138 「親子の決別」

「それで、どうして今日だったんですか?」


「決まっているだろ。一族会議の場には使用人や護衛は入れない上に、一族の中で腕力的に一番強い龍也までいない絶好の機会だ。しかも会議中は防諜の問題もあるから、控えの部屋の者も最小限になる。

 それ以外の機会だと、お前の側には最低でもシズが居る。他のお付きも、大半は護衛も兼ねている。俺の周りも似たようなもんだ。父さん、お前のひい爺様の周りもな」


 私の疑問を予想していたのだろう、立て板に水での解説だ。


「シズや一部の人はそうだと思ってたけど、護衛の人って私が思っているより多いのね」


「そうだ。まぁ、今回の件が落ち着いたら色々話そう。ただ、ついでに言えば、この本邸の使用人の何割かも実質護衛だ。その上、うちの新聞社の記者連中の一部は、お前も知っている通り実質的には警護や護衛を生業としていて、大半が退役軍人か荒事に関わってきた連中だ。正面から腕力で鳳を潰そうと思えば、日本のヤクザ程度じゃ物足りんぞ。陸軍の1個小隊は用意してもらわんとな」


 そこで少しドヤった顔をする。

 何となくオモチャを見せた子供みたいだ。この人が軍人をしている理由が少し分かる気がする。金儲けよりも、荒事が本能的に好きなんだろう。

 そしてこの屋敷で働く使用人が多いと思っていたけど、思っていた以上に警備要員が多かったせいらしい。

 ただ、言われて見れば、年々使用人が増えていたと改めて気づかされる。


「まあそれは横に置いとくとして、哀れな玄二叔父さんは、お父様の掌の上で踊らされている事にも気づかず、最後に煽られて簡単に暴発したって事で良いの?」


「そう言う事だな。ただなあ、俺が思っていたほど玄二は悪党じゃなかったよ」


「えっ? 何それ?」


「ん? お前が東京から離れるたびに、強い護衛を付けただろ。で、たまに襲おうとした連中もいたんだが、玄二は関わりなかった。ちょっと安心したよ。だからでもないが、処分は少し軽くする」


(えっ? イヤイヤイヤ、何それ。私そんなに襲われそうになってたの? 八神のおっちゃん達が、私の知らないところで悪者を撃退してたっての? て言うか、玄二叔父さんをかなり前から疑ってたの? 色々怖すぎでしょ!)


「あー、多分だが、お前が今思っている通りだと思う。まあ、今回は一番穏便に事が済んで良かったよ。ほんと」


「えっ? これで穏便なの? 実質撃ちあったのに?」


 驚きの連続で、感覚が麻痺してきそうだ。


「そうだ。家の中の事で済む。万が一外に漏れても、華族特権でどうにでもなる。それ以前に、事が外に漏れる事はないがな」


「まあ、話す人はいないわよね。いや、いたって事?」


 そこまで言ってお父様な祖父を見ると、少し面白そうな表情をしている。本当にこの人は荒事大好き人間だ。


「今、事情聴取中ってやつだ。もっとも、玄二に付いて来ていた執事と前から目を付けていたもう一人は、先にふん捕まえて軟禁中だ。そいつらが、今回の一番のクズだったようだ。だから、本当の責任はそいつらに取らせる」


 そう言い切った声は、厳しいと言うより暗い。闇の声だ。けどそれも一瞬で、すぐに普通に戻る。


「気になるのは、紅家の気弱な使用人連中だな。それに、もう色んなところに手は回してある。漏れはない筈だ。お前の護衛を半年してきた連中も、都合よく日本にいるから頑張ってもらっているぞ」


「本当に私の知らないところで全部処理できたって事ね。ちょっと癪だから、玄二叔父さんと話して良い?」


「ん? 何を話す? 俺も付き合うが良いか?」


「横で叔父さんを威圧しないなら」


「やれやれ、子にも孫にも怖がられるとか、お爺ちゃん泣くぞ」


 そう言いながら、どっこらしょとばかりに立ち上がり、視線で私を促した。会わせてくれるという事だ。


「お爺ちゃんじゃなくて、お父様でしょ」




 そして数分後。

 私はほとんど降りた事のない地下階。基本的に食料庫、酒蔵、普通の倉庫として使っている区画で、半地下で使用人が使う部屋もあると聞いている。けどその一角に、実質的な『牢屋』がある。正確には金属扉の部屋。軟禁室だ。それが地下の一角に設置されている。

 鳳の一族の暗い面を現す部屋と言えるだろう。

 そしてその部屋の前には、今はガタイの良い男性使用人が二人で番についていた。


「ご苦労さん。玄二の様子は?」


「変化御座いません」


 短く答える使用人に仕草で指図して扉を開けさせる。

 中は四畳半ほどの一見普通の部屋。ただし完全な地下なので、換気口こそあるけど窓がない。地下全体同様に電気の照明は入っているけど、どこか薄暗く感じる。


 それでも床は木張りの上に絨毯も敷いてあるし、据え付けながら普通の調度品が並んでいる。

 そして玄二叔父さんは、ベッドの端に俯いたまま座り込んでいた。扉が開いても、こちらを見ようともしない。


「玄二、多少は頭が冷えたか?」


「お邪魔、します」


 なんと言って良いか分からないので、妙な言葉を吐いてしまった。

 しかし二人の声を聞いても、腑抜けたような状態の玄二叔父さんに反応はない。

 お父様な祖父も、どうしたもんかと考え込んでいる。そこに私が視線を向けると顎をクイッと玄二叔父さん方向に回す。


(好きにして良いって事ね……さて、取り敢えず煽ってみるか)


「玄二叔父様、私から出せる条件は2つです」


 まだ反応はない。


「責任は玄二叔父様お一人で負って下さい。玄太郎くんと虎士郎くんには何も話さないで下さい。それで私は全部忘れます」


 二人の息子の名前が出たところでピクッと反応があり、緩慢にこちらへと視線を向ける。そうして向けた顔には、全てを失ったと思い込んだ表情が色濃く浮かんでいた。


「……お前が忘れてもどうにもならん。分かってて言ってるだろ、この化け物め」


 罵倒してくるけど、全然迫力も覇気も憎しみすら感じられない。

 だけど、何かを言わないとと思ったところで、お父様な祖父に手で制される。


「当たり前だろ。お前の処分を決めるのは当主であり、ついでにお前の父でもある俺だ。取り敢えず過労で倒れ病気療養とするが、ケジメはつけてもらう。何しろお前に加担して首を縦に振った連中は、もう処分した。

 あっ、一応言うが、殺してはないぞ。逃げそうな奴はふん捕まえてあるが、殆どは自宅待機を申し付けてある。今後は、お前の執事ともう一人のクズを除いては、懲戒解雇、降格、減俸と、程度によりけりの処分で済ませる予定だ。何も知らん連中だったしな。まあ、多少知っている連中の一部には、少しばかり荒っぽい事もした」


 そこで「えっ?」て表情になるが、本当に掌の上で踊らされていた事に気付いてなかったようだ。

 そして今まで以上にガックリとうなだれる。


「……それで、その後は? やっぱり『病死』か?」


「言っただろ、責任はお前を唆した奴に取らせる。ただしお前も、何もお咎めなしとはいかない。病気が全快しないという理由で、財閥総帥からは降りてもらう。ただし、それ以上はなしだ。こうもでかい財閥になると、世間体もあるからな。半年もしたら、当たり障りないどこかの管理財団の責任者にでもなれ。お前の好きな美術関係が良いだろう。

 それと玲子に免じて、お前の子供達はそのまま一族内の競争を続けさせる。力があれば、実力で勝ち抜くだろう」


「娘の慶子(けいこ)は?」


 そういえば、この夏に潔子(きよこ)叔母さんが玄太郎君達の妹を産んでいた。4歳になるまでは、私が会う事のない新しい一族。


「同列に扱う。決して他の下には置かない。潔子と息子二人もな。一族で責を負うのはお前だけだ」


「そうか。なら僕は全部受け入れる。ただ、出来れば関わった者達には穏便にして欲しいけど、無理なんだろうな。

 あっそうだ、一応謝っておくよ玲子ちゃん。僕は君を殺すつもりだった。それに君が一族に益だけをもたらすとは、今も思ってはいない。

 ただ、恨みや憎しみがない事だけは分かって欲しい。僕にとっては、君は理解できない怖いだけの存在なんだ。でも、信じてもらえないかもしれないが、二度と君には手を上げないと誓う。それと化け物とか言ったけど、そんなもの居るわけない事くらいの常識は持ち合わせているつもりで、ただの言葉のアヤだから。

 あと、勝手なお願いだが、子供達には今までと変わりなく接してくれると嬉しいよ。それだけだ」


 何かスッキリした、玄二叔父さんの方こそが憑き物でも落ちたような表情と雰囲気で、気軽なほどに言われてしまった。

 だからだろう、自然と言葉が出た。


「二人、ううん、三人とは仲良くします。潔子叔母様とも」


「うん。ありがとう。それで父さん、鳳会社の次の社長は? 鳳の総帥は?」


「鳳会社は、ホールディングスと商事の方に実質吸収合併する。もともと、鳳ホールディングスと鳳会社の実質二重体制は、よくなかったからな。その上、今後の鳳の前線司令部になる鳳商事は、時田が指揮をとる。それに、鈴木のところの金子さんには、少し間を空けてだろうが副代表あたりに上がってもらう。

 鳳一族で上に座るのは、ホールディングスの善吉と重工部門の虎三郎くらいになるから、表向きは鳳の直接支配は薄れるように見えるだろう」


 そこまで言ったところで玄二叔父さんが、「フフフッ」と力無く笑ってから言葉を続ける。


「流石父さん、抜け目なしだな。父さんの方が、玲子よりよっぽど狡猾だ。今回の僕の暴発も織り込み済み?」


「まあな。だが、何かするにしても、もう何年か先だと思っていた。煽られたとはいえ、お前、辛抱なさすぎだろ」


 お父様な祖父が少し冗談めかして言うと、それにも玄二叔父さんは力なく笑う。


「所詮掌の上か。そう言えば死んだ兄さんが、死ぬ一年くらい前に似たような事を言っていたよ。父さんは昼行灯の振りをしているけど、頭がキレすぎる。龍也くらいじゃないと掌から逃れられない、ってね。それが分かるだけ兄さんは頭がキレたけど、僕はそれすら理解出来てなかった」


「買いかぶりだ」


「そうかな?」


「そりゃそうだ。本当に頭がキレるなら、お前をこんな風にはしていない。それにこの子に敢えて辛い目に遭わせ、その上こき使ったりしていないさ。まあ、全部今更だ。……玄二、俺が隠居したら、ゆっくり酒でも飲みながら愚痴でも言い合おう」


「うん。言い合おう」


「おう。じゃあな」


 そう言ってお父様な祖父は私の背を大きな手で軽く押したので、ただただ親子の会話を横で聞いているしか無かった私は、それに従うしか無かった。

 そして少しだけ思った。


 こうして本音を言い合える親がいるだけ、玄二叔父さんは私より恵まれている、と。



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華族特権:

色々あるが、この場合は「家範」。華族各家が定めた法規の事。

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