259 「昭和7年度鳳凰会」
「それでは、昭和7年度鳳凰会を開催します!」
マイクによる司会の言葉と共に、広い会場内いっぱいに響き渡る万雷の拍手。
4月17日、鳳社長会の『鳳凰会』が開催された。
今回の『鳳凰会』は、去年以上に熱気が凄まじい。何しろ、鳳グループに強い追い風が吹いていた。
鳳グループは、1930年の後半くらいから積極的な買い物をし始めていたけど、この春から鳳商事がフル稼働状態に入っていた。買い物が多すぎて、特にアメリカから運ぶ為の船が足りず、日本中の余剰商船をかき集めただけじゃあ足りず、アメリカの船でも運んでもらっている有り様だった。
それでも足りないから、鳳系列の造船所は2年くらい前からフル稼働。ただ主力の播磨造船はタンカー建造で忙しく、川崎造船、三菱造船など関係の近い会社など、日本中で急ピッチで船の増産を進めてもらっている。
しかも新造する船は、荷物を運んでしまえばお役御免ではない。今度は資源の輸入や移入、製品の輸出や移出で必要なので、作っても無駄にはならない。というか、もっと必要になる。
鳳商事の方も、機械や工場を買い終わっても、日本に運ぶもの、日本から送り出すものが沢山あるから、仕事は増え続ける筈だ。
あまりのペースに、補助金一つくれなかった政府が、作りすぎるなと文句を言ってきたほどだ。だから、「補助金よこしてから文句の一つも言え」と足蹴にしてやった。
何しろ、即金じゃないけど、船だけで億単位の金をかけている。ていうか、日本に船が少なすぎる。
その上鉄筋、鉄骨の建造物、構造物が幾何級数的に増えているから、鉄も全然足りない。
おかげで、鉄の需要もうなぎ上りだ。うちの広畑と神戸だけじゃなくて、ようやく八幡製鉄所が新規計画を立ち上げていた。
造船所の方も、鳳系列の播磨造船は四国の今治に新しい造船所が前倒しで稼働状態に入っていた。今治は、しばらくは工場の規模拡大も続く。相生の播磨も、新型ドックがもうすぐ稼働し始める。
そしてどちらも、今までにないほど巨大なタンカーと鉱石運搬船を建造する。今までにない規模や製法の船だから、鳳だけだと技術が足りず、川崎造船を加えても足りないので、色々説明して、手回しして、賄賂まで積んで、海軍の技術者もたくさん来ていると聞く。
私が描いた絵も役立った。カーフェリーで初めてつけた船体の横に付けるスクリューなどは、相当インパクトがあったらしい。
また、鳳と関係の深い川崎でも、新規の大型施設の計画が持ち上がったと聞いた。他の造船メーカーも、鳳の動きに大いに注目しているそうだ。
そしてうち以外が拡大へと舵を切ったように、犬養内閣で蔵相に就任した高橋是清が大規模な積極財政政策案を作り上げ、犬養内閣が満場一致状態で採用していた。
陸海軍も軍事費が大幅増額となるんだから、反対するわけがない。2年ぶりくらいのホクホク顔で、高橋是清を拝んだ将校が後を絶たなかったとすら言われる。
また、張作霖政府が列強各国から借款を受けて、その金と自前の資源などのバーターで軍備増強を始めたが、その恩恵を一番受けるのは関係が深く近在の日本だった。
鳳の利は薄いけど、これが年々増えるのなら、日本全体の利益、特に軍需関連への需要は大きくなるだろう。
しかし高橋積極財政の肝は景気対策だ。
軍事費の増額も軍需、装備購入に多くが当てられており、軍が使うものを製造できる財閥企業は多くの恩恵を受ける事が出来る。
この点で、鳳の利はあまり多くはない。
海軍には重油を売るし、陸軍にはトラックを納品してガソリンを売る。あとは重機を少し。戦車はまだだから、これでほぼおしまい。しかも全て割り引いているから、利が薄い。
トラックは、1928年から日本の同業他社を差し置く勢いで大量生産を開始したけど、鳳の単価が下がったら他の企業にはしている援助金を切られた。それに、GMやフォードの海外産に比べると、まだ信頼性は低い。
政府からの国内産業育成を目的とした援助金自体は、濱口内閣の時点で激減した。けど、うちが安く売りすぎると他が潰れてしまうから、沢山納品できるのに軍向け、政府向けは少ない。だから民需向けの生産が主力だ。松田さんところのオート三輪も似た感じ。
数年中に海外産を駆逐するついでに、国内メーカーも駆逐してしまいかねない勢いだった。
石油関連の方は、日本国内で鳳がほぼ独占状態に入ったので、国内での独占を認めてやる代わりに安く売れと政府から言われていた。
古くから新潟、そして鳳と同じく北樺太で石油を掘っている日本石油が、政府の援助で辛うじて生きているという話も漏れ伝わってきている。
しかし鳳の主力油田は、遼河油田。ここは採掘深度が深く、油の質が悪い。おかげで採掘コストは高いわ、製油しても安物の重油ばかり採れるわで、海外産、特にクソ安いアメリカ産と同じ値段で売ったら下手したら赤字だ。
国も外貨流出阻止と国内産業育成など重要性は強く認識しているけど、ギリギリまで値段を負けさせられている。すぐ側が運び出すのに便利な海じゃなければ、本気で赤字になっていただろう。
けど、それはそれ。
鳳グループにとって、今のところ軍需は主力じゃない。
『所得倍増』『列島改造』
これ二つが鳳グループのスローガンだ。
私が幼少期に適当に書き散らしていたのを見た曾お爺様とお父様な祖父、それに時田が、鈴木を飲み込んだ頃に勝手に決めていた。
私だけは、私の前世の日本の歴史上で使われた言葉だと知っているけど、初めて聞けば大きなインパクトがある。
そしていずれ使うと聞いた時、これは政府に使わせるものだと説明したけど、日本政府がこんなモダンな言葉使うわけないと一蹴されてしまった。
ごもっとも。
なお、所得倍増自体は、私の前世の歴史の戦前でも数字の上では簡単に達成されている。
朧げな記憶でハッキリしなかったけど、昭和恐慌で景気がどん底の1931年から高橋財政を経た1937年か38年で、約二倍になる。ただし、不景気が酷かったのが戻った分もあるし、37年夏の日中戦争の勃発で有事となって軍事費が激増した結果でもある。
そして日中戦争が泥沼化した事でお金をどんどん戦争に浪費して、名目上の所得はグングン伸びる。さらに太平洋戦争で天井知らずの散財をした挙句に、日本全体が破産する。
1931年と1944を比べると、名目GNPは私の記憶が正しければ6倍近くになる。経済が健全な1928年と比べても4倍以上の拡大だ。
しかも軍需ばかりの経済成長なので、実際のインフレはひどかった。紙幣の量は数十倍になったという数字を見たことがある。
逆に経済が健全な財政数字として、1928年と1936年を比べると、実質1割も成長していない。世界恐慌による昭和恐慌の打撃が、いかに大きいかの証拠だ。31年から36年の高橋財政で、150%に増加してもこの数字だった。
そして私の目的、『所得倍増』の目標は、ここを二倍にする事になる。
当然だけど、健全な経済成長上での計画だ。だから一見無謀だけど、すでに実質的な計画は動いている。
それに、1927年の一時的停滞を回避しての経済成長の曲線がある。1930年からの昭和恐慌も、金解禁の時期と平価の違い、自力油田による外貨流出阻止、私の献金によるセーフティーの強化などの影響で緩和している。
私の前世の歴史だと4分の1も名目GNPが下がったけど、この世界での下落は一割程度で耐えている。私の記憶違いじゃなければ、既に15%近くもお買い得状態だ。
そして私が、いや鳳グループがさらに金を使いまくる。
累計で国家予算を超える15億ドルもの海外からの買い物と、国内での散財による係数的とすら言える事業拡大が、高橋財政による経済拡大に乗っかれば、2倍の数字は10年を待たずして達成できると、鳳総合研究所は弾き出していた。
私達は半ば呼び水であり、経済成長の起爆剤となるのだ。
「みんな良い顔しているわね」
「当然でしょう。事業拡大規模は、最低でも200%以上です。しかも日本国内なら、得意分野では他社の追随を許さない技術と資本力です」
「もはや勝ったも同然? 慢心は禁物よセバスチャン」
「勿論、皆心得ております。ですが、今日くらいは笑顔でもよろしいのではありませんかな?」
「それもそうね。ご飯は美味しく食べたいものね」
「金言ですな」
そう言って時田も笑みを浮かべる。
そういえば時田も、ゲーム開始までには姿を消してしまう。つまり、1936年までにいなくなる。けど、こうして見る限り血色も良いし、年齢もあるからブラックな業務は命令で禁じている。部下も沢山増やした。主人である私の命令を極端に破っているとは考え難い。
それに時田ほど優秀な人が、体調を崩すほど頑張らないといけないような状態に鳳はない筈だ。人だって増やしたし、これからも増やす。優秀な人材も、金と追い風に魅せられて集まって来ている。時田が極端に無理をする必要ない筈だ。
そうした点では、時田に関しては楽観とはいかないまでも、多少は安心したいところだ。
「どうかされましたか?」
「ううん。ちょっと機嫌が良さそうだなあって」
「おや、顔に出ておりましたか。これは失礼を」
「良い顔はもっと見せてちょうだい。それで、何か良い事があったの?」
そう聞くと一瞬だけ思案して、ほんの少し観念した表情。けど、表情自体は明るい。
「もう少ししてからご報告をと思っておりましたが、一人娘が身ごもったようでして」
「ホントッ! あっ、ごめんなさい。ううん、おめでとう! これで時田もやっとお爺ちゃんね!」
「「おめでとうございます、時田様」」
「ありがとうございます。ですが、まだ最初のつわりだけで、病院での検査もまだなので、ぬか喜びに終わらねば良いのですが」
セバスチャン、後ろに立っていたシズ達からも祝福の言葉を受けた時田の相好が崩れる。そうしていると、確かにお爺ちゃんの顔だ。
結婚もこの時代としては遅めだったから、ようやくの初孫だ。そしてすぐに気づいた。時田夫婦に、そんな設定は記載されていなかった、と。
単にゲーム上では記載する必要もない設定だったのかもしれないけど、良い方向の変化だと思いたい。
そんな風に思っている間も、周りでは時田を祝う話が続く。私も、自分でも顔が笑み崩れているのが分かった。
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