092 「9歳の誕生日(1)」

 9歳の誕生日会は、少し寂しくなった。

 メンツは去年とほぼ同じなのだが、玄太郎くんと虎士郎くんが欠席していたからだ。それどころか、熱海から帰ってから鳳本邸での勉強会にも出ていない。


 龍一くんに偵察、ではなく遊びに行ってもらったら、玄二叔父さんから強く本邸への出禁を食らっているのだそうだ。

 表向きは、春休みくらい子供らしくゆっくりしろとの事だけど、今までは頑張れ、龍一くんに負けるなと尻を叩いていたのに、あまりにも態度が違いすぎるので、みんな訝しんだ。

 当然、みんなは理由が全然分からないと嘆いたけど、私には察しがつく。ついてしまう。


 熱海の別荘での私との話に対する、玄二叔父さんなりの回答だ。

 当然だろうけど、玄二叔父さんは今まで以上に私を「得体の知れないもの」として見てくるだろう。私としては、多少でも怯えて萎縮するのを期待するしかないけど、言い放った事自体は後悔していない。

 猫を被ってあの場を取り繕ったり、中途半端に仲良くしたり、表面上で理解した振りをしても、結局あの人と鳳の中心では相容れない事が良く分かったからだ。

 私がどれだけ努力しても多分無駄だろう。いつか破綻している筈だ。


 それでも子供達が贈る誕生日プレゼントまでは止めなかったらしく、そこに人間臭さと私への複雑な感情を垣間見る気がした。

 少なくとも私が子供の間は、極端な問題はないと思いたい。向こうが避ければ、それで問題は玄二叔父さんとしてはそれなりに回避できるというメッセージに思えるからだ。


 そうした中、木曜日の平日に巨大な花束を抱えてやって来てくれた勝次郎くんの存在は、私の心を和ませてくれた。本当に我が道を進んでいるように思え、心底安心させてくれる。

 だから二人がいなくても、私の誕生日会を笑顔で過ごす事も出来た。

 そして誕生日会も進み、みんなが騒いでいるのを休憩がてらに少し遠目に見ていると、その御仁が近づいて来た。



「どうした?」


「ううん、ちょっと食休み。あ、それよりも、改めてだけど今年も来てくれてありがとう」


「当然だ。それより、言いたい事は違うようだが?」


「バレてた?」


「顔を見れば分かる。しかし、鳳の家も面倒臭いのだな」


 二人の欠席者については欠席という以上には話していないけど、勝次郎くんはなんとなく察している。

 自分にも思い至る事例があるからだろう。


「そういう山崎家も?」


「まあな。玲子たちの世代ほど競争相手は多くないが、山崎の家の方が方々とのしがらみが強いからな。鳳も、お前たちの世代でそうなるだろうが」


「その一人が勝次郎くんだから?」


「勿論それもある」


 否定しようともせず、破顔せんばかりの笑顔で答える。

 流石俺様キャラ。自信満々で羨ましい。けど返事はそこで止まらない。


「だがそうなると、あと4人が嫁を取るか嫁入りだ。蒼家には他にも同じくらい。それに紅家の方も、未婚の者と子供が何人かいるだろう。今の鳳なら引く手数多だぞ」


 一転して言葉の最後の方は、少し表情が曇る。それだけの話が、世間もしくは政財界に出回っているという事だ。

 私の耳にも数多く入っている。


「……お金なんて、そんな良いものかなぁ」


「たいていの事は出来てしまうからな」


「けど、ただの手段でしょ。実際、ほとんど使い切るつもりだし」


「流石、未来の俺の女。言う事が違うな。しかし、国でも買うのか?」


 感心しつつ、そして悪びれず言葉を続ける。仮に演技が入っているとしても、今年9歳の子供の胆力じゃない。

 俺の女発言はかえって子供っぽいけど、態度が態度なので許せてしまえる。

 だから私も、9歳になったばかりの子供らしいが子供ではあり得ない答えを用意する。


「買うのは未来よ」

(多分だけど)


「未来か。それは大きくて良いな。俺もいつかそんな事を言ってみたい」


 そう言う勝次郎くんの表情には、憧れと同時にちょっとした悔しさが見え隠れする。私と同じ事が今の自分に出来ない事に、分かっていても思うところがあるのだろう。

 男の子はそれくらいじゃないとダメだと、お姉さんも思う。


「私が引退する頃には言っているわよ」


 励ましたつもりなのに、眉をひそめられた。


「いくらお前と結ばれるからと言って、お前のものを引き継ぐつもりはないぞ」


(ああ、そう取ったのか)


「違う違う。言ったでしょ、使い切るって。それに私なんか関係なく、勝次郎くんは一人で私以上の事が言えるようになるわよ」


 さらに眉をひそめられた。

 解せぬ。


「俺もそこまで自惚れてはいない。20億ドルを二十歳前で動かせるわけないだろ。日本の国家予算2年分だぞ。もしかして玲子、お前がどれだけ非常識か自覚がないのか?」


「ウッ、あるわよ。こんなに可愛いのに、妖怪扱いすらされているのよ。傷つくどころじゃないわよ。私こんなに頑張っているのに」


「ハッ。言いたい者、思い込みたい者にはそうさせておけ。それも王者の務めだ。それにな、知っている者はちゃんと分かっている」


「ありがと。その言葉に甘えて、ひとつ聞いて良い?」


「ああ。今の俺に言える事ならな」


 少し含みがあるけど、思った事を遠慮なく口にする事にした。


「勝次郎くんは、私のしている事どれくらい知っているの? 鳳の他の子供は、殆ど知らされてないのよ」


 少し沈黙があった。思ってはいたけど、簡単には言えない質問だった。しかし勝次郎くんの悩みはごく短かった。表情にも曇りは見られない。


「フム、隠しても仕方ないな。「鳳の巫女」。鳳一族は長子継承。現在の鳳一族の状態と、それぞれの能力や個性。その辺は、うちくらいになれば全部お見通しだ。そして俺は、こうして斥候に来ているから、かなり教えられている」


「まあ、そうよねえ」


「何だ、驚かないのか?」


 やや意外そうな表情なので、少しシニカルな笑みで返してやる。


「うん。かなり驚いてはいる。けど、海の向こうの怖い人達も、今話したくらいの事は知っていたから、日本の怖い人達が知らないわけないわよねーって」


「俺は怖くはないぞ。うちは多少気をつけた方が良いがな」


「ありがとう。何かあった時は、うちに駆け込んで来て良いよ」


 勝次郎くんの即答アンド気遣いに対して心からの言葉なのに、また眉をひそめられた。


「いや、玲子の婿養子にはなりたくはないんだが。俺は、正面から堂々とお前をもらいに行くからな」


「はいはい、期待しないで待っているわ。その前に、すっごい表情で睨みつけてきている天敵その1に勝ってからにしてね」


 そう、少し前から龍一くんがこっちをジーッと見ていた。私はその姿が見えていたけど、勝次郎くんは私と対面していたのでそれが見えてなかったので、それを龍一くんは利用して何を話すか聞いていた。

 実際、口元で指を一本立てるのに私は気づき、それを勝次郎くんに気取られないようにするのには苦労した。

 そこまでしたのに、龍一くんはやっぱり龍一くんだった。


「二人で勝手に話し込むな。それと、玲子も瑤子もやらないからな!」


(いや、瑤子ちゃんの話は少しも出てないでしょ。このシスコンめ)

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