101 「アメリカ西海岸到着」
「「玲子お嬢様、紅龍様、お待ち申し上げておりました」」
8月26日、私達の乗るツェペリン飛行船は、ロサンゼルスのマインズ・フィールドに到着した。そしてそこで、船で先に渡米していた時田やシズ、それに何故か八神さんとワンさんなど、十数名のお出迎えを受けた。
全員なんだかアメリカ映画に出てきそうなこの時代のアメリカンなスタイルなので、まるで映画のワンシーンのようにすら思える情景だ。
しかもそれだけでなく、ロサンゼルス市長から、紅龍先生がアメリカで最初の講演会をする、カリフォルニア大学ロサンゼルス校いわゆる「UCLA」の学長さん、カリフォルニア工科大学の学長さん、それに新聞記者の皆様など大勢が待ち構えていた。
しかしお目当ては道化の私ではなく紅龍先生だ。
私はすぐにも時田とシズに保護されて、いかにもこの時代のごついアメ車にインされ、前後を護衛の車に挟まれてホテルへと直行。
紅龍先生と紅龍先生付きとなる使用人や護衛を残して、そそくさと立ち去った。
ハースト氏とは東海岸で会う約束もしてあるので、もう飛行船に用はない。貴重な体験だったけど、正直二度と乗りたいとは思わなくなってしまった。ちょっと残念だ。
なお、その飛行船だが、大圏航路をとって飛行したので、いきなりロサンゼルスに到着したのではない。
西海岸到達やサンフランシスコで、まだ金門橋のないのを眼下に確認する事ができた。
また、私には絶不評だが、ツェペリン飛行船自体の実績は大したものだ。
全ての無着陸太平洋横断飛行の初の快挙になるからだ。
そして私達が降りた後も1日のロサンゼルス滞在を挟んで飛行を続けて、29日にはシカゴを通過して、東海岸はニュージャージー州のレイクハースト海軍航空基地へと降り立ち、世界一周を達成する。
このレイクハースト海軍航空基地、八年後には同じドイツの飛行船ヒンデンブルク号が爆発炎上する場所でもある。
そしてロサンゼルスだけど、この頃のロサンゼルスは発展途上の真っ盛りらしいが、それほど大きな街ではない。
そもそもカリフォルニア、さらには西海岸の人口が21世紀とは全然違う。21世紀のカリフォルニア州は人口4000万を抱える一つの国ほどもある巨大な州だが、一世紀近く前だと十分の一くらいしか住んでいない。
石油とオレンジ栽培、それに急速に発展した映画産業がロサンゼルスの主な産物だ。
なお、アメリカの石油といえばテキサスを思い浮かべるけど、テキサスは広い。テキサスの東の端、ダラスの東の辺りにある一番大きな油田はまだ未発見だ。
そしてテキサスの油田といえば、井戸を掘る程度の気軽さで石油が噴き出る、昔の映画などで見た事のあるやつだ。
またアメリカの油田はテキサスだけじゃない。ペンシルヴァニアやオハイオなどアメリカ中部と、このカルフォルニアも石油の一大産地だ。
だから、ちょっとテキサスに寄ってみようかと思っている。遼河のように「勘」が働くか試してみたいからだ。
またこのロサンゼルス、3年後の1932年にオリンピック開催が決まっているけど、この時代のオリンピックは大規模公共事業と言えるほど規模はないせいか、特にその兆候を車窓から見ることはない。
そして私のお目当てだが、一応は映画の都ハリウッドだ。
なんでも、この時代の映画の撮影には多量の光が必要なので、雨が降らないロサンゼルスは好立地なのだそうだ。けれども、水面下の噂話としては、撮影に必要な機材は総じて電気を使う製品なので、発明王エジソンの特許使用の厳格な規制を逃れる目的で、東海岸から西海岸へと映画産業がやってきたという話もあるらしい。
そうして今、ハリウッドの映画撮影は全米の9割を超えている。まさに映画の都だ。
そうは言っても、私がアメリカで定番の西部劇が見たいわけではない。私にとっての『神』の一人に会うのが目的だ。プライベートでは、渡米の一番の目的だと断言しても良いくらいだ。
今すぐにでも行きたいくらいだが、アポも取ってもらっているし行くのは今日ではない。
それにまずは、心と体がすっかりセレブお嬢な私として、広いベッドでゆっくりしたい。
「お嬢様、起きてください。ホテルに到着致しました」
「あ、う、うん。おはよ。って、うわっ」
車の中で眠りこけていたら、ヨダレまで垂らしていた。
そして慌てて手で拭おうとしたら、ハシッっとシズにその手を掴まれ、そのまま別の手に持っていたハンカチで口元をゴシゴシって感じで拭われる。
確かに手で拭いてはセレブなお嬢様として失格だ。
「はい、よろしゅう御座います」
「ありがとう。あ、ここに泊まるんだ。久しぶりー!」
「えっ?」
車に同乗する全員に疑問符を投げつけられた。
初見の筈なのに何故、という奴だ。
「えっと、ホラ、その、夢の中で泊まったのよ。それより、凄いのよここ」
「はい、下見をしておりますので、存じております。それに豪華さもそうですが、安全上もここが一番相応しいかと」
さもありなん。慌てて取り繕うが、何時もの事と軽く流される。
何しろ運転は八神のおっちゃん直々で、他は時田とシズだけだ。八神のおっちゃんは、私にとっては秘密を知っているかどうかグレーだけど、二人が何も反応してないので問題ないはずだ。
なお、宿泊したのは、なんと私が前世で自分へのご褒美で背伸びして泊まった豪華なホテル。見た目もそのまんまな、ミレニアムすぎる豪華さ。この時点でもロサンゼルスのランドマークと言える威容を誇っていて、ロサンゼルスにあるという事もあって映画で見たことのある外観や内装がてんこ盛りだ。
山王にある鳳ホテルも、この建物を少し参考にしているけど、豪華さでは敵わない。
しかも私が前世に泊まった時と違って、まだピカピカだ。何せ今は1929年。黄金の20年代だ。
そして私にとって「二度目」なので、ホテルの散策に洒落込みたいところなのだけれど、ロビーや隣接するティーラウンジなどをちょっと見て懐かしく思っただけで、一番豪華なスイートに立て篭る事になる。
勿論、警備上必要とされたからだ。ご飯も部屋に運んでもらうので、護衛付きでもホテル見学は無理だった。
「やっぱり広いベッドは良いわね〜っ!」
寝室に入るなり、巨大なベッドにダイブ。
旅路のホテルといえば、これをしない手はない。
「お嬢様、ベッドの上に乗るなら靴をお脱ぎ下さい」
「ああ、ゴメンゴメン。けど、飛行船の狭さと比べると天国と地獄ね!」
「そうなのですね。あんなに大きく御座いましたのに」
「あれ、中身は殆ど全部水素とかを詰めた袋よ。キャビンとかこーんなにチョットだけ」
私が全身と指で大きさと小ささの双方を表現するも、シズは「そうですか」と関心薄めだ。
それよりも、私の為にお茶を入れるのが忙しいようだ。
ここはホテルだからボーイとかが全部してくれる筈なのだが、話を付けてあるらしく私の世話はシズがする。ホテルの方もVIPの扱いは慣れているらしく、お金さえ積めば文句を言ったりはしない。
大統領とかも泊まるようになるホテルなので、ある意味当然なのだろう。
そして一通りフカフカのベッドを堪能してから、部屋に設えられている椅子に腰掛け、優雅にシズの入れてくれたお茶に口をつける。
テーブルには茶受けとしての軽めのお菓子も用意されているし、文句の付けようもないセレブなひと時だ。
そんな気分で澄ましてお茶をしていると、開きっぱなしの寝室の扉の前に人の影。
「玲子お嬢様、落ち着かれましたら、御目通りさせたい者が御座いますので、リビングの方へお越し願えますか」
「あれ? 誰か来てるの?」
「はい。玲子お嬢様が来たら、一番に会わせて欲しいと懇願されたもので、止む無く」
時田はそう言うが、時田が変な奴を私に会わせるわけがない。
しかし時田は、鳳の代理人の投資家、謎のスチュワードとしてアメリカでも注目を集めている。そのボスもしくはボスに連なる者である私に会いたいと言う者は、まあ沢山いるだろう。
けど、余程の馬鹿じゃない限り、無理を通そうと言う者はいない筈だ。
それにモルガン財閥にはもう話は通っているし、他の大財閥も似たようなもの。新聞王ハースト氏にも、東京の時点で話は済んでいる。直ぐに会いたいという者で、私に会わせる者がいるとは思えない。
それに御目通りと言ったので、私か鳳に仕えるか雇われる側の人間という事だ。
「着替えたらすぐに行くから、30分待たせて」
「畏まりました」
そう言って開いていた扉を閉じる。
それと同時に、私はシズに視線を向ける。
「シズ、振袖持って来てるわよね」
「はい、3着。どれになさいますか?」
「本命じゃないから、少し地味目のやつで」
「畏まりました。ですが時間が少々足りませんので、もう一人着付けに呼んで構いませんか」
「好きにして。私の新しい下僕が来るんでしょ? 下手は打てないわ」
「はい、畏まりました」
それで、そこからは少し大変だった。ハッタリを効かせる目的で、振袖に着替えようと思ったのは良いが、確かに時間が少ない。
何しろ今はラフな洋服で、髪もストレートのまま。
私もシズも着付けの仕方は万全だが、もう1人使用人を動員して大慌てで着替えて、きっかり30分で合わせる。
ご令嬢を演出するのも一苦労だ。
_______________
金門橋:
ゴールデン・ゲート・ブリッジ
完成は1937年。残念。
宿泊したホテル:
ミレニアム ビルトモア ホテル ロサンゼルス
1923年に完成。ルネサンス様式の南欧風な高級ホテル。
21世紀の現代なら、普通に泊まる分にはホテルの豪華さを思えばリーズナブル。
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