105 「アメリカ横断」

 ロサンゼルスで3日滞在して、大陸横断鉄道へと乗り込む。

 3日も滞在したのは、ウォルト・ディズニー様のアポが取れた日にちもそうだけど、何より紅龍先生の講演会のスケジュールに沿った結果だ。


 当面の目的地は、フォードのあるデトロイト。けど、大陸横断鉄道の出発点にして終着点といえば、その手前のシカゴ。だからシカゴまで大陸横断鉄道に乗る。ルートは主に南。メキシコとの国境近くの路線を抜けてロッキー山脈を越えて、その後は大平原、大草原を北東に向かってシカゴを目指す。

 その間、実質的に車両を1つ借り切っての旅となる。何しろ私の周りは大半が有色人種。何しろ有色人種は白人様と同じ車両に乗るなどおこがましい。と言うのが表向きの理由で、実際は警備上の面倒を避ける為だ。

 当然、賄賂込みの大金を積み上げた。みんなドルには正直だ。

 それに、寝台車両1両借りきるだけの人数がいる。

 私と紅龍先生の為に、時田やシズ、紅龍先生の執事、八神のおっちゃん、ワンさん、その他使用人や護衛の人達、さらにセバスチャンとその秘書と使用人が付いてくる。合わせると20人近い。

 21世紀なら、ビジネスジェットを借り切るところだ。


 そして1両借りきるのだから、当然のように普通の列車ではなく豪華列車。ただし食堂車やサロンには立ち寄らない予定なので、食事は運んできてもらう。無駄な軋轢は、極力避けるのが吉だ。

 それと、紅龍先生にとっては、人に追いかけられずに済む数少ない機会なので、引き篭もりは当人が強く望んでいた。

 笑顔を張り付かせるのは、相当疲れたらしい。


 なお、車両自体はクソでかいアメリカらしい巨大な機関車だけど、少し古臭い。もう何年か待てば流線型のボディー車両や、ディーゼル機関車が登場するけど、この時代はいかにもな姿の大陸横断鉄道だ。速度も思ったよりゆっくり。2泊3日かけてシカゴへと入る。

 そしてシカゴからは、ゆっくりと色々見物して回ってニューヨークを目指す。


 当然だけれど、各地の有名大学で紅龍先生の講演会が行われる。シカゴでは、当然シカゴ大学。そしてそこからは、私達と半ば離れて、大学行脚が始まる。どうやら20校くらい回るらしい。

 かなりの講演料がもらえるとの事だが、2ヶ月くらいはアメリカの東部滞在を余儀なくされる。

 これがあるので、八月末にアメリカにやってきたとも言える。そしてその間、私は歴史の証人となるという個人的な最大の目的以外、ビジネスに精を出す予定だ。



「なーんにもないわね」


「まさに新大陸だな」


「西部の開発は、まだまだこれからで御座います」


 客室の一つをミニラウンジ代わりにして、紅龍先生とくつろぐ。それともう一人、人物を見定めるという目的もあるので、アメリカの世情を聞くという名目でセバスチャンも同席させている。

 アメリカの生の話を聞くには、セバスチャンはうってつけだ。特にこれから1日はロッキー山脈越えなので、山以外何もないから助かる。


 そう、この時代、西海岸の沿岸部を離れると、西海岸や中西部は本当に過疎の田舎だ。いや、田舎どころじゃない、西部劇でよく見かける荒野そのもの。車もまだ発展途上だから、鉄道を離れたら何もない。


 ロスから比較的近い場所だと、グランド・キャニオンがある。この時代は国立公園にこそ指定されているけど、観光地とは言い難い。

 それに大陸横断鉄道からは大きく外れる。無理して見に行けなくもないけど、特別に準備を整えて往復4日はかかると言われて諦めた。

 まあ、前世でも拝んでいるので気にはならない。

 それ以外だと、この時代には影も形もない。


 グランド・キャニオンの近くにはラスベガスがあるけど、この頃は小さな町らしく誰も知らないレベルだった。その近くのフーバーダムも、大恐慌の後の建設なのでまだない。

 そして後になって知ったけど、そのフーバーダム建設に集まった労働者の慰安をする街としてラスベガスは発達したらしい。さらに賭博解禁は1931年のことだ。

 カジノと言えば、オタクやオッサンが大好きなウサギさんだけど、あの衣装が戦前にあるとは思えないので拝むのも不可能だ。

 それ以前に、今のアメリカは禁酒法時代。

 そして目指すはシカゴ。シカゴと言えば、だ。


「ねえ、セバスチャン。アル・カポネって逮捕されたのよね」


「はい。ですが、例の2月の事件から逃れる為の自作自演というのがもっぱらの噂です」


「自作自演ねえ。まあ、逮捕されているならシカゴは静かかしら?」


「ギャングは彼らだけではありませんが、警察も治安維持には相応に力を注いでいるので、お嬢様に害が及ぶ事はないかと」


「マシンガンで、集中砲火とかされたくはないわね」


「ドクター鳳に害をなそうという者は、まずいません。それに、お嬢様の事を本当に知っているのは、上流階級とウォール街のごくごく一部です」


「そっか。じゃあ、なるべく紅龍先生の側にいた方が良さそうね」


「その方が護衛も仕事が楽で良いだろう。だが、シカゴで行きたいところはないのか?」


「シカゴは別に。それよりもフォードのあるデトロイトと、その先のナイアガラの滝は見たいかなあ」


 適当に答えつつ、話題に出したアル・カポネの事を少し考える。

 この人、服役中に梅毒にやられてしまう。けどこの世界では、紅龍先生が開発したペニシリンが既にあるから、初期段階での治療が可能だ。もしかしなくても、服役を終えたら復活なんて事もあるのだろう。

 紅龍先生がアメリカで引く手数多なのも、新薬が広まっている何よりの証拠だ。既に多くの人の命を助けているのだろう。

 世界一の経済大国で、21世紀を知る私が暮らしても前世とそこまで違和感感じないほど便利で進んだ国だけど、それでも革新的な新薬で助かる人は少なくない。


「なんだ? 観光は乗り気じゃないのか?」


「それでしたら私が望まれる場所へご案内致しますが?」


 ちょっと考え事をしただけで、二人の大人に顔を覗き込まれる。

 そんなに深刻そうな表情でも浮かべていたんだろうか。


「ううん。フォードさんにどう言い訳しようかって思っただけ」


「その辺は時田がするだろ。というか、もうしているだろ。お前は、適当に愛想笑いでもしておけば良い。向こうも子供としか見とらんだろ」


「フォード氏はどうでしょうか。虎三郎様を通じて鳳グループとの関係も深く、アメリカの政財界との繋がりも非常に深くあります。「鳳の巫女」の噂は知っていると考えるべきでしょう」


「セバスチャンの方が正解でしょうね。紅龍先生は楽観しすぎ」


「だが、ロサンゼルスは何もなかったんだろ?」


 そう言って、遊び呆けていたように見えたであろう私に少し恨めしげな視線を向けてくる。まあ、半分は遊んでたけど。

 しかし、行く先々で視線は感じたような気がしていた。

 だからセバスチャンに問いかける。時田でも構わないけど、時田は呼ばない限り隣の部屋でシズ達と一緒に控えている。


「その辺どう?」


「ハリウッドは映画の街、つまりユダヤの街です。その点ではニューヨークと少し似ていると考えるべきでしょう。それに売れる作品を作り、それを売り込まないといけないので情報は早い。鳳グループの表向きの成功話だけでなく、噂話程度は最低でも知っている者は居ると見るべきでしょう。それに」


「それに?」


「先行偵察で財閥の犬がかなり居るとお考えを」


「でしょうね。この列車にも?」


「ラウンジや食堂車には必ず。もっとも、肩透かしを食らっている事でしょうが」


「それはご苦労な事で。何もしないのに」


「しないのか?」


「ええ、そうだけど。何か?」


「いや、本当に暇なら私に付いてこい。ロスの大学でも、民族衣装の姪は来ないのかと一度ならず聞かれた」


「いや、それ行っちゃダメなやつでしょ。ねえ」


「そうですなあ。興味本位や純粋にお嬢様の愛らしいお姿を一目見たいという者もいるでしょうが、そうではない輩が紛れていると考えるべきでしょう」


 セバスチャンが二重顎に手を当てながら評価を下す。だが、紅龍先生は納得いかないご様子だ。


「誘拐でもしようという輩が居るということか? そんな事をしてみろ、方々の顔に泥を塗るようなもんだろ」


「20億ドルは、その価値十分と存じます。殺しては意味がないので誘拐軟禁となるでしょうが、正直私はこの数の護衛でも少なすぎると考えています」


「どれくらい欲しい?」


「最低でもこの三倍は」


「けど、先々にも護衛や使用人、社員が待っている手筈よ」


「それでも少のう御座います」


 意外に真剣に意見を押してくる。セバスチャンというかアメリカ人的にはそうなのだろう。

 するとそこで扉にノック。


「時田に御座います」


「どうぞ。何?」


 扉が開くなり聞く。


「いえ、護衛に関してご懸念があってはと思いましてな」


「じゃあ、大丈夫なんだ」


「はい。問題御座いません」


 そう言って時田が恭しく頭を下げる。


「それで? 別の誰かさんが守ってくれているの?」


「御察しの通りに御座います。我らは逆に最低限とし、それ以外はこの国で親しくさせて頂いている方々が万事怠りなく手配して下さっております」


「だって、セバスチャン。あなたが見たのは、こっそり私を守っていた人達かもよ」


「そのようですね。慣れない事はするものではありませんね。それにしても流石はお嬢様。もはや国賓待遇ですね」


「この国の政府は、何もしてなさそうだけどねー」


 そう呑気に嘯(うそぶ)いておく。

 そう。私に何かあれば、大損する人達が沢山いるからこそ、私の安全は確保される。

 だからこそ、こうして比較的呑気にしていられるのだ。

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