090 「熱海の温泉」

「ア゛ー」


「玲子ちゃん、口から何か漏れ出しそー」


「玲子様、他の目が無いとはいえ、鳳の者らしい態度をなされますよう」


 翌日遅めに目が覚めて、まずは温泉に入ってから遅い朝食をとって、また温泉に入って、昼を食べたらみんなが来た。

 だからこうして、また温泉に浸かっている。もはやババアの所業だ。

 しかし幼女の体であっても、温泉は何度入っても格別だ。日本人で良かったと、心底思えてしまう。


 なお、今日熱海まで来た一族は、本家は私だけだけど、龍也お兄様の家からは幸子叔母さまと龍一くん、瑤子ちゃんが来ている。

 また、玄太郎くん、虎士郎くん兄弟も来ている上に、今回はなんと二人の両親まで同行している。

 それ以外も、それぞれのお付きや随員がいるので結構な数になる。

 そしてこの別荘の良いところは、相応の人数を受け入れられるだけの大きなお風呂がある事だ。しかも露天風呂付きなのはポイント高い。

 そしてその露天風呂で魂が抜けそうになっているのだけど、この露天風呂はお約束とばかりに一つの大きな石造りの湯船を真ん中で木製の壁で仕切っているだけだ。覗き見する絶好の条件が揃っている。



「玲子ちゃん、旅行は大変だったみたいね」


「ご隠居様も虎三郎叔父様も、小さな子に無茶をさせるものですね」


「行きたがったのは玲子ちゃんみたいよ」


「そうなの玲子ちゃん?」


「あ、はい。色んなところを見てみたいってお願いしたの」


「瑤子も一緒に行けば良かったのに」


「私が止めたんです。大変になるだろうからって。アハハハ」


 隣で瑤子ちゃんも、一緒に愛想笑いしてくれている。

 温泉に入り続けても尚、口から何かが漏れ出しそうになるのだ。子供がする旅じゃなかった。

 それを普通に心配してくれる二人、瑤子ちゃん達のお母さんの幸子(ゆきこ)叔母さんと玄太郎くん達のお母さんの潔子(きよこ)叔母さんは、鳳の良心というか鳳一族の中では常識的な人達だ。


 日本の因習にとらわれない鳳でも、嫁入りした女性は一族の事や財閥の事に口出ししない良妻賢母が普通だ。それに、夫の方も仕事のことを教える事はあまり無いらしいので、普通といえば普通の反応が返ってくるのは、それこそ普通だ。

 鳳の血統を継いだ女子は例外だけど、それも相手方に嫁いだ時点で一族の極端なしがらみからは無罪放免となる。

 そして一番の例外は、今の所前例のない一族内での結婚。私が予定している選択肢の一つ、「いとこ婚」だ。


 戦前の日本、つまり今の日本だと、調べてみると東京市で4%あった。他でも、5%くらいの地域もある。だから極端に珍しい事ではないので、二人の息子のどちらかの婚姻相手となる可能性のある私への関心は高いけど、否定的でないのは有難い。

 いや、私に否定的だとゲームの設定が通らなくなるので、私としては良好な関係構築に腐心したおかげだと思いたい。

 だが私の体の主は、性格からして方々と悪い関係、悪い印象を構築してそうなのに、よくゲームの状況を成立させたと思う。


(けど、この体の主って、この人たちとの関係どうだったんだろ。ゲームじゃあ二人とも殆ど出てこないのよね)


 温泉に浸かってあまりに気抜けし過ぎていたのを改め、同じように浸かるみんなを見つつぼんやりと考える。

 幸子叔母さんと潔子叔母さんは、どちらも今の時点で20代後半。同じ年に18歳でそれぞれ龍也お兄様、玄二叔父さんに嫁いできた。私の母も同じ年の結婚なので、その年の鳳家は大忙しだったそうだ。

 どちらも実年齢以上に若く見えるけど、特に幸子叔母さんは評判になるほどの超絶美人。ゲームの時期の私の姿すら上回るほどの美人ぶりだ。


 しかしゲーム開始時点では、既に龍也お兄様が高みに旅立たれていたので、私と龍一くんの結婚を少し強引に勧めてくる少し残念な印象が強い。

 けど、龍也お兄様は壮健そのもので、今もドイツに留学中だ。だから、普通に超美人なセレブの若奥様でしかない。


 そして美男美女の理想のカップルなので、周囲からはただただ羨まれていて、その美貌もあって社交界ではアイドルに近い存在らしい。しかも今は旦那が海外駐在なので、代わりに日本で表に出ることも多く幸子叔母さんの人気はさらに上昇中との事だ。

 龍也お兄様とは今でも周囲も羨むラブラブぶりだけど、この人の場合は見ているだけで目の保養になるタイプなので、既婚で身が固くても人気には影響しない。

 しかし私の主、悪役令嬢は、本来なら早逝した自分の母親こそが幸子叔母さんのポジションだと考えていたので、かなり敵視している設定になっている。


 一方の潔子叔母さんは、幸子叔母さんに及ばないまでも十分に美人だ。けど少し気弱な人らしく、玄二叔父さんに従うのみで影が薄い。こうして直に会って、ゆっくり話すのも初めてなくらいだ。

 なお、潔子叔母さんは、今3人目を身ごもっている。そしてゲーム上では、3人目に女の子を生むが早くに亡くし、ゲーム開始時点では薄幸なイメージの人になってしまっていた。けど今は、体も安定期で幸せそうだ。

 玄二叔父さんも、私への視線と態度は冷たいけど、奥さんは大切にしていると息子二人から聞いている。今回の旅行でも、温泉での保養は良いと玄二叔父さんも進めたそうだ。


(龍也お兄様が戦死じゃなければ、紅龍先生の薬でみんな不幸になる可能性はかなり下がっているのよね。このまま平穏でいてくれれば良いんだけど)


「どうしたの玲子ちゃん? 今度は考え事?」


「う、ううん。ちょっとボーッとしてただけ」


「そう? けど、ボーッとしたくなるよねー」


「そうよねー」


 瑤子ちゃんは、一緒にいるとこうして私をよく見てくれる。私は少し不純な気持ちな時もあるけど、瑤子ちゃんは本当に良い子なので、たまに心がズキンと痛むことがある。

 ただ、瑤子ちゃんも、ゲーム上では私の体の主とこんなに関係は良くはない。

 原因は悪役令嬢たるこの体の主、もしくはゲーム上のキャラクターの性格と素行のためだ。あの性格では、好かれるものも好かれまい。


 私は多少過剰に愛情表現する以外普通にしている筈なので、こうして仲良くしてくれている。

 けど、ぼんやりとだが、子供の頃のこの体の主と瑤子ちゃんの関係は、今とそう変わらないような気がする。

 もしそうなら、やはり周囲の環境、鳳財閥が窮地に陥って行く事が、それぞれの性格や行動、そして人間関係に強く影響を与えたと考えるべきなのかもしれない。


「やっぱり考え事してるー。こういう時は、ボーッと何も考えないのが一番なんだよー」


「そ、そうね。けど、そうなの?」


「うん。雑誌に書いてた。リラックスとかって」


「してるよー、リラックス。旅行中は温泉行っても次の日に別の場所に行くから、緊張しっぱなしだったしね。今、それを実感してる」


「そっかー。行かなくて良かった。それと、お疲れ様ー!」


 そう言うと、最後に私に抱きついてきた。

 お互い生まれたままの姿なので、ご褒美以上すぎて自身の鼻血を警戒してしまいそうだ。そしてそれを、二人の大人が目を細めて見ている。

 当然ではあるけど、片隅で控えているシズの半目は視界には入れていない。


「本当に仲が良いのね」


「瑤子が二歳の頃からこうなんですよ。鳳の取り決めとか無かったら、本当に姉妹にしたいくらい」


「まあ。それはずるいわ幸子さん。玲子ちゃん、瑤子ちゃん、この子が女の子だったら二人みたいに仲良くしてあげてね」


「うん!」


「はい、勿論です!」


 その子が女の子と知っている私の返事は、瑤子ちゃんより強くなった。

 それに、このままの関係が続けばと言う気持ちも乗っていたように思う。

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