091 「凡人との対話」

 木の壁一枚だと言うのに露天風呂恒例の覗きもなく、風呂から上がると部屋でしばらく休憩する。

 まだ春の序盤だから、涼しいどころか夜になると寒いくらいなので、クーラーも扇風機も必要ない。昼間の温泉だったけど、自然の風に軽く当たるくらいが丁度良い。


 もっともこの時代の扇風機は、まだ発展途上。枠が殆どないのであまり近づきたくないデザインだ。そしてこの屋敷には、天井に釣り下がる巨大な二枚バネの奴があるだけだ。

 だから窓際のサンルーフというより広縁(ひろえん)で一人寛ぐ。

 男子勢は男子部屋となっている別室で、奥さん二人は身繕いでこの場におらず。瑤子ちゃんとシズは、冷たい飲み物を求めて台所へ。私も瑤子ちゃんに誘われたけど、疲れすぎたせいか少し動きたくなかったので、シズに持ってきてもらう事にした。


「少し、良いか?」


 私が一人でボーッと外を眺めて涼んでいると男性の声。

 振り向くとそこには、玄二(げんじ)叔父さんがいた。


(珍しい。ていうか、二人きりは初めてかも?)


「はい。構いません。何でしょうか?」


 だらけた格好の居住まいを少し正し、それなりに応対する。

 玄二叔父さんが私をあからさまに避けているせいで、一族内で親近感の感じない一人だ。

 けど今は、少し様子が違う。取り繕ってもいないし、それどころか私の態度に苦笑された。


「?」


「いや、済まない。一度こうして話しておきたかったんだ。それにしても、本当に大人びているね。玄太郎と違って、背伸びした感じもしない」


「有難うございます。けど、玄太郎くん、凄く頑張っていますよ」


 フォローしたのに、また苦笑された。


「知っているよ。これでも親だからね。でも玲子ちゃん、いや玲子は、そんな玄太郎を大人目線で見ているから、大人としては苦笑するしかないんだよ」


「ハァ、ませているのは自覚しています」


「玲子みたいなのは、大人びていると表現を変える方がいいだろうね」


 そう言ってまた苦笑された。


(なんだ? 雑談とか言って、ディスりにきただけ? 大人気なくない?)


 流石に少し気が立ったので、少し強めの目線で見返してしまう。そうすると軽く両手を胸元辺りにあげて、敵意のなさそうな表情を見せる。


「いや、気に触る事を言ったのなら済まない。そんな気はないんだ。ただ、私にとって玲子は分からなさすぎる。だから、こうして二人でゆっくり話せる機会が持てないかって思っていただけなんだ」


「そう、ですね。私も玄二叔父様とは、一度ゆっくり話してみたいと思っていました。けど、玄二叔父様、私の事を避けてましたよね? 二人にも近寄らないように言っていたそうですし」


 目力共々少し言葉強めに言って見たら、表情がすっと変化する。

 分かりやすい人だ。言葉もその感想を裏切らない。


「そりゃそうだろ。得体が知れなさすぎる!」


(あ、ちょっと本音が出た)


 言ってすぐ、玄二叔父さんは自身の口を手で塞ぐ。そしてバツの悪そうな表情を露骨に浮かべた。

 私としては、ちょっとした煽りに反応した玄二叔父さんの態度にむしろ興味が湧いたけど、どうやらここまでらしい。

 部屋の外から話し声だ。


「玄二叔父様、この話はまた後で。それと今晩お時間下さい」


「わ、分かった」


 少し焦りつつ、そして入ってきた瑤子ちゃん達に下手なごまかしをしつつ、そそくさと部屋を出て行った。

 そしてそれを眺めつつ、私はむしろ玄二叔父さんに親近感を抱いた。


(本当に普通の人なんだ。私と一緒。いや、転生前の私と一緒。そんなんじゃあ、鳳一族の中枢はしんどいわよね)




 そしてその夜。まだ子供を中心に広間で騒いでいる間に、お花摘みと言って抜け出す。施設自体の安全は確認されているので、シズが付き添う事もない。

 そして席を外す時に、一瞬だけ玄二叔父さんに視線を向ける。

 これで気付かなければそれまでと思ったけど、少し間を置いて玄二叔父さんもお手洗いへとやってきた。

 そして周囲に人がいないのを確認して、すぐ前に広がる中庭へと出る。


「じゃあ手短に昼の続き、しましょうか?」


「あ、ああ」


 幼女な私から呼び水をしたのに煮え切らない。

 あまり長時間話したくもないので、さらに煽るしかないと内心ため息をつく。


「得体が知れない私が話せることなんて、何もないのですけれど? それとも、昼間叔父様が言った言葉に対して、大人な言葉で糾弾なりすればよろしいのですか?」


 言い切って少し後悔した。

 昼間「得体が知れない」と言ったように、玄二叔父さんは私に怯えている。それを叔父さんの視線で感じとる事ができた。

 そして理解した。いや、理解できた。ゲームでの玄二叔父さんの行動も私、いや悪役令嬢たる私の体の主、鳳玲子もしくは鳳凰院玲華への怯えが原動力なのだと。


 一方で、曾お爺様は玄二叔父さんを全然評価していない。私の見るところでも、一族の中では能力は低い。相応に野心があり、多少の行動力はある。けど、それに能力が全然ついていってない。一応帝大卒だけど、華族枠での入学と卒業なのでたかが知れる。

 実質的な鳳内での玄二叔父さんの直臣も、これという人は居ない。しかも地位とか金に引き寄せられた人達なので、善吉大叔父さんが持て余していると聞いている。しかも子供の頃に付けた者は、解任したとも聞く。

 だからこそ、半ばお飾りとなった鳳財閥のトップに据えたのだ。

 曾お爺様などからすればギリギリの温情で、まだ若いのでそこで勉強しろという表向きの理由と、無害な一族関係者になって欲しいというごく淡い期待があるだけだ。


 けど今は、完全に臆病でもないらしかった。

 言葉の前に軽く頭を下げるところから話が始まった。


「失言は謝る。子供相手にみっともなかった。本当に一度話してみたかっただけだ。今も、昼間の言葉を謝ろうと思ったからだ」


「はい。私も気にしていません」


「あ、ああ。それでだけど、せっかくだから一ついいかな? 大切な事だ」


 その言葉に対して、背丈の差から斜め下から見上げる。そうして見た玄二叔父さんは、怯えているようには見えない。けど、何か探るような雰囲気を感じる。

 だから私は軽く頷いて、言葉を促(うなが)す。


「玲子、君は鳳の上に立つ気なのか? 鳳を、その、支配したいのか?」


(どう答えろと?)


 いきなりのド直球に、さすがに口ごもる振りをする。いや振りだけじゃなく、叔父さんを見返しながら少し考える。

 玄二叔父さんの質問は、それなりの野心からの発言なのだろうか。

 私の父麒一と財閥総帥の龍次郎が死んだので、お父様な祖父の麒一郎が隠居して私の伴侶が一族当主になるまで、上手くいけば財閥総帥と一族当主の両方の座が転がり込む。

 そりゃあ野心を抱くなという方が難しいかも知れない。


 一方で、私には鳳一族に対して野心などない。あるとするなら、滅びて欲しくない、不幸になって欲しくないと思うだけ。

 また鳳グループは、私にとっての最悪の破滅をみんなで避ける為の手段だから、必要な時に使えたら良い。

 そして私は鳳一族にとって『夢見の巫女』だから、このくらいの立ち位置で良いはずだ。

 むしろ現状は、踏み込み過ぎてすらいる。それを懸念しているのならむしろ立派なのだけど、それならこんな質問にはならないだろう。

 つまりこの人は、そういう根本的なところが一族の他の大人達と違って理解できてない、という事になる。


(この人とは、考え方がアプローチから違うのか)


 そう結論したので、少し間が空いた時間を埋めるように、少し重めに言葉を紡いだ。


「ずっと背負うには重過ぎますけど、一時的にお借りする事はあると思います。お許し願えますか?」


「一時的? どの程度? 君が結婚して子供が成人するまでか? それは鳳を支配するいう事だろ?」


「ハァ? 今まで何見てきたの?! なんでそんな長期間も、私が鳳を背負わなきゃいけないのよ!」


「えっ?」


 売り言葉に買い言葉で素に返った言葉を返してしまうと、目をパチクリとされてしまった。

 さすがにタメ口は予想外だったらしい。

 けど、私も予想外だ。鳳の人間で、これほどものが見えてない人がいたなんて。


(ああ、もう。決めた。こいつには私のゲームが終わるまで、私の邪魔はさせない。いや、違うか。邪魔になるところに座らせない。こんな凡人を鳳のトップにでも据えたら、私の努力、みんなの努力が全部パーになる)


 そう決めると腹も据わる。そして同時に悪い私が鎌首をもたげてくる。多分だけど、この体に魂か精神か思考か何かが引っ張られているのを感じる。

 何しろ、この人も私の体の主にとっては敵となる一人だ。

 だからこう言い放ってやった。


「何をお考えだろうと、何をされようと勝手ですけれど、私の邪魔だけはしないでちょうだいね。したら容赦しないから」


 得体が知れないと思うなら、そう思い続けていればいいんだ。

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