151 「10歳の誕生日会(2)」

「何、静かにしているの。私の誕生日なんだから、もっと騒いでよ」


「はい。申し訳ございません」


 私が抱きつきながら輝男くんに声をかけても、いつも通り冷静というか感情に欠ける反応しかない。

 内心小さく溜息が出そうだけど、そこは我慢する。何しろ今日は、私が主賓だ。


「そこは「ごめん」くらいで良いわよ。特に今日はね」


「はい、申し、ごめんなさい」


「まあ、その辺が妥協点だね」


「お芳ちゃんは、妥協しすぎ」


「そうですよ、お芳ちゃん」


 私が腕を首に回しても全く動じないというか変化のない輝男くんも、相変わらずといえば相変わらずだけど、お芳ちゃんのだらけ具合も十分平常運転だ。

 元気なみっちゃんは今日は少し静か目だけど、食べる方に多くの努力を傾けているせいだ。その両手には、別々の料理がお箸に掴まれている。


「アレ? みっちゃんて両手利きなんだ」


「あ、はい。私の数少ない特技です」


「いや、少なくないでしょ。やたらと器用だし、ナイフ投げとかしたら連射してて怖いし」


「そうですね。僕も見習いたいです」


「えーっ、輝男君の方が投げナイフ上手いよね」


(だよねー。ゲーム上だと、ナイフ技で捕まえたり殺したりで活躍したもんねー)


 予期せぬゲームネタに、思わず遠い目になりそうになる。

 それに10歳なら、そろそろ実技もゲーム設定に近づいてくるというものだ。そして実技が形になってきているからこそ、この春からは私の側で本格的に仕え始めるのだ。


「どうかした、お嬢?」


「ん? ああ、去年この4人でお泊まり会したのを思い出してね。けど、今日は鳳の子達でお泊まり会だから、みんなとはまた別の日に歓迎会かお泊まり会したいなあって」


「良いんですか?」


「勿論。本当は今日も呼びたいくらいだけど、新入り込みで歓迎会か何かをして、この四人でお泊まり会を近いうちにしましょう」


「まあ、今日からここに住むからね。あっ、お嬢、一つお願いして良い?」


 珍しく少しだが遠慮がちに小さく挙手するお芳ちゃんは、ちょっとカワイイ。


「今日は私の誕生日だから、大抵の事は聞いてあげるよ。何?」


「この屋敷にしかない、一族しか見られない書類とか記録が見たい」


 お芳ちゃんが、いつになく真剣な眼差しと声だ。

 お芳ちゃんに与えれる権限だと、鳳ビルの総合研究所(総研)の一般資料、鳳本邸の図書室には触れる事が出来る。けどそれ以上となると、年齢もあって認められてはいない。

 それを何とかしろと言うわけだ。


「理由は? 興味本位は却下ね」


「厳しいなぁ。鳳大学と学園の読みたい本、資料にはもう大体目は通した。だから総研の資料室の一部情報以外、多分だけどこの本邸の図書室で読むものがないと思うんだ」


 一瞬苦笑いの後、言い切った。そしてそう言われてしまうと、私も一瞬苦笑いだ。

 次いで言う事も決まっている。


「時田、いやセバスチャン」


「はい、お嬢様」


「お芳ちゃんの学力って把握している?」


「そうですなあ。トリア?」


 音もなく側に来たセバスチャンが、今度はヴィクトリアを呼ぶ。お芳ちゃんが白髪なので、周囲の黒髪が私だけになる。

 そしてヴィクトリアが、資料も見ずに諳(そら)んじる。


「語学はイングリッシュ、フレンチ、それにラテンは完璧です。数学、物理は最低でも大学レベル。それ以上については、教育を受けておりませんので判定不能です。暗記系の学問に関しては、一度見れば覚えてしまうので、もはや判定基準がない状態です」


「えっ? お芳ちゃんって、その、特殊な白痴なの?」


「正確には不明ですが、知的にはノーマルですので、単に知能が高い可能性の方が高いと考えられます。ただこの点は不明です」


「了解。それで、ハーバード出身のあなた達と、どっちが上?」


 そう聞くと、二人が短く顔を見合わせる。

 そしてセバスチャンが答えた。


「蓄積した知識、経験でしたら、一部を除き今の我々の方が上でしょう」


「それ以上になる、いや、なれるって事ね」


 私の言葉にセバスチャンが「ご明察です」とばかりに恭しく頭を下げる。


(とんでもない子を、鳳は拾っていたもんだ)


「じゃあ、全力で教育してちょうだい。それとお芳ちゃん、私の権限の許す限りの知識と情報に触れる事は許可します。好きなだけ見てちょうだい」


「うん。飽きるまで見させてもらうよ」


「うん。それと、シズ、リズ、お芳ちゃんの警護態勢を強化してね」


「畏まりました、お嬢様」

「イエス、マム」


 二人がそれぞれの言葉で答えると同時に、その場で一礼するのを目の端に捉える。

 そしてさらに、お芳ちゃんの側へと目を向ける。


「みっちゃん、輝男くん、私の周りは大人がいるから、手隙の時はお芳ちゃんの側に居るようにして」


「はい。ですが、学校ではどうしますか? お嬢様の近くに大人はいませんが?」


「私とお芳ちゃんが可能な限り一緒にいれば問題ないでしょ」


「はい。でも僕は男だから光子に頼む事が多いと思うが、よろしく頼む」


「頼まれるまでもありません。新しい子も増えたから、学校ではお任せ下さい!」


 輝男くんとみっちゃんは、意外にコミュニケーション取れてるのは私的にちょっと意外だ。立場が同じ影響なのかもしれない。

 そんな事をちょっと思っていると、お芳ちゃんがまた小さく挙手している。


「あー、なんか、悪いね。でもまあ、適当に宜しく。ちなみにお嬢、聞いていい?」


「何? まだあるの?」


「私って、鳳にとってどれくらい重要、もしくは貴重になるの?」


「さあ? セバスチャン、いやこの場合は時田か。時田?」


「はい、玲子お嬢様。皇至道(すめらぎ)芳子(よしこ)の重要性は、今後は乙種に属する事になるでしょうな」


 声をかける途中から、時田も音もなく私の側に来る。だからそのまま、視線をそちらに軽く向けるが、私の視線は自然と斜め上になってしまう。


「えーっと、乙種って一族に準じるくらいよね」


「はい。使用人の中では、わたくしが一族と同列の甲種になりますので、セバスチャンと同列になりますな」


「了解。それでなんだけど、そんな子を屋根裏や使用人棟に押し込めて、その、大丈夫?」


「フム、確かに。かと言って、今は旧邸は使っておりません。本邸内の一室を与えますかな?」


「そうねえ……」


 そこでしばしのシンキングタイム。決定権が私に委ねられた以上、厚遇してあげたい。けど、他の2人と差をつけすぎるのもダメだ。さらに、他の使用人にも示しがつかない。

 案が浮かぶまで1分はかかっただろう。


「じゃあ、北向きの空き部屋に3人全員入ってもらって。警備も兼ねて部屋も節約できるし、一石二鳥でしょ。それに、使用人棟って今はかなり過密だし、屋根裏の部屋も物置にしてる事もあるし個室じゃないんでしょ」


「はい。屋根裏を使用する際は、衝立を置きますが繋がっております」


 私の最後の問いにはシズが答える。シズも最初は一番下っ端用の屋根裏だったけど、1年ほどで私の部屋に近い小さな部屋を充てがわれている。そうしないと、使用人内の関係に角が立つからだ。

 時田の方は、少しシンキングタイム中だ。

 私の妥協案でも厳しいのだろう。しかし私より短い時間でそれも終わった。


「皇至道芳子は、高等教育を鳳が受けさせるという名目で書生扱いも含めましょう。その上でお嬢様のおっしゃった案で行けば、特に問題もございませんでしょう」


「だそうよ。問題解決!」


「ご配慮感謝致します」


 その気になれば、ちゃんと礼儀作法もできるお芳ちゃんが、しおらしく頭を下げる。

 するとそこに、途中からこっちを見ていた子供達が近寄って来る。みんな呆れ気味だ。


「玲子よ、お前は誕生日まで仕事なんだな。将来が頼もしくもあるが、少しは休め。今から心配になってくる」


 代表して、勝次郎くんに言われてしまった。

 成り行きとはいえ、確かにこれは仕事だ。だから誤魔化し笑いを返すしかない。


「ま、まあ、ものはついでよ。それじゃあ気分を改め、誕生日会の第二ラウンドよ! せっかく一かたまりだし、みんなで歌でも歌いましょう! 虎士郎くん、また伴奏お願いね! こらっ! 龍一くん逃げない! これは誕生日命令よっ!」


 そんなこんなで、10歳の誕生日も過ぎていくのだった。

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