140 「海の向こうから来た使用人」

 一族会議の後も、やる事は色々ある。

 小学生のする事じゃないけど、鳳の長子として、『夢見の巫女』として、何より私が起こした騒動の責任を取るため動き続けないといけない。それは私自身が決めた事だ。

 けど、働いているんじゃない。動いているんだ。

 それでも休息は欲しいので、会議の翌日を1日休んでから次の事に取り掛かる事にした。



「ていうかっ! 長旅から戻って1日開けただけで曾お爺様に報告で、そのまま一族会議とか有り得なくない?!!」


 私の唯一の楽園、寝室でゴロゴロとしながら大声を出して愚痴る。シズや他のメイドは外させているから、気兼ねなく大声も出せる。

 たまにこういう事をしておかないと、精神衛生上よろしくない。

 特に今回は衝撃的な事件の直後だから、何もかも放り投げる時間がないとやってられない。大人だったら酒浸り待った無しだ。


 結果的に世界一周になった旅行中は、アメリカでの滞在中の半分くらいと、列車での長距離移動中、特に最後の帰国の船旅は特にする事がないので、かなりゴロゴロと過ごした覚えはある。

 けど、大声を張り上げる事はしていない。


 いや、船のデッキからは何度も大声をあげた。大声で歌ったり叫ぶのは、私的にはかなりのストレス発散になった。前世ではカラオケという大声をあげられる場所があったけど、それがないせいだと思う。

 特にアメリカでの終盤の精神的な不調の原因は、十分に発散できなかった影響も大きい筈だ。


 そして今後の為にも音楽用という名目の防音室を作ろうとか、なんだか少し論点のズレた事を考えいる時だった。

 「コンコンコン」とノックが3回。鳳では日本では何故かお約束な2回ノックではなく3回が基本。そして音の鳴らし方が、シズのものだった。「お嬢様」という彼女の声も同時に聞こえてきた。


「どうぞー」


「お休み中のところ失礼致します」


「「失礼致します」」


 シズの声に続いて、発音の綺麗な英語でハモった声が二人分。シズだけならそのままベッドの天井を眺めていただろうけど、視線だけでも向けざるを得ない。

 そして私が視線を向けた先には、シズの後ろに二人の白人女性が控えていた。


 片方は綺麗な金髪ストレートで水色の瞳、ゲルマン系のご先祖様を持ってそうだ。スラブ系っぽくはない。

 もう片方は、少し癖のある赤毛で翠の瞳。そういえば、赤毛で翠の瞳という組み合わせは、白人でも珍しいと何かで聞いた。魔法使いの色だと聞いたこともある。聞いたという事は、多分前世の記憶なんだろう。



「シズ、新しい人なら、私が上っ面を取り繕う時間くらい頂戴よ」


「はい、申し訳ありません。しかし、最初から有りのままをお見せする方が良いと判断致しました」


 私の抗議も、いつも通りの綺麗な一礼と共に流されてしまう。

 仕方ないのでベッドから半身を起こし、90度回ってベッドに座る形を取る。そして私の側まで来たシズが、細かいところを整えてくれる。

 もう私も慣れたもので、だらけていてもちゃんとお嬢様だ。


「それで、そちらの二人はどちら様? メイドのデリバリーを頼んだ覚えはないんだけれど?」


「初めてお目にかかります。ヴィクトリア・ランカスターと申します。トリアとお呼び下さいませ、お嬢様」


「初めまして。私はエリザベス・ノルマン。リズとお呼び下さい、お嬢様」


 私の言葉に続いて間髪入れず二人が名乗る。金髪がヴィクトリア、赤毛がエリザベス。ありがちネームで、どちらも女王様と同じ名。偽名だろう。

 もっとも、綺麗な英語だけどブリテンの上流じゃない。特にトリアは、アメリカ東部の上流階級の話し方だ。リズの方は、お仕着せな丁寧米語っぽい。それに最初から愛称で呼べと言って来るんだから、アメリカ人で間違いないだろう。


 けれども、セバスチャンが一緒に連れて来たアメリカ人の中には、いなかった人達だ。

 セバスチャンが連れて来た中には、荒事担当だけどアフリカ系とネイティブもいた。セバスチャンの人選なら、目の前のお仕着せメイド達も面白い人達だろう。


「初めまして、鳳玲子です。二人とも私の新しいメイドで良いの? ここまで入れるメイドって、多くないのよ」


「はい、ご当主様、時田様よりもお許しを頂いております」


 私の少し乱れた髪を梳きながらシズが答える。


「あとは私だけね。二人が認めたなら好きにして。これから宜しくね、トリア、リズ」


(名前が女王様と王朝名と同じなのに、続けて呼ぶとなんか変な感じね)


「どうかされましたか?」


 二人が真面目に礼をしているのに、妙な事が気になってしまった。


「ううん。二人とも名前が女王様みたいだなって思っただけ。それで、あなた達はどこの王様から寄越された女王様なの?」


「私達はステュアート様の部下で御座います。今回、玲子お嬢様のお言葉に甘え、お膝元に馳せ参じました」


 代表したのかトリアの方が答える。

 けど、わざとだろうけど演技っぽいのが丸わかりだ。


「その言い方、確かにセバスチャンっぽいわね。それで、本当のところは?」


「とある筋の方が、玲子お嬢様とのダイレクトな連絡方法を持つ事をお望みです」


 予想して聞いたのだけれど、あっさりと仮面を脱ぎ捨ててくれた。だけど、態度自体は全く変わらない。二人の細かいことは、セバスチャンを虐めて聞けば良いだろう。きっと、嬉しそうに答えるに違いない。


「とある筋とか言わないで。私を暗殺や拉致しないのなら、別にこっちも何もしないから。それで、主人はアメリカの王様達で良いの? それとも二人だから、どちらかは別口?」


「はい。私はモルガン様より遣わされました」


「私はロックフェラー様より遣わされました。ですが、玲子お嬢様が道を違われぬ限り、我々の忠誠をお信じ下さい。この命も、喜んで差し出す所存です」


 トリアに続いてリズが言い切った。しかも、なんだかセリフを丸覚えしてきました的な平たい発音。

 それはまあいい。


(私との商売が終わるまで、何かあったら困るって事ね)


「了解。あなた達と、あなた達の主人の両方を信じます。それで、何年くらい仕える予定? 私の使用人になるのなら、年季明けとか婚期とか考えないといけないんだけど?」


 そう。この時代の女性使用人には大切な事だ。けど、二人には呆気にとられてしまった。だから言葉を重ねる。


「アメリカじゃあどうか知らないけど、日本に来た以上、日本の流儀には従ってね。それで、契約期間は?」


「はい。3年とお考え下さい。場合によっては延長も」


 気を取り直したのが早かったトリアが答える。


(私の買い物には3年かかると見ていて、残した金を使う可能性も考えているって事か。全部毟り取る気だろうなあ)


「了解。気の済むまで居て。ただメイド自体は足りているから、他の仕事が中心になると思うけど、それで構わない?」


「はい。私はハーバード出身ですので、セバスチャン様同様にアメリカのビジネスについて補佐できるかと。リズは護衛を担当します」


(ウヘーっ。力と技のコンビって事ね。まあ、こき使えばいいか)


 軽く品定め目線で見ていると、さらにトリアが言葉を重ねる。


「それと婚期などの件ですが、私は一度結婚して子供は既におりますので、ご懸念は無用です」


(アララ、随分若く見えるんだ。良いなあ綺麗な白人は。ていうか、もう殆ど完璧なエルフよね)


「了解、暇な時に家族の話も聞かせてね。リズは? どう見ても若そうだけど?」


「ご懸念は無用です。相手もいませんし、ステイツでの婚期は気にしないで構いません。私も気にしていません」


「良いわねぇ。私なんて、遅くても大学出たら即結婚よ。ま、良いわ。とにかく宜しく。それと、メイドとしてはシズがあなた達の上司よ。シズも、よく指導してあげてね」


「「「はい、畏まりました」」」


「あ、そうだ、もう一つ」


「はい?」


「今日は私、一人でダラダラするって決めているから、呼ばない限り食事とおやつ以外はこの部屋に来ないこと。じゃあ、行動開始!」


「はい、お嬢様」


 三人は恭しく頭を下げ、そして私は一人の時間と空間を取り戻した。

 お気に入りの空間での静寂が心地良い。


「あれ? あの二人、今日紹介する必要ってあったの?」


 もちろんだけど、私にとってもっともな質問に答えてくれる人はいない。

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