168 「1930インターバル・サマー(5)」

「玲子、いつもあんな感じか?」


 金子さんとの会食ディナーが終わった後、何故か私と瑤子ちゃんの部屋に男の子3人が来ていた。

 おかげで部屋が狭いので、私達が寝るまで居るはずだったシズとリズが席を外している。ワンさんともう一人の護衛は、念のためホテルの中と外を巡回中だ。

 だから部屋には鳳の子供達しかいない。


 そして私はベッドに仰向けに寝転がり、ぼーっと天井を見ている。その隣のベッドでは、瑤子ちゃんが私のために寝る準備とか色々してくれている。そして机と椅子のあるリビング状のエリアで、男の子3人が突っ立っているという構図だ。

 人数と人物が少し違うけど、ゲーム『黄昏の一族』でもよく見たようなシーンだ。


「(玲子ちゃん、疲れているんだって)」


「(俺もそう思う。あれは本気で疲れてるぞ)」


「(分かってるって。でも)」


 まる聞こえのヒソヒソ話が子供らしいけど、こっちはかなり神経をすり減らしているから、リアクションするにはもう少し充電しないと無理そうだった。


「甘いもの飲む?」


「……そうしよっか。頭に栄養回ってない気がするし」


 瑤子ちゃんに答えて上半身を起こすと、すぐ前にコップを持った瑤子ちゃんの手があった。


「ありがとう。瑤子ちゃん」


「どういたしまして。それにお疲れ様。いつもあんな事してたのね。全然知らなかった」


「いつもじゃないけどね。それに金子さんは内輪みたいなもんだし、私の味方してくれるから楽な方よ」


「あれで楽なんだ。そう言えば5月のパーティーでお部屋覗いた時も、さっきよりずっと気楽そうだったものね。……ねえ、今まで他にどんな偉い人と話した事あるの?」


「そうねえ、普通の議員や社長さん達は、言っちゃあ悪いけど有象無象の類。5月に見た感じね。全力が必要だったのは、大蔵大臣、現総理、それにアメリカの王様達、あとイギリスの元大臣かな。あ、でも、お兄様、じゃなくて龍也叔父様の連れてくる軍人さんは、みんな頭良いから凄くやりにくいわね」


「そ、そんなに?! やっぱり曾お爺様の代わりに?」


「うーん、どうだろ。これからが、むしろそうなるのかなあ。善吉大叔父様が曾お爺様と同じ事するのは無理というか、したら多分過労か心労で早死にしそうだしなあ」


「玲子ちゃんは大丈夫なの?」


「全然。けど私は、基本大人になるまでだから」


 そう言ったところで、私の視界の隅で人の動く気配。


「大人にって、どう言う事だよ」


「そうだ」


「聞いていい?」


 女子同士の会話を少し離れて傍観していた男の子達が、ようやくきっかけを掴んだとばかりに話しかけてきた。

 口火を切ったのは、やっぱり龍一くんだ。

 私は近づいて来た男の子3人を少し見上げる。


(これが3人じゃなくて5人なら、ゲーム画面と同じね。ゲーム主人公の視点で、なんだけど。そう言えば姫乃ちゃんは、今頃どこで何してるんだろ)


 見上げつつ益体もない事を思いつつ、別のことを口にする。それは私ではなく、ゲーム主人公の言葉だ。


「だって大人になったら、この中の誰かが私をもらってくれるんでしょう? それとも、どこかの御曹司に取られてもいいの?」


「そ、それは……」


「ボク、今まで考えた事も無かった」


 龍一くんと虎士郎くんがそれぞれらしい返答に対して、玄太郎くんは目線がもう一段階以上真剣だ。


「今の質問の答えになっていないぞ」


「そう? だって私が大人になったら誰かさんにもらわれて、こんな仕事から解放されて、我儘三昧で暮らさせてくれるんでしょう。だから今頑張れるのよ」


「結婚したら、仕事を引退するのか?」


「そうよ。女の仕事は、子供を産む事と家の中を切り盛りする事。仕事をするのは、結婚するまで。あとは、他に働き手がいない時か、亭主が不甲斐ない時くらいでしょ」


(それに、男を立ててやる事かな? そう出来れば良いんだけどなあ)


 我ながら本当の気持ちを言っていないのが丸分かりだけど、口にした事自体は昭和初期のこの時代なら、ごく普通の事だ。

 21世紀とは違いすぎて戸惑った事もあったけど、この時代で生きてみると普通の事だと思えてしまう。


 とは言え、華族にして財閥な私が、家事や育児に精を出す必要はないだろう。一方では、普通に考えたら女が財閥運営も有り得ない。

 けど、目の前の3人の男の子達は、私の言葉を全然信じていない表情だ。虎士郎くんですら例外じゃない。


「何? ご不満?」


「ああ、不満だ。隣で赤子が寝ているベッドの上から、鳳を指図している姿しか目に浮かばない」


(うわっ! 私ってマリア・テレジア並みなの? 個人的には、欧州の女性君主なら女帝のエカチェリーナ2世の方が好きなんだけどなあ)


 玄太郎くんの言葉は私にとってもリアルすぎて、ぐうの音も出ないから現実逃避する。ただ、そこまでの情景が実現出来ていれば、私的には勝利条件クリアだから喜ぶべきだろう。

 だからちょっと笑ってしまった。


「何がおかしいんだ?」


「そんな感じの皇后様が、歴史上にいたのを思い出したの」


「ああ、僕も意図して言った。それで本当に今の間だけなのか?」


 玄太郎くんは、さすがインテリキャラだった。そして私が彼が意図した言葉に気づいたから、ちょっとご機嫌が戻っていた。

 私も少し気持ちを軽くしつつ3人を順に見ていく。


「そうだなー。みんなが不甲斐無かったら、私がするしかないとは思ってる。けどね、基本私って巫女ってやつでしょ。道を示すのが役目で、実務って別の人がするものなのよね。役割分担ってやつ? なのに、なんで私、直接人と話したり指図してるんだろうって、やりながら結構思ってる。それに我ながら思うんだけど、全然お嬢様じゃないでしょ」


「いや、全く玲子らしいぞ」


「だよね。ボク、さっきの玲子ちゃんを惚れ惚れと見ちゃった」


「その点は二人に同感だ」


 虎士郎くん、龍一くんの言葉を玄太郎くんが苦笑しつつ肯定。しかも私の横では、瑤子ちゃんがクスクス笑っている。

 なんか理不尽な気がしたので、軽くむくれてやる。


「そんな顔するなよ。僕は玲子に置いていかれたくないし、何かできる事があればしたいってだけだ。今の僕は先を見る事も出来ない、ただの子供だからな。それに虎士郎は音楽家、龍一は軍人を目指すから、玲子と同じ道は僕しかいないだろ」


「なんだ、求愛してくれるんじゃないんだ」


 さらにツンとした表情をしてやるが、真面目くさった玄太郎くんの表情に変化はない。


「今はしないよ。15になった時に考える。ただ、あと一言だけ言わせてくれ」


「何?」


「僕は玲子から道を譲られたくはない。必ず追い越すから」


「なんだ、もらってくれるんじゃないんだ。だってさ、龍一くん、虎士郎くん。競争相手が減ったよ」


「い、いや、そうは言ってないだろ!」


 ヘタレてくれたけど、この辺りが10歳児の限界らしい。

 可愛いから、もう少しつれない表情を続けようと思ったけど、空気が変わったと思ったのは他のみんなも同じだった。


「言ってるようなもんだろ。だが玄太郎、心配するな。俺が玲子と結婚するから、お前は財閥、じゃなくてグループを率いろよ」


「いや、それだとファンドの権利が!」


「財布は俺と玲子で管理する。それにこの方が、権力分散で俺は良いと思うけどな。陸軍省と参謀本部みたいで」


「あ、なるほど。お兄ちゃん一人に集中するのは危険だもんね」


「私も玲子ちゃんが本当のお姉ちゃんになる方が良いかなあ」


「お、お前ら! 徒党を組むとは卑怯だぞ」


「組んでないぞ。俺は事実を言ったまでだ。玄太郎は別の財閥の人と関係を結ぶ方が、鳳の為になる。俺は軍人になるから、他からもらっても玄太郎ほど影響力は作れない。

 それなら俺が玲子と結婚して一族当主になって、玄太郎がグループを率いるのが一番だ。それにこれなら瑤子も虎士郎も、相手探しに多少自由がきく。それに何より、勝次郎に付け入る隙を与えないで済む。完璧だろ」


 意外に理詰めで考えていたらしく、めっちゃドヤ顔で説明を言い切る龍一くん。そういう理詰めは、ちょっと父親のお兄様に似ている。

 しかし、だ。


(違う、そうじゃない)


 チラリと見ると、瑤子ちゃんも同じ考えなのが以心伝心で伝わった。そして代表して私が、龍一くんの肩をトントンと人差し指で叩く。


「龍一くん」


「なんだ? 文句ないだろ?」


「乙女心は理詰めじゃないの。やり直し!」


 隣で瑤子ちゃんが強く頷く。龍一くんの隣では、虎士郎くんが処置無しと肩をすくめている。


「えぇーっ」


 そして良く聞く龍一くんの嘆き声。そこにトドメをさしたのは、私ではなく玄太郎くんだった。


「龍一、口にして良い事と悪い事くらい分かっていると思っていたんだが、買いかぶりだったみたいだな」


 まあ、こんなオチがつくのも今のうちだろう。

 何しろ一族や親同士で相手を決めるのが、華族や財閥界隈の常識だ。仕事とは真逆に、子供の間にしか出来ない事もあるという事を、血を分けた鳳の子供達が教えてくれる情景を、愛おしく眺めてしまうのだった。


「いや待てよ、当事者は玲子だろ」


 そろそろ引き下がってやろうと思ったのに、龍一くんに混ぜっ返された。

 どうやら、今夜は長くなりそうだ。

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