104 「『神』との邂逅」
1929年8月29日。
私の前世でなら『Xデー』まで丁度残り2ヶ月となったその日、私にとってはある意味、その『Xデー』よりも大切な日だ。
私の前世での『神』の一人に「生」で会えるのだ。もう、前世だけじゃなくても今の私としても大切な日となるだろう。
あまりに興奮しすぎて、昨日は一睡も出来なかった。
そして気がついたら、ホテルの部屋に戻って豪華なベッドに着替えた上で眠っていた。
(あ、アレ? 私、ウォルト・ディズニー様にお会いしに行ったわよね。記憶が抜け落ちている? 何故? 何があったの?!)
頭が混乱しつつも体を起こす。
(とりあえず、体は大丈夫そう。頭も……多分平気。着替えはシズ達がしてくれたのよね。部屋も3日ほど泊まっているホテルのスイート。外が暗いから夜、かな? という事は、まだ明日になっていない?)
そう思って部屋に据付の時計を見ると、午後7時半。当然、ロサンゼルス時間。
(日本との時差は16時間……じゃなくて、問題は何日かって事よ!)
こればかりは、確証をもたらしてくれる情報がない。
スマホがないのがたまに不便に感じるけど、こんな事で感じるとは思わなかった。
(とにかく、誰かに聞こう)
そう考えてスリッパを履いて、ペタペタと寝室内を進んで扉の前に来たところで3回のノック音。
「どうぞ」
「失礼しまっ、どうかされましたかお嬢様?」
「今日は何日、私どれくらい寝てた? いや、もしかして気を失ってた?」
「本日は8月29日です。寝ていたのではなく、気を失われておりました。時間は」
「時計があってるならもういい。それで、全然記憶にないんだけど、私どうなったの、何かあった? それとも何かしでかした?」
「……覚えておられないのですね。無理もないかと」
少し眉を寄せるも、それは心配しての表情だ。
クール系メイドのシズだが、長年の付き合いなので小さな表情の変化でも十分分かるようになっている。
「話、長い?」
「恐らくは。お着替えされますか?」
「うーん、そうした方がいいか。あと何か食べるもの」
「畏まりました。すぐにご用意を」
そう言って、シズが他のメイドと共に私を着替えさせ、他の者がホテルロビーに連絡して食事を用意させる。
半日近く寝ていたと思うのでガッツリ夕食を食べても良いんだろうけど、起き抜けだしそこまでお腹は空いてないので、用意してくれた軽めで正解だった。
それでもアメリカンな軽めなので、シズ達が調整して出してくれなければ食べきれないような量だったらしい。
そして腹に入れて一服して、ようやく心身ともに話が出来る状態が整った。
部屋にはシズと数名のメイドだけ。さらに目線で大事な話と悟らせ、シズ以外も退出。
一緒にディズニーのところまで行ったのは、他にマッチョマン二人と車の運転をする護衛の人だが、呼ばない限り淑女の部屋に入ってくる事はない。
そして今は、シズから話が聞ければ問題ない。
「それで、私はディズニー様に会いに行った、で良いの? それともこれは夢の中?」
「私が認識する限り、これは夢では御座いません。ですが、判断されるのはお嬢様です」
「うん。夢じゃないと思う。多分だけど、興奮しすぎて一時的に記憶の一部と意識を失った、みたいな感じで良いと思うんだけど、どう思う?」
「意識を失われたのは確かです。記憶に関しては、恐らくそのようだとしかお答えようがありません」
「そりゃそうよね。私が演技してる可能性もあるし。それで、私は何をしでかしたの?」
聞きつつ、そこでティーカップに一口付ける。
間を取る為と、気を落ち着かせる為だ。
「どの辺りの記憶がございませんのでしょうか?」
「あ、ああ、そうね。私の記憶しているのは昨日の夜寝たところでおしまい。あとはシズに声をかけられる直前まで気を失ってた」
その言葉にシズが小さく頷く。
そして淡々と事実を並べていった。
私は29日早朝には目覚めたけど、最初からテンション高めだった。
そして10時、ロスアンジェルス市ダウンタウンの北側、シルバーレーク地区ハイペリオン・ストリートへと向かう。
もちろん、ディズニーの聖地の一つ。最初にウォルト・ディズニー様がスタジオを置いた場所で、この時代でのスタジオだ。
そしてウォルト・ディズニー様は、そのスタジオの外で私が来るのを待っていてくれた。
勿論、単にファンが来たから出迎えたのではない事は知っている。出資か場合によっては無償援助の話がしたいという鳳からの提案の条件の一つとして、私が訪問する事が含まれていたからだ。
けど、前世の記憶を持つ私としては、幾らお金を積んでも絶対に会えない人に会えるのだから、もうお金とか諸々の話はどうでも良かった。
『あのディズニーに会える』それだけで良かった。
そして会ってからの私は、時間の許す限りディズニー作品への愛、あのネズミさんへの愛を語った。語りまくったそうだ。
そしてさらに、日本で何枚も描いたあのネズミさんとその仲間達、当然この時代にしかいない仲間だけだが、それを描いて持っていって見せた。
うん。そんな失礼な事をしてはいけない事くらい、十分わかっていた。
けど体が止まらず、ただただ無心に描いていた。それでも数枚に留めたのは、我ながら凄い我慢と忍耐だったと思う。
ただ、どうやら大チョンボをしてしまっていた。
ディズニー映画の情報は十分に集めていたけど、私が魂の赴くまま描いたあのネズミさん達の姿が違っていたのだ。
どう違うかと言うと、1929年の状態ではなくそれより数年先の前世の私の世代の人達がよく知る姿で描いていた。
要するに、白目と眉があって肌が肌色なあのネズミさんだ。
そんなの当たり前とか言ってはいけない。その姿になるのは、今からと言うか1929年から十年後の1939年の話。
すっかり、頭から抜け落ちていたらしい。いや、抜け落ちていた。
その件に関しては、その時の私はしどろもどろで私が勝手に考えた妄想のオリジナルですと言って、平謝りしていたらしい。
けど、ウォルト・ディズニー様は、凄く褒めてくれ、さらに興味深く見ていたそうだ。そして私は、描いたうちの1枚を記念にと請われてさしあげてしまったらしい。
「ノーッ!! なんて失礼な奴なんだっ!! 万死に値する!!」
「はいはい、落ち着いて下さい。死ぬにはまだ早いですよ」
「うっ、まだこれ以上やらかしたの?」
「はい。まだ序章です」
「じょしょーっ!! や、やめてっ! いや、やめないで、話して! 全部、ぶっちゃけて!!」
そのあとも話は盛り上がり、私のディズニー映画愛をウォルト・ディズニー様はにこやかに聞い下さったそうだ。
そのウォルト・ディズニー様に、私は無償援助をしたいと言い出した。
まあ提案する予定だったのだが、全く空気読まず100万ドル出すとか言い出していた。
うん、バカだ。100万ドルは平成円で言えば60億円。この時代の映画を作る代金じゃない。スタジオや会社を買収しても、十分にお釣りがきてしまう。
当然だけどウォルト・ディズニー様は大慌てになったが、周りが子供の戯言として、無償援助と出資については後日正式にちゃんと大人を遣わして話すと言う事に収まった。
しかし、大ポカがそれで止むはずもなく、鳳が映画配給の会社を持ってないのに、日本での配給を取り付けようとした。鳳商事を使えば可能と考えていたらしいが、そう言う横紙破りはダメだった。
それならばと、お願いとして、一日も早いディズニーの遊園地を作って欲しいと懇願した。当然だが、すぐにも日本にも作って欲しいと。
しかも幾らでも出資すると言い出し、危うく半世紀早く東京ディズニー・ランドが建設されるところだったそうだ。
さらに、日本でもアニメを作りたいとか、アメリカで日本を広める作品を作って欲しいとか言ったという。
「アレ? これでおしまい? 私倒れてないわよね。いつ倒れたの?」
「はい、帰りのお車に乗りかかってすぐに体が崩れ、気を失われました。そこは誤魔化しましたので、ディズニー様にご迷惑はおかけしておりません。その場で倒れておられたら、こんな静かなわけ御座いませんでしょう」
「そりゃあごもっとも。私の体も、最低限の空気読んだわけだ」
「空気はともかく、興奮され過ぎたのでしょう。それに一時的ではなく、思い出されない方が、お嬢様ご自身の御心の為かも知れません」
「ううっ、そんなに酷かったんだ」
「はい。ワン様はともかく八神様がほとほと呆れておいででした」
「あー。あの二人にも、迷惑料で少し渡しておいて。ううっ、それにしても、興奮し過ぎて記憶が飛ぶなんて」
そう思いつつそのまま傷心状態で普通に夜寝たのだけれど、翌朝シズの言葉通り激しく後悔する事になる。
そう、起きたら記憶が全部蘇っていたからだ。
「うわーっ! 私のバカ、バカ、大馬鹿野郎! シズっ! もう一回、ウォルト・ディズニー様にアポイントメント取って! ドゲザで謝りに行く!!」
「おはよう御座います、お嬢様。今日東部に向けて出発で御座いますので、そのお時間は御座いません。お手紙でもしたためられては如何ですか?」
「ノーッ!……ハァ、そうする」
せっかくのロスでの一番のイベントが全部パーだ。
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運営から警告があった場合は本節丸ごと削除します。
キャラ名は出していないし、故人なので大丈夫とは思いますが。
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ウォルト・ディズニー:
この時点で1929年だが、この辺りからディズニーの快進撃は始まる。
アナハイムのディズニーランド開園は1955年。
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