041 「海賊と呼ばれた男?」

「おーっ。帝国ホテルに負けてないわねー」


「満鉄が誇る最高級ホテルですからな」


 時田の一言解説がなくても、前世が「歴女」である私は知識では知っていた。

 実物はこれが初めてだが、写真で外観やロビーを見たことがあった。けど、現物を前にした感動は言葉にできない。

 自分が歴史の中に入り込んだような錯覚にすら捉われそうになる。

 いやまあ、錯覚どころじゃないんだけど。



 一仕事終えた私は、時田とシズ、それに護衛の八神、さらには追加の護衛の王(ワン)を連れて、大連で一泊して日本に帰る予定だった。


「満州って、どこか観光できるところないの?」


 ホテルロビーで時田らがチェックしている間、私の前に座る護衛の大男二人に問いかける。私の横は、もちろんシズのポジションだ。

 ただ大男達の顔には、「俺たちに聞くのかよ」と書いてあった。確かに人選ミスを自覚する。


「そうだな、すぐ先の旅順は日本人に人気だな」


 八神のおっちゃんが、日本の軍人らしく無難な場所を示す。

 この人が無難を選ぶ時点でちょっと笑いたくなる。そしてそれが顔に出ていたのだろう、渋い表情をされてしまった。


「あっ、御免なさい。時間が取れたら行ってみたいわ。他には?」


「奉天まで行けば、奉天は清朝の旧都だから多少の遺跡がある。それに日露戦争での戦場跡だな」


 普通な喋り方のワンさんも、無難な答えその2だった。しかし真剣そうな顔で考えての言葉なので、本気で考えた末な気がしてくる。

 なら逆提案だ。


「ありがとう。じゃあ、万里の長城は?」


 二人がまた見つめあっている。

 ボーイズ的絵面なんだろうけど、巨漢&強面な二人なので、怪獣同士が向かい合っている絵面でしかない。

 そしてその凶悪な絵面の数瞬後、八神のおっちゃんが答えることになった。


「万里の長城の一番端に当たる山海関なら、大連からだと船を出せば行きやすいかもな」


「船かあ。鳳の船の帰りに、沿岸を寄ってもらうとか出来るかなあ。あ、お疲れ様」


「とんでも御座いません。それより八神達と話が弾んでおられるようで」


「うん。この近くに観光出来る場所がないかって、聞いてたの。そしたら船なら万里の長城の一番端っこが見えるかもって」


「山海関ですな。それなら警備上も安心ですし、一考致しましょうか?」


「ウンウン、お願い時田」


「畏まりました。では、まずはお部屋に参りましょう」


「では、俺たちはこれで失礼します、時田さん」


「はい、ご苦労様でした」


「はーい、って、エッ? 一緒に泊まらないの?」


 二人のやりとりにぐっと止まって、二人、いや三人を見上げる。

 ほんとこの巨漢どもは、デカくて首が痛くなりそうだ。


「我らは姫の護衛なれば、同じ場所で寝食を共にするなど畏れ多いことなれば、ご容赦のほどを」


「右に同じく。それにこの旅籠なら安心して姫をお任せ出来ます。また、我らは別の場所にて近くから姫をお守りする所存。ご懸念は不要に御座います」


 巨漢二人に恭しい礼付きで答えられてしまった。

 周囲が奇異な目で見ているので、こうなると私のやることは一つだ。


「そうでしたか。ここまでの護衛ご苦労様でした。今後も宜しく頼みましたよ」


「「勿体なきお言葉、痛み入ります」」


(なんだかなぁ)


 そんな感じで大和ホテルのロビーを後にして、この時代ではまだ珍しいエレベーターを使い4階へ。そして最上階のスイートへと入ったのだけれど、思ったほど感動は無かった。

 いつもと違う部屋、調度品、窓からの街の眺めと旅行感は満載なのだけれど、良く考えれば屋敷の私の部屋も絢爛豪華なのでこの点で感動できない。


(金持ちって、面倒臭い)


 普通にそう思える一瞬だった。



 そしてその後、同室のシズが荷物などを片付けている間に少し休憩していると、ノックの音。シズが出ると別室の時田だ。


「お嬢様、本日の夕食で同席させたい者がおりますが、構いませんでしょうか?」


 質問形だけど、答えは決まっている。

 時田がお膳立てを整えてくれているのだから、私が断るわけがない。


「ええ、勿論。ところで誰?」


「遼河油田の開発を主導しております鳳石油の常務の一人、出光(いでみつ)佐三(さぞう)という者です」


(一応リクエストしていたとはいえ、ネームドに会えるんだ。待ってました)


 小さく心で喝采しつつ、私は笑みを浮かべて答える。


「楽しみにしていますって、言葉を飾って伝えておいて」


「畏まりました」


 ・

 ・

 ・


「それで、鳳のお姫様はどんなお子さんだ?」


 大連の洒落た喫茶店の一室で、スーツ姿の中年男性と喫茶店には似つかわしくない大男二人が対面していた。

 そして中年男に、大男のうち少し小柄な方がシニカルな笑みを浮かべる。


「お子さんなどと侮らない事だ。それより、本気でぶつかると面白い」


「本気ね。王は?」


「俺が仕えるに足るだけの姫君ではあらせられるが、中身は姫と言うよりEmpress(女帝)だな。あのお方は、天意を受けた存在だ」


 王が少し上向きのまま目と閉じ、その姿を思い出すように断言する。まだ従者ごっこをしているかのようだが、当人は至って真面目だ。


「女帝に天意ときたか。いずれこの大陸でも支配するのか?」


「もっとだ。恐らく、いずれ世界を動かす」


「世界か。見ただけでそう思ったのか?」


「俺の魂がそう感じた。流石に今は雛であろうがな」


 言い切った後で目を開いて短く苦笑すしたら、何食わぬ顔で自らの前に置かれたカップへと手を伸ばす。

 その様は、話すべき事は終わったと言わんばかりだ。


「それで、具体的には何かしたのか?」


 そしてこれ以上王が話す事はないと見て、八神の方へ視線を向ける。


「油田の所在地を全て言って回った。それぞれの場所のおおよその深さと一緒にな。そのうち分かるだろう。だが、言う時に迷いも淀みも無かった。確信などと言うより、当たり前の事を淡々と告げるだけだ。巫女と言うのも、言い得て妙だな」


「そのうちね。……鳳の本家が買い込んできた最新のロータリー式掘削機は、地質にもよるが1日10メートル掘り進む。油層が1000メートル以上なら、三ヶ月以上先の話だ。それを言い切ったのか。不思議な事だ」


 スーツの男の口元には面白がるような笑みがあった。


 ・

 ・

 ・


 その日の夕刻。

 このホテルは、夏季限定で夜間営業を行う屋上レストラン「ルーフガーデン」がある。

 この時代の日本では、すごくモダンだ。ここは大連だけど。

 料理の方は、フランス料理のフルコースディナー。大陸なのだから満漢全席でも良かったと思うけど、本気の満漢全席を出されでもしたら、お子様な私では到底食べきれなかっただろう。

 私に出されるコース料理も、二人の大人より少なめだ。


 なお、ディナーには時田も席に付いている。これは外向けには時田がメインで私がおまけだからだ。

 シズも私は何度も誘ったのだけど、徹底抗戦の勢いで謝絶された。唯一の妥協は、同じ料理を少し包んでもらうので、それを食べる約束をさせた事だ。

 そしてもう一人の同席者は出光佐三さんだ。


 出光さんの見かけは、七三分けにメガネという一見普通の日本のおじさんだ。『海賊と呼ばれた男』と言う作品が私の前世にあったので、もっと厳ついか怖いイメージがあったが全然普通だ。

 しかしこの人は、この世界では鳳財閥系列の鳳石油を代表する人物で、この人がいないと鳳石油はもはや成り立たないほどとなっている。さすがネームド、歴史にその名を残した人としか言えない。

 そしてそんな人と私は席を囲んでいた。


 それぞれ挨拶を交わした後、気を楽にしてまずは最高の料理に舌鼓を打つ。出光さんはこう言うのに慣れていないと言っていたけど、そこは社交辞令で流石一流の企業人。

 むしろ私の方が、悪役令嬢のチートがなければ赤っ恥を晒していたところだ。



「それにしても、この度の視察は驚きましたよ」


「本当に突然で御免なさい。私が日本のお外を見てみたいってワガママを言ったら、お父様が『それなら、満州でも見てきなさい』って送り出して下さったまでは良かったのだけれど、着いてみれば鳳の人間としての現場視察。着いた時に、私もびっくりしたわ」


「それなのに、十分お勤めを果たされたと聞いております。まだ幼いのに、ご立派です」


「有難うございます。けど、あそこの油って質が良くないって聞きましたけど、本当なんですか?」


「さて、まだ試掘の初期段階です。実際掘り当ててみない事にはなんとも。誰かがそのような事を言ってましたか?」


「ええ。家の方から現地に、しかも私宛に電報が届いておりました。『そこで鳳の仕事を見て来なさい』ですって。お父様もズルイです」


「ハハハッ。しかし鳳当主は、あの油田について既に多くをご存知と言う事ですね」


「私にはそれ以上は。あ、けど、」


「何か?」


(さあ、ここからが私の勝負だ)


 少し緊張しているけど、それをなるべく外に出さずに続ける。

 突然、出光さんと話す機会に恵まれたけど、聞きかじりの未来チート知識がどの程度役立つのかを試す良い機会だと思い、話す機会を伺っていたからだ。


「アメリカでは、石油の精製に触媒を使う実験をしているとか。触媒を使えば、質の悪い油も質の良い油と同じくらいに精製できるし、いずれガソリンも大量に精製できるかも、と言うような話を聞いた事があります」


「触媒? 確かにそう言う情報は私どもも聞き及んでおります。よくお勉強なされていますね。ですが今の我々では、まだそこまで手が伸びないのが実情ですね」


「そうなのですね。その触媒は、火山などで見つかる沸騰したような石と聞きました。不思議な石があるものですね」


「……沸石。それは考えてもみなかった。いや、貴重なご意見ありがとうございます」


「そうなのですか? 素人の子供が専門家でもない大人から聞いた話ですよ?」


「専門の研究者でも、切っ掛けを見つけないと暗中模索が普通です。逆に切っ掛け一つで、色々と分かる事もあります。と言っても、方法が見つかったとしても、今の日本では大量のガソリンはまだ不要でしょうけどね」


「そうですね。飛行機は殆どないし、車も少ないですものね」


 その話はそれで終わったけど、記憶にある限りの話を帰ったら曾お爺様とお父様に話さないと、この与太話が真実にならない。


 そして私としては、この程度の未来知識でどの程度の成果があるのかを見定める良い機会だ。

 何しろ、私の強制破滅イベントを最終的に避ける為には、少しでも日本に豊かになってもらわないといけないのだから。



___________________


大和ホテル

南満州鉄道株式会社(満鉄)が経営した高級ホテルブランド。

特に大連の新館は、欧米の一流ホテルに匹敵する規模と豪華さを持つ。

1914年に現在の建造物が完成。100年以上経った21世紀でも現存する。



沸石(ゼオライト)

18世紀には発見されている。

石油精製の触媒には、人工的に合成されたものが使われる。

石油精製の触媒に使われる。現代の技術なら、質の悪い石油からでも沢山のガソリンや軽油を生成する事ができる。

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