260 「新しい秘書候補」
「お話が弾んでいるようですね」
「お邪魔しまーす」
時田達と談笑しているところに声をかけてきたのは、ガッツリ気合の入った姿の虎三郎の娘さんのマイさんとサラさん。
二人は、鳳の広報活動を行う事になったので、顔見せとちょっとした広報活動の為に、鳳凰会に出席して会場に華を添えていた。
私プロデュースのフリフリヒラヒラなメイドドレスが激しく似合うという時点で、やっぱり二人は昭和初期の日本人としては規格外だ。まあ、ハーフだけど。
「あっ、お疲れ様でーす。突然無理言って御免なさい」
「ううん、全然。それにこういう催しは初めてだから、凄く興味深いわ」
「トラなんて、これでお前達も鳳グループの一員だ。来年からは貴賓席に座っても良いぞって」
「そうかもだけど、若い女子はメイド達含めて客寄せみたいなものだから、あんまりオススメしないけどね」
「それは実感した」
おっさんどもをジト目で見回す仕草付きのサラさんの言葉に、周りのみんなが軽く笑う。
けど、二人に華があるのは確かだ。しかも陽性で、未来の私とは違う華やかさがある。
「玲子ちゃんは、毎年こんな大きな会に出ていたのね」
「お父様の名代で3回目だけどね」
「トラなんて、会社の連中と飯食ってきた、くらいにしか話さないから殆ど知らなかったのよねー。モダンで良いわよね、こういうの」
「でしょ。けど、この後、偉い人に個人的に会ったり、大人達はそれぞれで会議したりで、これからがむしろ本番なのよねー」
「凄いのね。私ももっと勉強しないと」
真剣な眼差しのマイさんが、周囲を見ながら呟く。
それを見ていて、ちょっと思いつくことがあった。
「マイさん」
「ハイ?」
「マイさんって、学業も優秀って聞きましたが」
「だから鳳に入らないかって?」
「結論から言うとそうですけど、卒業したら私の補佐をしてくれませんか?」
「えっと、広報以外の事?」
「当面はメイドの格好になるかもだけど、正確には秘書業務。来年の春で、1人アメリカに帰るんです」
「無理無理無理無理っ! アメリカって、ハーバードの方でしょ。絶対にムリッ!」
今は半ば個人的会話だから、拒絶も可愛いモード全開だ。
そして声も大きかったから、周囲の視線も釘付けだ。アトラクションか何かと勘違いしているおっさんもいる。
(なんか、これだけで側に置きたくなってしまいそう。……じゃなくて)
「うん。私も、いきなりそこまで求めません。まずは見習いかな? それにね、一族の人にしか出来ない事もあるんです。私はまだ子供だし、将来的には鳳の女ももう少し第一線にいてくれた方が、色々と助かるかなあと思って。考えてもらえませんか?」
ちょっとお願いモードの視線を込める。セバスチャンなら、これで轟沈だ。マイさんも、私の目を見て慌てたさっきと違って、真剣な眼差しになっていく。
合わせて、私も眼差しも仕草も真剣なものへと変える。
「凄く真面目な、本気の話なのね」
「うん。マイさんは語学も達者って聞いているし、私の周りはアメリカ人も多いから、向いているとも思うんです」
「はい、分かりました。それで、今後1年の間に勉強しておいた方が良い事は?」
(アレ? 彼氏さんの側にいやすいからって、さらに誘おうと思っていたけど、予想以上に乗り気? まあ、むしろその方が良いか)
「語学は英語とフランス語が出来るなら問題なし。記憶力も凄いって聞いてるし、車の運転も上手いんですよね。礼儀作法とかブルジョアの嗜みも今更だし、取り敢えずはないかな。どう、二人とも?」
同じテーブルの時田とセバスチャンも、話を振ると二人で顔を見合わせる。突然のことだけど、すぐに求めた答えが聞けた。
「そうですな。メイド業務も兼務されるのでしたら、掃除などの相応の家事が出来ねばなりませんかな」
「秘書としての職務知識、接待技能などが必要ですが、学生の合間に勉強していただければ、十分ではないでしょうか」
「家事は他の人がするでしょ。あ、けど、秘書やメイドにお付きがいたら変だから、自分の身の回りとかは」
「それくらいなら大丈夫。トラもジェニーも、あんまりブルジョアな生活させてくれないから。あとは、この1年で勉強します。それと、後1年大学生と言っても、卒業論文以外の必要な単位は大半をもう取得しているから、この1年で何かの資格を取ろうかと思っていたところです。だから勉強する時間は、実務込みでも十分取れると思います」
(うん。凄く乗り気だ。まあ、後で彼氏とも会いやすくなるよーって教えといてあげよう)
「じゃあ、基本その線で。セバスチャン、任せて良い?」
「勿論です。ですが、虎三郎様のご息女に対して、私で宜しいのでしょうか?」
暗に時田が適任と言いたいのだろう。けど、時田はもう還暦超えているし、これ以上は仕事を増やしたくない。
「あんたは私の執事でしょ。むしろ、セバスチャンより下っ端の社員がマイさんを教育する方が問題でしょう」
「わ、私は教えて頂けるなら、どなたでも」
「どなたでもって言葉は危険よ。例えばこのセバスチャン、これでもハーバードの次席だし、百戦錬磨なデブちんよ」
デブってディスったのに、セバスチャンがドヤ顔で胸を張る。
そしてマイさんも、仕事の時は真面目さんだった。軽くディスった私だけが、何だか除け者だ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。舞お嬢様。玲子お嬢様の為に共に励みましょう!」
「は、ハイッ!」
うん。いきなりこのデブちんが、私の為にとか言って進路変更を強要している。そして誰も気にしてない。
いや、一人異議があるらしい。サラさんだ。
「あのー、私もでしょうか?」
違ってた。ちょっとガックリくるけど、言わないといけないことがある。
「サラさんは、来年から大学ですよね。アルバイトでするには、秘書もメイドも拘束時間が長いから、広報活動だけで十分です」
「そっか。でも、大学の学部はちょっと考えるね」
「そこまでしなくても」
「いいのいいの。大学は箔付けに行くつもりなだけで、勉強したい事があるわけじゃないから。でも、これで目標ができたわ。これって、職業婦人ってやつよね」
姉妹揃って乗り気だった。
この二人は雰囲気も近いから、そういうもんなんだろう。それに、気心が知れる親族と一緒に働けるようになるなら、私としてもこちらからお願いしたいくらいだ。
「決まりのようですな」
「はい。では舞様、不肖このセバスチャンが随時相応しいだけの知識と技術をご教授させて頂きますので、折を見て打ち合わせなど行いましょう」
「はい、宜しくお願いします」
(これでひと段落か。思わぬ事態と言えなくもないけど、人材は一人でも多い方が良いしね)
そう思いつつ、今まで突っ立たせていた事に思い至った。
「あっ、立たせたままでごめんなさい。私のとこまで来たって事は、挨拶回りとか、もう終わりだったんですよね」
「あ、うん。そうよ」
「じゃあ、席も空いてるし、食事会が終わるまでどうですか?」
「では、座らせて頂きます」
そう言って、二人して裾を持ち上げて優雅に一礼。華やかな仕草は、役者並みに似合う二人だ。
その後は小一時間ほど、二人を加えて穏やかな歓談となった。
けど、私の執事二人がいる事で、どうしても仕事の話、事業の話になってしまう。
「鳳の事業は、そんなに大きくなるんですね」
「トラは、いっつも適当にしか話してくれないもんねー」
「虎三郎様は、お若い頃から家にまで仕事を持ち込まない方で御座いましたから」
「そうなんだ。時田さんって、トラを子供の頃から知っているの?」
「私が鳳にお仕えし始めたのは、今から50年近く前ですな。その頃虎三郎様は、まだ小学校に通われる前で御座いました」
「うわっ、聞かせて聞かせて」
そんな感じで、時田が仕事以外で多弁なのも珍しい気がする。私は、敢えて死んだ両親の事を聞かないようにしているけど、こうして話している時田は嬉しそうだった。
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職業婦人:
大正時代の後半から昭和初期頃から、働く未婚の女性をこういう呼び方をした。
これに対する言葉として「主婦」の呼び方ができたのも、この頃。
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