095 「鳳グループの今後の道は?」

 鳳グループの社長会『鳳凰会』の年一回の会食会が終わった数日後、私は曾お爺様の離れにいた。

 目的は二つ。

 一つは、渡米の正式な許しを得ること。

 もう一つは、鳳一族と鳳グループを直近に迫った『有事』に備えさせる相談。

 どちらを先に話そうかと思ったけど、渡米許可は以前から言っている事なので問題もないだろうと判断し、もう一つの方を先にした。



「『有事』に備える、ね。それほど変化するか? いや、玲子の夢の話は知ってはいるが、そんなに一気に悪い時代に向かうとは思えなくてな。大戦が終わって、まだ10年だぞ」


「でもさ父さん、陸軍の中堅将校の一部は、満蒙を切り取る動きを進めているぞ。しかも色んなところが、実施する前提で動いている。勿論殆どは水面下の動きだが、止まりようがない」


「止まりませんか?」


 お父様な祖父の言葉に、僅かな期待を込めて視線も送る。

 この席には、いつも通り曾お爺様の蒼一郎、お父様な祖父の麒一郎と私だけ。時田は渡米中で、他に曾お爺様付き執事の芳賀もいるけど、お父様な祖父付きの執事と私のメイドのシズは同席せず、別室で待機している。

 そして真剣な話なので、いつもの子供言葉も封じている。


「止まらんな。露助が第一次五カ年計画を終える前に動かないと、満蒙の切り取りは日ソの力関係から不可能だ。そして機会を逃せば後はジリ貧になると考えているし、まあ多分そうなるだろう」


「ハァ、そうですよね。では、他の列強は頼れないものでしょうか?」



 私は、私の前世の歴史と違い、張作霖が爆殺どころか張作霖の大元帥ムーブが続いている事に期待をかけて聞いてみた。

 しかしお父様な祖父の表情は苦い。


「列強が望む日本の立ち位置は、列強に泣きついてくるが、露助にはギリギリ負けない程度の日本が良いんだ。日露戦争から全く変わってない」


「軍備を陸軍偏重にしても、優位になりませんか?」


「ない。それ以前に、海軍は日本の列強外交の表看板だ。削減出来るわけがない。世界第3位の海軍というカードは、貧弱な陸軍とじゃあ比べ物にならないからな」


 陸軍の少将閣下なのに、お父様な祖父の言葉は冷静で辛辣だ。そして陸軍中堅将校達の暴走は、張作霖が勝っていようが変わりないということが再確認できた。変えるには、さらに過去に遡ってロシア革命を失敗させないといけないだろう。


 一方では、今のところの大陸情勢は、私の前世とは違う歴史を突進している。

 私の前世の日本で学生に教えることは滅多にないけど、私の前世でもこの時期に「中ソ紛争」が起きている。そしてこの世界でも勃発した。ただし起こしたのは、大元帥ムーブが続いて調子に乗りまくっている張作霖だ。


 しかし理由は同じで、中華民国の国内統一がある程度完成したので、次の一手として外圧の排除を試みたのだ。

 そして最初の敵は、世界(欧米+日本)の敵のソビエト連邦ロシア。共産主義国なので、世界(欧米+日本)が支援と何よりお金を出してくれるので、金が欲しい張作霖がやらない手はない。


 そして去年の6月に、満州北部の中東鉄道(=東清鉄道)の一部を占領して、ソ連に喧嘩を売った。これを英米が能天気に支持し、幾らかのお金を渡したりしているけど、南満州への紛争波及を恐れた日本は動いていない。

 張作霖の大元帥ムーブはさらに続き、去年の12月から北満のソ連への態度を強硬化。本格的な軍事衝突の準備すら進めている。

 冬にソ連が動けないのを知っての半ば挑発であり、列強へのさらに支援をくれというアピールだ。


 そして行動がさらに加速したのが、もう少し先の5月のことだ。

 張作霖の北洋軍、もとい中華民国軍は、ハルピンのソ連総領事館の無断捜索を皮切りに、北満からのソ連排除に動いた。

 ただこれは、日本に対しては悪手となる。

 日本政府は、張作霖の綱渡りな危険すぎる動きに、張作霖排除を考えるようになっていくからだ。

 今の時点でも、日本政府の張作霖への危惧は高まりつつあり、既に蒋介石への接触を行なっているという。

 そして張作霖が排除されるか勢力を大きく減退させれば、日本陸軍の行動はさらに加速するだろう。


 さらに悪いことに、私の前世の歴史と同じならこの年の秋に世界経済が激変してしまう。

 決定的に悪い方向に。



「満蒙の事はいい。それで、鳳が『有事』に備えるとして、布陣はどうする?」


「俺は、父さんがいるうちは軍を退役しないよ。メンツと外聞で、不利になりすぎる」


 先手を打って、お父様な祖父が一言挟み込む。それに曾お爺様は一瞬厳しい目を向けるも、すぐに苦笑した。


「麒一郎は、私が死ぬまでは一族の手綱だけ握っていれば良い。しかしグループ総帥は、善吉以外に人がいないぞ」


「……金子様を私は推します」


 あまり言いたくはないけど、鳳グループ内で切れるカードには他にいなかった。



鳳金融持株会社初代社長:鳳善吉

鳳財閥総帥:鳳玄二

鈴木商店2代目:鈴木岩次郎



 現状ではこの形で鳳グループのトップは形成されている。

 しかし鳳FIを動かす「鳳の金庫番」の時田と、時田の真のボスこそが鳳グループの本当のトップだ。善吉大叔父さんは、宰相であって王様じゃない。

 そして外から見ると、お父様な祖父の麒一郎が一族当主なので実質的な王様だろうと見られているけど、御簾(みす)の向こうに居るので財界人では手が出せない。私の場合は、「鳳の巫女」という噂を別にすれば、順当に行けば10年程先の配偶者に注目が集まる程度だ。


 そして30手前の玄二叔父さんは、次男という鳳にとってのスペアな上に、当人がどう思っているかはともかく凡庸で、とてもではないけど鳳を率いていく能力も器もないと見られている。年齢的にまだ若いので一応期待をしているという含みはあるけど、私の見るところその目はない。


 他に財閥に関わる一族だと虎三郎大叔父さんがいるけど、虎三郎は鳳の重工業部門の親玉だし、能力的にも他は無理だ。当人にも、その気はない。

 私のお兄様である龍也叔父様が軍人を辞めてくれれば多くは解決するけど、華麗すぎる経歴となっているお兄様を陸軍が手放すとは思えないし、当人にも軍人を続ける気でいる。

 一族内でも、今の所は次男の家系だが次の鳳当主候補だろうと考えられている。


 鳳以外で有望な人となると、石油部門のトップとなっている出光佐三さんくらいだ。少なくとも、私の知る限り他にはいない。

 こうして見ると、鳳財閥は本当に一族による財閥だ。

 私視点でのメタ的には、ゲーム上の設定のせいだ。ゲームデザイナーが、ネームド(歴史上の人物)を安易に史実と違う配置にしたくなかったというのがある。


 一方で鈴木商店は、金子直吉さんが忠臣にして宰相というポジションだ。

 そして金子さんを引き上げれば、鈴木側の士気は間違いなく上がる。鳳側は逆になるだろうけど、それでも本当のトップは鳳一族なのは変わらないし、金子さんは年齢的にもそう長く続けられないので、一時的なものと捉えられる可能性は十分にある。

 それに鈴木には、金子さんが上に行っても、鈴木自体を運営できる人は十分にいる。

 そうした状況を色々調べた上での私の発言だ。


「金子君は、ない。少なくとも私が死んでからにしろ。そうじゃないと、鈴木の方はともかく鳳の方の不満が強くなりすぎる。それで、鳳からはいないか?」


「直接会った中だと、出光さんあたりは有望だと思いますが」


「あの石油屋か。商社のトップはともかく、それ以上は今の各社の上で座っている連中が認めんだろう」


「じゃあ、他にはいません」


 そう言い切ってしまうと、曾お爺様が少し考えてから口を開いた。


「10歳になったら、鳳に仕える色々な者には会わせよう。そしてその時点で考えなさい。それと、当面はこの布陣で行く。まだ何も起きてないのに、作ったばかりの布陣を動かすのは悪手だ。3年は地固めに使うべきだろう」


 それが実質的な鳳一族の当主である、ご隠居な曾お爺様の決定だった。

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