288 「三度目の夢枕(3)」

「一族のことは、取り敢えずこれくらいでいいわ。じゃあ、次は世の中ね」


「最初に言ったかもしれませんが、私世相はあまり関心なくて、詳しくはありませんわよ」


「それでも新聞くらい読んでいるでしょ」


「まあ、それなりには。けど、どうでもいい事ですし、流し読みているから覚えているかどうか」


 一区切りついたので、消えてしまう前に手早く次の話へ移ったけど、最初の時から感じていたように期待薄だ。


「覚えている限りでいいわよ。それで首相だけど、私が呼ばれた時点で山本権兵衛で良い?」


 眉を寄せる感じで見つめ返された、と思う。

 本当に世相に疎そうだ。ここは私の歴女知識が火を吹くところなのに、やり甲斐がないったらない。


「関東大震災の時点の事なんて、存じませんわ。そもそも、幼い頃は新聞も読めるわけないでしょう。せめて小学校に上がって以後にして下さらない?」


「学校で歴代総理とか習うでしょ。ま、良いわ。小学校となると、昭和に代わるあたりね。加藤高明、若槻礼次郎、田中義一、濱口雄幸、二度目の若槻礼次郎、犬養毅。そして今が斎藤実の順番でいい?」


「あなた、よくご存知ね。その通りでしてよ。多分ですけれど。今回が違っているのが、逆に少し分からないですけれど」


「まあ、今回は気にしないで。それじゃあ、犬養毅はこの5月15日に海軍将校に暗殺された、でオーケー?」


 強引にスルーさせたけど、細かく聞いてきたりしないし、それ以上拘ってもいないから、恐らくだけど自分の時の首相をよく知らない証拠だ。


「変に英語を使わないで下さる。けれども、オーケーでしてよ。こちらではお元気そうですわね」


「元気といえば、加藤高明、田中義一、濱口雄幸も亡くなっているで、間違いない?」


「どうでしたかしら。多分そうだと思いますわ。それより、どこまで首相をご存知?」


 妙なことを聞き返された。


(これって、私がどれだけ未来を知っているかって知りたいのかな? まあ、ちょっとビビらせてやろう)


 ニヤリと笑うのを自覚しつつ、ちょっとドヤ顔をしてあげる。


「どこから知りたい。やっぱり伊藤博文から?」


「伊藤って、明治の方でしょう。過去はよろしくてよ、先。そうね、私が知っている辺りまででよろしく」


「なんだ。それだけ? 21世紀まで教えてあげるのに」


「そんな無駄なものを聞いてどう致しますの?」


「無駄じゃないわよ。私の生きていた頃の受験勉強で覚えて、多少は役にたったもん」


 言葉にしたけど、歴女知識もこのレベルだと多少の役には立つ。大半は、他の人と話してもトリビア程度で終わるけど、首相くらいになると違ってくる。そして明治の首相は幕末の維新志士だったりするから、私的にはストライクゾーンだ。

 逸話とか話したくてウズウズするけど、そこはグッと抑える。


「あー、はいはい、時間もないものね。えーっと、斉藤実の次は岡田啓介、広田弘毅、林銑十郎、近衛文麿、平沼騏一郎、阿部信行、米内光政、それで2回目と3回目の近衛文麿、東條英機、小磯国昭、鈴木貫太郎、東久邇宮稔彦王……」


「ち、ちょっと、待ってくださいな。最後の方、皇族方が首相をなされるの?」


 せっかく人が調子よく話しているのに無粋な人だ。しかも終戦直後の首相を知らないとか、勉強不足にも程があるというものだ。


「東久邇宮殿下は終戦直後の首相よ」


「そ、そうだったかしら。私戦争が終わる頃は、もう死んでいるか大陸でしたし」


 そう言えばそうだった。けど、こうして聞くと、ループした人の人生はかなりのパワーワードだ。ちょっと変な汗をかきそうになる。


「そっか、じゃあ終わりにする? まだまだ言えるわよ」


「もう十分。よろしくてよ。それにしても、32年から45年までで、そんなに変わったかしら。けど、聞き覚えのある名前も沢山御座いましたし、多分同じだと思いますわ」


「フーン。まあ、同じだからって、歴史が私の世界と同じとは限らないものね。それで、3周全部同じで良いの? 違った人はいない?」


「恐らくは。あ、いえ、鈴木貫太郎ではない時がありましたわ」


(出たよ、日本死亡フラグ。聞いといて良かった)


「なに納得げですの? それに、もう一人違う方もいるのですけれど」


「エッ? マジマジ? 誰?」


「汚い言葉遣いですわね。大東亜戦争の頃の首相ですけれど、三度目は永田鉄山でしたわね」


「オーッ、永田さんが生きてる世界線があったんだ。理由はなんだろ? やっぱり相沢フラグよねえ」


「あの、訳の分からないこと、おっしゃらないで下さる」


 一人で感動していると、体の主が怪訝な雰囲気のオーラを放っていた。顔に表情とかあったら、ジト目で見られているパターンだ。


「ああ、ごめんごめん。けど、良いこと聞いたわ。やっぱり、聞いてみるものね。歴史の流れは同じじゃない」


「私には今ひとつ分かりませんが、参考になったのなら何より。それで、もう終わりかしら? あと少しくらいでしたら、お付き合いできましてよ」


 そう聞かれて、改めて思考を巡らせる。質問は短いのが1つか2つと考えると、歴史の事とかは難しそうだった。


「次は36年の9月1日で良いのね。その年の4月には月見里姫乃ちゃんが、鳳の屋敷に来ているかもしれないわよ」


「ええ、先ほども申しました通り、ご自由に」


「……手を出さないでね。体を奪い返して勝手に復讐するとか」


 私のジト目攻撃に、悪役令嬢らしく優雅な仕草、オーバーリアクション付きの上から目線が返ってくる。


「するわけ御座いませんでしょう。それに前も申しましたけど、あまり関心は御座いませんの。何しろ、『あの女』に二度復讐はしております。私、そこまで執念深くありませんわよ」


「それなのに、4回目で私を呼んでるじゃない」


「それは『あの女』以外の事よ。人生これからだというのに、追放された挙句にあんな結末ばかりなんて、あなた受け入れられて?」


「うん、それは私も嫌。けど、今何とかしようとしているのは私であって、あなたじゃないでしょう。上手くいった後で、私を追い出すとか本当にしないわよね」


「疑り深い方ね。最初にも申し上げた通り、勝ったらそのお身体はご自由になさって。私は、その次に賭けますわ。あなたから、色々と知識や教訓も頂いている事ですし」


「まだ周回する気なの? めっちゃ鋼メンタルね。それだけは、心底尊敬するわ」


「それはどうも。それで、今回の質問はお終いかしら?」


 そう聞かれて、改めて考える。

 そして一つのことが思い浮かぶ。


「この体もしくはあなたが原因で日本が破滅するって、言われた事ある?」


 聞いた途端、厳しい表情になった。大当たりだ。


「……そんな事までご存知なのね。あなた何者? ま、良いですわ。その通りでしてよ。私が『闇の巫女』とやらで『あの女』が『光の巫女』らしいですわ」


 最後に愕然とする情報。ゲーム『黄昏の一族』と全く同じキーワードが初めて出てきた。当然、今まで曾お爺様達からも聞いた事のないキーワード。

 そして私が前から抱いていた疑問と組み合わさる。

 日本の破滅回避の為には、悪役令嬢を追放する必要はあるかもしれないけど、日本にゲーム主人公がちゃんとした状態でいないと、不成立。しかもより悪い、日本滅亡の最悪エンドが待っているかもしれないという疑問と、だ。

 だから言葉を重ねる。


「そんな与太話を、みんな信じて行動したの?」


「ええ。何しろ『夢見の巫女』の予言だそうですわよ。実際、少なくとも3周目は日本は滅亡しますしね」


「うん。それなんだけど、あなたじゃなくてあの女の子が死んだか不幸になったのが、日本滅亡の原因とかってないわよね」


「……そうなんですの? 知りませんわ。少なくとも、そんな話は聞いた事御座いません。これでよろしくて?」


「えーっと、巫女の能力って何?」


「夢見や予言だとされていますわね。1周目の私には縁が御座いませんでしたけれど」


「そりゃあそうよね。じゃあ『あの女』の力は?」


「闇を見抜く力らしいですわ。胡散臭い事この上もありませんけど」


「ま、まあ、そうよね」


「ええ、全く。さて、他にはなくて?」


「あーっ、多分」


「そう。それじゃあ、時間もそろそろのようですし、ではまたお会いしましょう。ご機嫌よう」


 その言葉を聞きながらも、私は自分の考えに没頭していて返事を忘れていた。そして、過去二回と同じように意識が薄らいでいくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る