102 「次の執事候補?」

 シズともう一人の使用人も従えてリビングへと移動すると、既に私が会うべき人が待っていた。


 なんだか染めた感じもする金髪の白人。目はブラウン。年齢は多分30半ば。小太り。フツメン。頭は良さそう。頭は短髪、丁寧に剃っているけどヒゲはかなり濃そう。

 服装はパリッとした体にフィットしたスーツ。ちゃんとオーダーメイドのようだし生地も良さそう。靴、アクセサリーも申し分ない。隙のない衣装選びだ。

 アメリカ東部で活躍する、アイビーリーグ出身のエリートサラリーマンってところだろう。

 ただ、そこはかとなくギークっぽい。それに表情にふてぶてしさがある。雰囲気も合わせてインテリヤクザだ。

 インテリヤクザと言えば、細身のメガネなイメージが私の前世の世界の二次元作品で定番だけど、こういうのも有りと思わせるだけの存在感を放っている。

 けど、やっぱりどこか少しオタクくさい。なんだか同類のオーラとか匂いを感じてしまう。



 その人が立ち上がってこちらに向かい、そして恭しく一礼する。

 完全に貴人に対する礼だ。


「お初にお目にかかります、伯爵令嬢。わたくし、セバスチャン・ステュアートと申します」


「セバスチャン? 執事?」


「はい。ファーストネームでお呼びいただければ幸いです。玲子お嬢様に忠誠を誓うべく馳せ参じました。以後、お見知り置きの程、宜しくお願い申し上げます」


 小太り体型に相応しく少しバリトンの効いた野太めの声だけど、アメリカ英語ではなく上流階級が使うキングス・イングリッシュ。聞き取りやすいアメリカ東部訛りでもない。

 それにしてもセバスチャンだ。苗字まで執事由来の名前とか出来すぎている。

 私の前世の二次元作品では、執事といえば何故かセバスチャンという名前だけど、欧米ではそれなりに見かける名前だ。ステュアートも似たようなもの。しかしコンボ技で来るとは予想外だった。

 

「えっと、ステュアートは職業じゃなくて名前で良いのよね」


「はい。先祖はスコットランド人ですが、残念ながら彼の国のかつての王朝と関係は御座いません」


「アハハ、それは残念。それで王族とは関係ないステュアートさん、ではなくミスタ・セバスチャン、私に忠誠とは? 鳳家への忠誠ではないのですか?」


 こちらもキングス・イングリッシュで応じる。家庭教師から英語をバッチリ仕込まれているので、東部訛りもキングス・イングリッシュも対応可能だ。前世の記憶があるので、映画で聞いたような下品なブロンクス訛りとかも、ある程度対応できる。勿論だけど、この悪役令嬢の優れた頭脳のおかげだ。

 そしてこのボディだからこそ、こうした場で醜態を晒さず済む。

 そんな私を確認して、セバスチャンが恭しく言葉を続ける。


「左様です。フェニックスについては、4年程前に市場で知りました。強く興味を持ちましたが、その先は見えず仕舞い。しかし幻獣が有する財宝の匂いを感じましたので、匂いに誘われるがまま時田様の罠に嵌りました。

 ですがそこで、秘密を探るために無理をしたのが祟り高熱で寝込み、危うく命を落としかけたのです。

 そしてそんな私が命拾いしたのは、鳳紅龍博士が開発されたばかりの新薬、ペニシリンでした。しかし当時のアメリカでは、まだ流通していないもの。その事を知ったのは病が峠を越えた後でしたが、見舞いに来られた時田様が鳳商事を通じてのアメリカでの売り込みとは別に、自分達の為に持ち込んでいたものだとお聞きしました」


「それだと、あなたの恩人は時田と紅龍先生なのでは?」


「はい。勿論、時田様にもドクター鳳にもこれ以上ない感謝の念を抱いております。ですが、病になってまで追い求めた褒賞として、時田様よりお話を伺いました。全ては玲子様、あなた様が道を示されたのだ、と」


 少し芝居がかっているので、時田に目線をやると珍しくニヤリと笑みを浮かべた。ニヤリと笑っても上品なのでちょっと違和感があるけど、要するに時田がフィッシングもしくはヘッドハントしたという事になるのだろう。そう判断したので小さく頷く。

 セバスチャンには、私がセバスチャンに頷いたように見えるけど、私としては時田にも頷いている。


「分かりました。けれども、私は何もしていませんよ。それでも私に忠誠を誓って下さるのですか?」


「はい、勿論に御座います。命の恩人であり、また稀代の博徒であるあなた様にお仕えする事こそ、我が天命です。どうか、幕下の末席にお加え頂きますよう、切にお願い申し上げます」


「そこまで言うのでしたら、あなたの忠誠を受けましょう。おとぎ話のような臣従儀礼は必要ですか?」


「もし叶うのでしたら」


 ちょっとしたジョークだったのに、真に受けられてしまった。しかも語気が強い。これはジョークで済まない。

 とはいえ、この部屋に剣は……壁にかけてあった。時田に目線をやると、素早くそれを取ってセバスチャンの手に持たせる。


「では、真似事だけでもしましょうか」


 そう言って立ち、椅子とテーブルから逸れる。全てを察したセバスチャンも同じように移動し、こちらは片膝をついて首(こうべ)を垂れる。

 すでに剣は一度セバスチャンの手に渡ってから、私に預けられている。レプリカだけどちゃんとした鉄製で、これで殴られたら子供なら十分死ねそうだ。それを渡しても大丈夫だと、時田は判断しているのだ。

 忠誠心はともかく、信頼はしても良いというサインの一つにもなった。

 そして私は、子供には少し重いレプリカの剣を横にして、セバスチャンの肩に置く。言葉の方は、暇つぶしの読書の中から一文を探し出す。


「我、汝を騎士に任命します。我に忠誠を誓いなさい」


「一命を賭して尽くします」


 その言葉を受けて、今度はセバスチャンにその剣先を向けると、彼はそれを手に取り刃に口づけをする。これで一通りの儀式は完成だ。

 茶番なのは分かっているが、セバスチャンの方は完全に本気モードだ。しかも小刻みに震えているように見えるので、感極まっているのかもしれない。


(なんか、変なの拾ってない?)


 一瞬そう思うけど、まあこれで忠誠なりが本当に買えるのなら安いものだ。

 そして私としては、本題の散文的な事の方に興味が向く。


「これで契約成立です。それで、あなたは私に対して、忠誠以外の何を捧げてくれますか?」


「望まれる事でしたら何なりと。ですが、敢えて申し上げさせて頂ければ、ウォール街と世界の商取引の事に関しては微力ながらお役に立てるかと」


(まあ、一連の話からすればそうよね。それに時田がこのタイミングで私に会わすんだから、アメリカ株とかお金の運用に関わるのが自然だものね)




「それで、セバスチャンってどういう人、何が出来るの? いや、違うか。何をさせていたの?」


「全て事後報告になり誠に申し訳ございません。当人たっての希望で、御目通りするまでは伏せる事を仕える条件の一つとしておりましたもので」


 セバスチャンを一旦下がらせた後、ホテルスイートのリビンクで、時田を前に私が問いかけている形になっている。


「なんか、分かる。けど、あれって「地」? それとも演技?」


「東部訛りですが、言葉遣いは普通です。玲子お嬢様にだけ、あの話し方ですな。忠誠心については、信じて問題ないかと。ただし鳳家に対してより、玲子お嬢様、あなた様への忠誠心が優先すると考えた方が宜しいでしょうな」


「なんで? 全然分からない。時田はあの人に私の何を話したの? て言うか、あの人私の何知っているの? ちょっとキモいんだけど」


「お嬢様、ここは夢の中では御座いません」


 隣に控えるシズに窘(たしな)められた。油断すると前世の言葉が前面に出てしまう事があるけど、シズは私が夢の中と混同していると言う風に解釈しているそうだ。事実はどうあれ。

 だからシズに対して、私は小さく頷くに留める。


「うん。けど、マジキモい。どうなの時田?」


「私からは、「噂話」を含めて一族以外に話せる程度の情報しか話してはおりません。ですが、自らで色々と調べた様子。少なくとも情報収集能力は、私が当初予測した以上です」


「分かった。能力は認める。けど、マジキモい。それじゃあストーカーじゃん」


「ストーカー?」


「ストーキング。付きまとい。まあ、変態の一種ね」


「変態、ですか。では、忠誠心はお信じになりませんか?」


「あれはマジもんよね。信じるしかないし、逆に見捨てたりしたら酷く恨むか、逆に落ち込んで自殺しそうな雰囲気あるんだけど?」


「その判断で宜しいかと。では、使って宜しいですね」


 時田の言葉は決定事項の確認だが、私に否があるわけない。

 転生前の私はただの凡人だった。私の判断力より、百戦錬磨な時田の判断力や人を見る目の方が上に決まっている。

 ただ、子供じみた最後の抵抗として、小さくため息をつく。


「ハァ、いいわ。それでどんな人?」


「こちらにまとめております」


 そう言って、用意していた紙面を差し出す。

 その横でシズが無駄に豪華な灰皿とマッチを準備しているので、読んだ後で破棄するものらしい。多分と言うか間違いなく、やばい事もさせているのだ。

 そしてその色んな意味でヤバい奴のプロフィールには、表面上の方にはこう書かれていた。



 セバスチャン・ステュアート。ニュージャージ州出身。母系はユダヤ系。年齢38歳。現在独身。ハーバード大学卒。次席。経営博士号。司法博士号。第一次世界大戦に志願して予備役将校として従軍。大尉で退役。飛行機操縦資格有り。格闘技、射撃なども習得。


 備考:鳳に抱えるまでは、経済関連の弁護士事務所と探偵事務所を経営。水面下の営業も実施。株にも多額の投資あり。コネに関しては不明の点があるも、広範に及ぶと推測される。

(詳細は裏面に記載)



「化け物じゃない! そりゃあ私の素性も調べられるわよ」


「左様ですな。私も知って大変驚かされました。それでこの者、どこに属させますか? 今は鳳投資資金のニューヨーク支店長をさせておりますが、商社の仕事も十分こなせます。鳳の家の方がお認めになるなら、アメリカでの全てを任せても構わないかと」


「時田がそこまでいうなら。ただ念のため聞くけど、人種差別は? 国としての忠誠はどこ? あと、ユダヤ系って事だけど、どこかと繋がってる?」


「大学関連を中心に、それなりの人脈があります。ユダヤ系ですが、大きな一族や財閥との繋がりはなし。軍に志願していますが、国への忠誠はありません。人種差別も同様に拘ってはおりませんな」


 スコットランド出身なのは父系、しかしユダヤは母系社会なので母親がユダヤ人という事だ。もしかしたら、面白い血統なのかもしれない。

 まあ、それ以上面白いのは当人自身だが。


「程よい物件って感じね。それで当人の希望は?」


「出来うるなら、玲子お嬢様のお側近くを望んでおります」


「でしょーねー」


 お子様言葉でそう返しつつも、頭の中で前世の歴史を少し思い出す。

 ダウ・インデックスは、この時点で私の前世の歴史通りに動き、あとしばらくしたらピークに達しそうだ。

 そしてピークから2ヶ月もしないうちに雪崩を打って崩壊し、そのあとのボロボロのアメリカ経済になってから、

助けると言う名目で相手の足元を見つつお買い物。そこまでは、セバスチャンは必要だろう。

 けど、私が鳳グループを支配する為のフェニックス・ファンド(鳳投資資金)は、数億ドルを抱えたままとする予定だ。32年 夏にダウ・インデックスが底値になれば、ある程度買い戻す予定もある。


 一方で、鳳グループ自体に人がいないのも確かだ。特に今後、私の手足となってくれる人が少ない。

 けど、今の日本人社会で白人が表立って縦横に活躍できるとは考え難い。お雇い外国人が精一杯だろう。けど逆に、『お雇い外国人』としてなら使いようがあるかもしれない。

 それとも、と思ったところで思考を中断する。どうやらかなりの時間考え込んでいたようだ。

 意識して視線を動かすと、すぐに時田と合う。


「お決まりですか?」


「まだ考え中。とにかく、今回の旅は最後まで同行していいわ。見ながら考える」


「畏まりました。あの者にはそう伝えましょう」


_______________


アイビーリーグ:

アメリカ東部の有名な8つの私立大学の総称。

アメリカのエリートを輩出している中核。

20世紀に入る頃には、もう呼ばれ始めている。



ユダヤは母系:

現代はそうでも無いらしい。

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