139 「一族会議の仕切り直し」

 事件のあった翌日、正式には翌朝、全員が鳳の本邸に泊まり込んでいたので、再び一族が応接室に集まった。

 ただし玄二叔父さんの姿はない。


「昨日は皆ご苦労さん。まあ、茶でも飲みながら聞いてくれ。と言いたいところだが、皆もそうは思ってないだろ。改めて誓いをしてもらうが、まずは『夢見の巫女』の話を改めてする。その『夢』についてもな」


 お父様な祖父がそう切り出して、まずは改めて先代の『夢見の巫女』で私の高祖母の麟(りん)の話をかいつまんでする。そして続けて、私についても話した。『夢』の内容のあらましと共に。

 そして話自体は本当に必要最小限だから、意外に短く済んだ。



「大体、今話せる事は以上だ。質問は受け付けん。答えようがない事が多過ぎるからな。麟様の時に、俺達の代は全員聞いているから分かると思う。今回の話は、一族の他の大人にも話して良いが、他には決して話さないよう。くれぐれも慎重にな」


 そう結んだけど、玄二叔父さんが欠けているから、紅龍先生以外は、お父様な祖父の世代の人達、5、60代の人達ばかりだ。しかも紅龍先生は、今話した以上の事を既に知っているばかりか、今の所トップクラスの私との共犯者だ。


 だからだろう、全員あまり動揺もないし疑問もなさそうだ。今更感のある話でもあるから、仕切り直しの為に話したと言ったところだろう。

 佳子大叔母さんですら、平然としている。この肝の太さ、もしくは鈍感さはむしろ有難い。私の妄想世界上だと、七つの大罪の何かを背負っているんじゃないかと思うほどだ。


 そして仕切り直しの話が終わったので、本来なら昨日する予定の話がようやく再開される。

 お父様な祖父が、その合図とばかりにお茶に口をつけて軽く咳払いした。



「ここからは、外に出したら決定事項になる事だけ伝えるから、意見、文句があるやつだけ声をあげてくれ」


「なあ、麒一郎、俺はいいんだが、その、なんだ。いいんだな?」


 お父様な祖父の麒一郎の言葉に、虎三郎が歯切れの悪い言葉を並べる。言いたい事は分かるけど、口下手過ぎで苦笑してしまいそうだ。


「玄二とは話したよ。だから玄二は外す。唆したクズ、話に乗った馬鹿者どもには、相応の処分をする。鳳会社も廃止だ」


「再編成、ですか?」


 善吉大叔父さんが控えめに、けどいつも通り自分が聞きたいことを聞いてくる。

 それにお父様な祖父が頷き、口を開いた。


「鳳会社の機能は、鳳商事と鳳ホールディングスに移動。実質的な総帥は、善吉、お前になる。だが、鳳ホールディングスは後方の司令部だ。前線は鳳商事として、機能と権限を大幅に強化。新聞や研究所も拡大する。鳳商事の頭には、昨日言ったように時田が座る。

 だが鳳の主力は、今後規模を大幅に拡大する石油関連事業と重工業部門だ。建設も大きくなるかもしれん。だが石油は出光がするし、他にも人はいるんだろ? 虎三郎は、重工業部門の重しになってくれたらいい。それと鈴木系列は、引き続き金子さんに任せる」


 そこで一旦言葉を切って、全員の頭に内容が染み込むのを待ってから言葉を再開する。


「これらは、春の社長会で全部正式決定とするが、玄二の件だけ先に進める。それとゆくゆくだが、鈴木の金子さんを中央に持ってきて、副司令格に据える。そして鳳と鈴木の融合をさらに進める。

 それとだ、今回の玄二の件は、玄二にも責任はあるが唆した奴がいた。そいつらの事はともかく、そうした者が他にいないか改めて調べる事になるから、いるなら先に放逐するなり処分する最後の機会を与える。そして大規模な人事異動だ」


 これで、私と少し話して決めていた事を一気に言い切った。

 鈴木を飲み込んで巨大化したのが27年の春だから、約3年でまた大きく変化する事になる。

 そしてそれは、大恐慌が織り込み済みだったので、私にとっては予定通りだ。勿論、お父様な祖父にとっても、だ。


 けど、また小さく挙手がある。今度は二つ。紅家の瑞穂さんと、また善吉大叔父さんだ。

 そして性格などから瑞穂さんが先に話し出した。


「紅家の管轄は、どうやっても肥大化できない事業だけどさ、ないがしろにしないと約束してもらいたいね」


「えっ? 拡大しますよ。特に製薬は、半世紀くらいかけて世界で戦えるくらいデカくしたいんですけど」


「はぁ?」


 思わず出た私の言葉に、瑞穂さんだけでなく紅家の全員が反応した。いや、反応出来なかった。紅龍先生も同じだ。


「……本気で言っているのかい?」


「大真面目です。紅龍先生の名声を最大限使って今大きくしないと、日本ですら勝ち抜けないでしょ? いっぱい使いますよ。もう、買い付けの予約もしてあります。資料、送りましたよね?」


「あれは、本気だったのかい? 本気で出来るとでも?」


「本気です。出来る出来ないじゃなくて、して下さい。人以外は出しますから」


 真顔で言い切ったら、数秒真顔で見返された。そしてその顔が一気に破顔する。そしてまた大笑い。

 瑞穂さんは見た目が女傑だけあって、大笑いが大好きなんだろうかと思ってしまいそうだ。


「いいね、いいね。こっちとしては、願ったり叶ったりだ。だけどさ、不採算部門とかで突然金を切らないでおくれよ」


「しません。少なくとも、私が権限持っている間はさせません」


「言い切るね。だけど、そんなに儲かるようになるもんかね? 自分で言うのもなんなんだけどさ」


「今は、紅龍先生の新薬と知名度と価値があって、拡大の一番の機会です。それに先の時代、半世紀くらい先に世界規模で薬が飛び交うようになったら、世界的に製薬業界自体が世界化して、研究開発費も跳ね上がるので、さらに巨大化します。

 ただ日本って、小さな製薬会社が沢山横並びだから、海外の巨大企業に太刀打ち出来なくなるんですよ。だから、行く行くは他を飲み込んででもデカくして下さい。そして今は、その準備期間や土台作りと思ってもらえたら良いです。お金は出すので、特に研究開発費はケチらないで欲しいです」


「心得た。で、それが夢で見た景色ってわけかい?」


「そうですね。曖昧で申し訳ないんですが」


「いいや、なかなか良い景色だ。そう思えて、その上今までとは桁違いの金まで出してくれるんなら文句はないよ」


 そこまで言うと、どっかりと椅子に踏ん反り返るように腰掛けてしまった。私としては、理解が早くて助かると言ったところだ。それに女だてらに紅家を実質率いているわけだと、納得もさせられる。


 一方で、瑞穂さんが大人しくなったのを見計らって、「あのぉ」と声を上げる。けど、もう善吉大叔父さんの弱気な演技には騙されない。

 お父様な祖父は最初から分かっているので、短い仕草で言葉を促すだけだ。


「鳳ファンドについては?」


「玲子」


「はい。セバスチャンに任せます。アメリカ人だし、実質今まで運営してきたのは半分は彼なので、責任者に据えます」


「だが、使わない分と黄金を合わせてアメリカだけで4億ドル以上、他を含めると5億ドル超えるが、構わないんだね」


「私は彼を信じました。それに仮に散財しても、長子の金だしグループには影響ないでしょ?」


「直接はね。けど、鳳一族が5億ドル持っているという事は、外に漏れる話が話半分でも、特に日本国内では大きすぎる武器になる。それに、グループ全体で鳳がトップという形は動かない証拠になる。それにまた、ほとぼりが冷めたら投資に回すんだろ?」


「はい。2、3年は塩漬けですけどね」


「空売りは?」


「私、これ以上、あちらの方々に睨まれたくありません。善吉大叔父さんが代わりに睨まれてくれるのなら、派手にしますけど?」


「いやっ、断固として止めてくれ。私では、心臓が止まるくらいじゃ済まないよ。それより聞きたいのは、ファンドがホールディングスの上に位置する並びが変わらないのか、そこの金がどうなるのかって確認なんだ」


「とにかく、数年以内にファンドが保持しているうちの8割は使います。残り2割はそれが終わるくらいにアメリカ国内での株投資に戻すので、うまくいけば10年以内に残した分は二倍くらいには大きくなります。向こうでも、またレバレッジも多少はすると思うので、三倍は見ておいて下さい」


「まだ増やすのか?」


「お金は活用してこそ価値がありますからね。だからホールディングスに入れた分は、気にせずどんどん使って下さい」


「どんどんなんて、お金でそんな言葉を聞けるとは。うん、任せて欲しい。それで買い物自体は?」


 そう言って苦笑する。善吉叔父さんの苦笑は珍しいけど、お金を使えとは滅多に言われないだろう。私も言ったのは初めてかもしれない。

 それに使うというなら、私の方がとんでもない。


「一部は半年後くらいから始めるつもりですが、主力は2、3年先です」


「それくらいに、アメリカ株と経済が一番酷い状態になるわけか。玲子ちゃんもなかなかに商人だね」


「私、お買い物は少しでも沢山買いたいですから。それに、向こうに喜んでもらえる機会は逃したくもありません」


「もっともだ。じゃあいつ買うかは、順次教えてくれ。受け入れ態勢はこっちで整えるから」


 満面の笑みでの答えに、善吉叔父さんの頼もしいお言葉。表情もよく見る弱気なものではない。

 だから私は頭を下げるだけだ。


「宜しくお願いします」


「おい玲子よ、俺にも「宜しく」してくれんか? 工場をデカくするんだろ?」


 善吉大叔父さんとの話を待っていたらしい虎三郎が声を上げる。確かに、でかい製鉄所、製油所、自動車工場、その他色々な工場を上で仕切るのは虎三郎だ。


「うん。虎三郎、お願いね。一部の工事はもう始まっているし、来年くらいから本格的になると思うけど、日本も大きな不景気に入る筈だから、人は集めやすいと思うの」


「そこまで見てるのか。だが、工場を作って製品を作るのはいいが、売れるのか?」


 虎三郎が腕を組みながら首を傾げる。

 今までは、それなりに日本も景気は良かったけど、これからは不況確定と見ていればそうなるだろう。

 けど私は、この先を知っている。


「数年後には、政府が積極財政政策に大きく傾く筈だし、鳳からも献金して公共事業を大きく拡大をさせるから大丈夫」


「その上、金も社員中心にばら撒くわけだから、買い手も多少はいるわけか」


「うちでばら撒く分の効果はしれているから、日本全体での景気拡大政策に期待ね。けど、大きくなる筈だから、他の財閥が尻込みしている間に鳳の図体を大きくするの」


「その話は前も聞いたな。だが、そこまで上手く行くのか?」


 意外に気弱な虎三郎だ。だから私はこう返すことにした。


「行かないなら、行かせるのよ!」


 多少弱気になっていた自分を鼓舞する意味もあったが、こう言い切ってこそのご令嬢だろう。

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