旧館も別館もそれぞれの家族が住んでいて、部屋には余裕があるから、本邸全体の収容人数はかなり増えていた。


 だから大勢がいっぺんに泊まっても何とかなる。本邸が気に入らない者は、山王の鳳ホテルに滞在する者もいるけど、その辺は自由になっていた。


「ここを襲えば、鳳一族を一網打尽に出来るな」


「物騒なことを言うなよ。それに、正月や5月のホテルでの宴会も集まるのは同じだろ」


「だからかな。警備の人が増えているよねー」


「エッ、そうなの? 確かに使用人やメイドはいつもより多い気はしていたけど」


 龍一くんの何気ない爆弾発言にみんなが突っ込むけど、その辺はお父様な祖父に抜かりはない。逆に、隙がなさすぎて怖いくらいだ。シカゴのギャングだって、ここまで警備は厳重にしないだろう。

 この辺りは、上海で成り上がった鳳一族ならではと言えるものらしく、さらに上海で暮らした経験のあるお父様な祖父の麒一郎らしくもある。

 私としては、日本有数の大財閥に成り上がったんだから、警備を怠らないのは当然という別の感想があるけど、お父様な祖父としては別の意味で自然な行動でしかなかった。


 けど、警備の強化は、少なくともお盆は過剰と言える。

 何しろ青山霊園は日本の主要な人達が多く眠っている。当然、御墓参りする要人も多く、警察も警備を強化している。

 それにお盆に財閥一族を襲撃しようと考える人は、常識的に考えていない。そもそも、財閥一族皆殺しなんて考える過激を通り越えた者は、妄想レベルでの存在だろう。


 ついでに言えば、鳳を快く思わない中でも心の沸点が低い人達は、基本的に財閥、華族を憎んでいる人達。つまり『正義の味方』を自認する連中だ。だから、こういう宗教的な時は、むしろ襲ってくる確率は下がる。

 しかもここ数年に限れば、そういう連中が鳳を襲う可能性はさらに下がる。何しろ偽善と打算で世の中に最も尽くしている一族、財閥は、鳳だ。

 だから私も、子供達の他愛ない会話をのんきに聞き流すことも出来るというものだ。


「さあ、そろそろ曾お爺様をお迎えに行きましょう」




 青山霊園。

 ここには、明治以来の多くの著名人の墓がある。政治家、軍人、文学者、芸術家など様々だ。

 宗派を問わない公営墓地というのもあるけど、その立地と明治政府に関わる人が弔われていることが影響しているのは間違いないだろう。諸外国で言えば、国立墓地にすら匹敵する。

 鳳一族の場合は、数人分としてそれなりの場所を確保してあるけれど、そこには開祖の弦一郎と蒼一郎、そして私の父の麒一の墓だけがある。鳳の長子だけが入れる墓だ。


 そして、東京での菩提寺は増上寺にしているけど、鳳一族としての菩提寺と墓は別にある。一応長州藩出身の下級武士という事になっているので、山口県が一族の大半が葬られる場所になっている。曾お爺様の蒼一郎の弔いも、そちらでもしてもらっている。

 そしてどっさり喜捨、お布施、諸々をしたので、お寺自体が最近さらに立派になったと聞く。ただし、私は訪れた事がない。一族の者も、大半の者は高みに旅立ってから故郷に帰るのが普通だ。

 もっとも、他人の体を借りて転生してきた私が、青山の墓なり一族と同じ墓の下に入れるのかかなり疑問に感じている。


 それはともかく、青山霊園。

 一族の数も多いので、混雑してはいけないから時間をずらして何組かに分けてお参りを済ませる。

 私は本家と、本家に近い人たちと一緒の組だ。


 現地までは歩いて行く。何しろ鳳の本邸から、一番近い場所で直線距離で300メートルほどしか離れていない。もちろん、広い霊園内をそれなりに歩かないといけないけど、それでも数百メートルなのは変わらない。

 それにお盆の青山霊園は、満員御礼、千客万来だ。ほぼ唯一の近所のものが、車の行列を作って乗り付けては白い目で見られるくらいじゃあ済まないだろう。世間体の為にも、行列こそ作っても歩いて赴くのが吉だ。

 それに、車に乗ったところで冷房などない時代だから、オープンカーでもない限り車に乗ったところで蒸し風呂だ。だから日傘をさしてもらいつつ、悠然と向かう。


 そうして現地に着くと、予想通りというか当然というか、普段はひっそりとしているという霊園内は多くの人が訪れていた。お父様な祖父やお兄様などは、時折顔見知りなどとすれ違うと挨拶を交わしている。

 当然、私達子供は軽く会釈する程度しかしない。仮に私を知っている人に会っても、当主の麒一郎が何も言わない限りは、お互い会釈のみ。


 何しろ今日の主役は、あの世から帰ってくるそれぞれの親族やご先祖だ。明日の法要はそうはいかないけど、今日くらいは曾お爺様に甘えても良いだろう。

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