150 「10歳の誕生日会(1)」

「玲子ちゃん(様)お誕生日おめでとう(ございます)!」


 少しずれた言葉で、私の誕生日をみんなが祝ってくれた。

 ずれは親族と使用人の差だ。お子様側近は、私の命令で友達として話すように言ってあるので、親族と同じくフランクに祝ってくれた。


 なお、親族のうち玄太郎くんと龍一くんは私と同世代だけど、誕生日は私が一番先だ。何しろ4月4日。日本での年度分けで、私より誕生日の早い日にちは2日しかない。現に龍一くんは7月、玄太郎くんは10月が誕生日。


 1つ下の瑤子ちゃんが2月、虎士郎くんが12月で、私が4月なので、だいたい2、3ヶ月空いている事になる。さらに、私達を誕生日会に呼ぶようになった山崎勝次郎くんが8月だ。

 おかげで誕生日会は、良い感じの間隔で開く事が出来る。


 ただし私は、去年の8月から2月まで旅行で日本を不在にしていたので、みんなにとっては久しぶりの誕生日会参加という事になる。

 そして去年の私の誕生日会は玄二叔父さんの子供二人が欠席だったので、私としては久しぶりの全員集合感がある。



「今日は来てくれて有難う。玄太郎くん、虎士郎くん」


「うん! ボクも玲子ちゃんに会えて嬉しいよ」


「その、父の件では本家に迷惑をかけた」


「私も一緒に倒れていたようなものだから、何もしてないわ。話を聞いてびっくりしたけどね」


 虎士郎くんが、少なくとも表向き無邪気に接してくれるのに対して、やっぱりと言うべきか玄太郎くんは少し硬い。

 なお、あの場に居合わせた者以外には、玄二叔父さんは過労で倒れてそのまま緊急入院という事にされている。


 実際、玄二叔父さんは、鳳グループ乗っ取りで忙しく動き回っていたので、それがかえって信ぴょう性を与えるという皮肉付きの表向きの発表だ。

 私の方は、一族会議には参加しておらず、旅の疲れが出たので2日間ほど安静にしていた事になっている。


 その後、玄太郎くん達は父親の見舞いなどにも行っているだろうから、玄二叔父さんが少なくとも重病じゃない事は気づいているだろう。

 だから玄二叔父さんが倒れた事などについて、丸呑みで信用してないかもしれない。けど、玄太郎くんももうすぐ10歳だし、そこまで子供じゃないという事だろう。


 中身がアラフォーとしては少年の成長を喜ぶべきだろうけど、少し寂しくも思う。

 無邪気に触れ合える機会、時間が、徐々に無くなりつつある証拠で、年を追うごとに強まるとも感じたからだ。

 けど、今日は私の誕生日会。だからすぐに笑顔になる。


「辛気臭い話を最初に切り出さないで。今日は私の10歳の誕生日なんだから、盛大に祝ってよ。愚痴と文句は、今度の勉強会の後にでも聞いてあげるから」


「そ、そうだな。確かにその通りだ。本当に誕生日おめでとう。それにちょっと大人びたな」


「うん、ボクもそう思った。きっとあれだよね、可愛い子には旅をさせろってやつ」


「単に女の子の方が成長が早いだけよ。海外は疲れただけ」


「その割には、妙な写真と土産ばっかり寄越しやがって!」


「う、うぐっ!」


 二人と話していると、突然後ろからヘッドロックされた。今は私の方が少し背が高いから、腕がもろに首に入った上に、重力の影響を受ける。


「お兄ちゃん! 玲子ちゃんに何してるの! それに女の子に手をあげるなんて、お父様に手紙で言いつけてやるんだから!」


「ご、ごめん瑤子! それは勘弁してくれ。それに玲子の方が悪いと思わないか? 帰ってきた時の土産まで、変てこな人形とかお面だぞ。今の俺の部屋、面白博物館状態なの知っているだろ」

 

(それでも飾ってくれるところは、ポイント高いよね)


 妹の瑤子ちゃんの剣幕を前に、すぐに私を解放して謝っている龍一くんだけど、この距離感はやっぱり嬉しい。ただし、言わねばならない事がある。


「龍一くん。謝るなら私に、でしょ。男の子が女の子にしていい事?」


「えーっと、一応ごめん? いや、今の俺の話聞いてたか? なんで俺への土産だけ、あんななんだ? 俺が無趣味すぎるからか?」


「あーっ、それはあるかも。けど、送ったお土産って、あとあと価値の出るものよ。ちゃんと保存しておいたら、何十年かすれば高値で売れるかもよ」


「そうなのか?」


「多分。入手が難しいって聞いたものばっかりだし」


「……お前、それ、多分、いや、わかった」


 龍一くんのその言葉と、それ以上に表情と仕草で全部読めてしまう。


「えっ? 私が騙されたとでも? 今まで見た事のない珍品ばかりよ」


「見た事ないほど、どうでも良いものなんじゃないのか?」


「あっ」


 21世紀には遺失されたものだとばかり思って、龍一くんの分以外も買って厳重に保管してあるのに、なんという事だろう。


(前世の記憶に引っかからないものを重点的に選んだのに、私の未来チートってば役に立たなさすぎ)


 そんな軽く呆然とする私に、横合いから気持ちの良いくらいの馬鹿笑いが響いてくる。

 

「玲子は相変わらずだな。それにお前らは、いつも仲が良いな。本当に羨ましいぞ」


「そうやって私を笑い飛ばす勝次郎くんも、仲が良くなければ張り飛ばしているところよ」


「アッハッハッハッ! 玲子は俺の将来の伴侶だ。許せ。それにみんな学友とその子女だ。この場くらい無礼講で構わないだろ。おっと、失礼」


 そう言いつつ、私の側近たちが座る方へ軽く一礼する。


 そうして会が進んで行くけど、広い部屋で誕生日会をしているので、最初の全体での祝いの後は、それぞれに分かれて騒ぐか寛ぐ。

 そして基本的に子供は鳳の子と側近の2グループに、それと大人グループに分かれていた。私はそれぞれのグループの間を行き来しているので、こうして向こうからもやって来るわけだ。


 お姫様や超お嬢様といえば、椅子に座ってみんなから祝われるものだけど、それは私がもう少し大きくなって誕生日会を公にするようになってからで十分だ。

 そう説得して、こんな風に自由に騒いでいる。


 そして勝次郎くんのいつもの『俺の嫁』発言で、鳳の子供達と私の取り合いで賑やかに口論し始める。

 半ば冗談、ほんの少し本気なのは全員了解しているので、基本的に私を肴にして遊んでいるだけだ。


「男って勝手よねー」


「でも玲子ちゃんばっかり、ちょっとでずるいかも〜」


 立って喚き合う男どもを眺めながら、私は瑤子ちゃんとソファーに座り込んでヒソヒソ話。


「瑤子ちゃんに近寄るには、まずは龍一くんって障害があるもんね。けど、瑤子ちゃんは、この場の誰かと一緒になりたい?」


「う〜ん、そう言われるとなあ」


「全員、良物件よ」


「そうだけど、私は小説みたいな恋愛結婚したいなぁ」


「それ、分かる。まあ、私には無理な相談だけど」


「……玲子ちゃん、達観し過ぎ。でも私としては、龍一お兄ちゃんお勧めよ」


「えっ、マジで?!」


 思わず声が高くなったが、瑤子ちゃんは構わずニッコリ。

 この笑顔守りたい、なくらいカワイイ。


「だって、玲子ちゃんが私の従姉妹じゃなくてお姉ちゃんになるから、私としては一番だもん」


「……確かに。ちょっと考えるわ」


「いや、そんな事で考えるなよ」


 大声をあげたせいで、頭上での戦いを中断した龍一くんが、私達を見下ろす。


「えーっ、それならボク達だって、慶子(けいこ)がいるよー」


「まだ1歳にもなってないから会わせられないけど、その、可愛さなら負けてないぞ」


「うわっ、揃ってシスコンになってる!」


「し、しすこん?」


「それ何?」


「シスターコンプレックスのこと。龍一くんと一緒って意味よ」


「それ、最悪」


「ちょっと、ねえ」


「なんだと! 瑤子は可愛いだろ!」


「……お前ら、ほんと仲良いよな」


 勝次郎くんがさっきと似たようなコメントを加えたところで、再び賑やかに口論し始める。

 そこで私は瑤子ちゃんに目だけで挨拶してから、その輪からそっと離れる。

 そして、静かに別の子供達の場所へと突入。ちょうど、目の前に男の子の体があったので、そのまま椅子越しに腕を首に回して抱きついた。

 主賓たるもの、みんなに平等じゃないといけない。

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