039 「夜襲」

「つ、疲れたー」


 そう言って私は、宿舎の簡易ベッドに倒れこむ。

 簡単な木枠に木の板の上に毛布とシーツを敷いただけだが、今の私にとっては我が家のフカフカベッドより天国だ。


「お疲れ様でした」


「シズも疲れたでしょ。早く休んでねー」


「お心遣い感謝いたします。それではご用がありましたら、すぐにお呼びください」


「いいって、いいって。じゃあ、おやすみー」


「はい、おやすみなさいませ」


 いつも通りのやり取りの後、私は意識を放り出す。

 6歳の幼児の限界は早い。この点では、早く大人になりたいと思う。せめて中学生くらいに。



 遼河油田(予定地)を訪れた私は、その日はそこの拠点にある宿舎でのご一泊となった。

 なぜなら、地図で見れば大した事ないが、遼河の油田地帯は広かった。いや、広い地域に広がっていた。最長で50キロくらいの長さがある。東京都心から湘南海岸くらいの距離があった。

 しかもロクな道のない平原というか荒地というか、一応農地だったりとかそんな土地なので、車で移動すると言ってもお尻が痛くてたまらなくなるだろう。

 私はシズの上だったが、八神のおっちゃんの上と交代で座ってやった。

 一応クッションは多めに持ってきたが、気休め程度だっただろう。


 けど、流石というか八神のおっちゃんはケロッとしていた。しかも私が無理やり座りに行っても、「大胆な姫だ」と言って普通に受け入れていた。

 戦場で動じるとも思えないし、こういう攻撃も効かないとなると、この人が動じる事があるのかと疑うレベルだ。

 なお、私から見ればおっちゃんだが、私との年齢差は恐らく20歳前後。少しシベリアの話をしていたから、シベリア出兵に出征したくらいの年だろう。お兄ちゃんでも良いのだが、顔が怖いのでおっちゃん扱いしている。けど、話題も豊富で退屈しないで済んだので、怖い分はチャラだ。


 なお、広大な遼河油田の採掘場所指定は、一日で終える事が出来なかった。仕方なく、現地の採掘拠点で一日を明かすことになる。

 一応南満州鉄道沿線まで最短で50キロメートルほどだが、そこからさらにまともな宿が確保できる街に移動すればさらに鉄道で数十キロメートルの移動が必要となる。

 21世紀のランドクルーザーなら余裕かもしれないが、この時代の車にこの距離を日帰りでどうにかしろというのは酷だ。

 悪路とはいえ、車の速度が時速50キロも出ないとは少し意外だった。

 そのせいで現地でご一泊となり、大連の大和ホテルは翌日にお預けだ。


(少しは観光気分を味わいたかったのに・・・)


 ・

 ・

 ・


「どうだ王(ワン)?」


「来る。俺の魂にビンビン来ている」


「フンッ、相思相愛なことで何より。それで?」


「北東方向、馬の集団。約20騎。装備が軽いか、馬が小さい」


「馬賊と思うか?」


「どうかな? 後、別方向、南西側に徒歩もいる。こっちは散開して接近中。数は・・・4、50。鉄の気配が少ないから便衣だな」


「二方向か・・・」


 僅かな星明かりしかない真っ暗闇の中で、地面にピタリと耳をつけた筋肉の塊のような巨漢に、均整のとれた大男が問いかける。

 問いかけているのは、今回の鳳玲子の護衛を任された八神だ。

 本名かどうかは不明だが、八神玄武と名乗っている。


 そして地面に耳をつけている巨漢共々、黒をベースにした服装をまとっている。21世紀なら夜間迷彩とでも言ったかもしれないが、傭兵である彼らが鳳商事から特注させた夜間用の『作業着』だ。

 昼間は満州用の赤茶けた色をベースにした『作業着』という名の迷彩服を着用していたが、夜は着替えている点からも、用意周到で用心深く、さらにこの襲撃を予見していた事を伺わせる。



「だが、なぜ今日?」


「そりゃあ日本から偉いさんが来たんだ。少なくとも、連中はそう考えている」


 地面にまだ引っ付いている巨漢に、八神がニヒルな笑みと共に答える。それに対して巨漢は、目線だけ八神に向ける。


「貴様、それを漏らしたのか?」


「漏らしたのは別のやつだ。まあ、もういないがな」


「やる事が相変わらずだな」


「上の許可は得ている。さあ、お喋りより仕事の時間だ」


「そのようだな」


 言葉と共に、王と呼ばれた巨漢がむくりと起き上がる。身長は2メートルに迫る筋肉の塊。服の上からも、隆々たる筋肉が存在感を主張している。

 熊を素手で倒したという逸話もあながち嘘ではないと思わせる肉体だ。

 オールバックの額は広めで、髪はそのまま後ろで短く束ねているので髷(まげ)っぽくもある。そして顔は、細めの目の奥で光る傲岸不遜な自信満々な瞳が強い印象を与えている。

 その男に八神が何かを答えようとしたところで、馬で急いで来る影があった。

 そして二人の前で止まり、人影が降り立つ。


「伝令。騎兵隊隊長より準備完了」


「ご苦労。すぐにかかってくれ。お客人は間も無く到着だ」


「斥候からも同じ報告が来ています。では!」


 そう言うと、来た道をとんぼ返りしていく。

 そのやり取りを見ていた王が、八神に片眉を上げる事で問いかける。


「馬で来るのは予想済みだ。このところチョロチョロしていたからな。で、こっちの騎馬は、仕掛け以外は万が一の反撃や追撃、追跡を担当する」


「仕掛け?」


「道と施設の篝火(かがりび)と灯火(とうか)で、お客人の進む方向を示してやる。そうすれば、自身と愛馬を材料にした晩餐(ばんさん)が出来上がると言う寸法だ」


「晩餐ね。何を仕掛けた? 爆弾か? それとも十字砲火か?」


「そんなもん使ってみろ、我らが姫がせっかくの幸せな夢から覚めてしまわれるではないか」


 八神は片眉を上げて面白げに答える。

 一方の王は、提示されたヒントを元に、しばし熟考して答えを導く。


「爆弾以外の罠となると、堀や落とし穴は掘る時間がない。ロープでも横に張ったのか?」


「惜しいな。張ったのはワイヤーロープかピアノ線だ。ちなみにワイヤーは最後の阻止線だけだ」


「ヒューっ! そりゃえげつないな」


「高さも何種類か用意させた。馬の脚で済めば運が良いだろうから、そいつらからは後で話を聞くこともできるぞ」


「悪い奴は?」


「馬の首ごと首か胴が飛ぶだろうな。特に最初の仕掛けはそうした」


「ウホッ! 怖い怖い。では俺は、怖いから散兵の便衣と遊んで来るとしよう」


 そこで王は、自らが指差したもう一方に向けて歩き出す。

 すると八神もそれに続く。


「そうしてくれ、と言いたいが俺も行く」


「珍しいな?」


「面白い銃が手に入った。制圧射撃をしてやるよ」


「ならば正面は任せた。俺は先に進んで、側面から悪ガキどもにお仕置きといこう」


「味方の弾に当たるなよ」


「そっちこそ当てるなよ。で、獲物は?」


「露助が十年ほど前に作った小銃を手に入れた。小銃のくせに軽機関銃のような真似もできる」


 そう言って肩にかけていた小銃を手に取る。

 星明かりだけでも、この二人にはよく見えているようだ。


「そりゃ便利。弾は?」


「なんと三八の弾が使える」


「安上がりで良いな、数は」


「使うのは3丁。かなり盛大にばらまくぞ」


「心得た」


 今まで二人で並びながら歩いていたが、そこで王が一気に走り出す。そろそろ悠長に構えていては目論見通り行かないと感じたからだ。

 遠くからは悲鳴が響いてきている。

 それを聞きつつ、八神が一人で嘯(うそぶ)く。


「さてさて皆様、お立ち会い。如何なる物語が語られるのか乞うご期待」




 そこからは参加している人数から考えると、静かな戦闘となった。少なくとも、襲ってきた者達にとっては予想外だっただろう。

 騎馬の集団は、自分たちが誘導されたとも思わずに騎馬障害の中に誘い込まれていた。

 最初に先頭を進んでいた首領もしくは隊長がピアノ線で馬ごと、文字通り半分に切り裂かれた事で混乱が拡大。しかも最初は、暗いので状況がよく分からず、3、4騎がピアノ線の餌食になった。


 そこで別方向に逃れようとするも、今度は馬が次々に転けていった。そこにはピアノ線かロープが杭の両側を結んで張ってあり、引っかかったのだ。

 そして突進が止まり団子状態になったところに照明弾が投じられ、十字砲火で壊滅に追い込まれ、僅かに生き延びて逃げ出した騎馬には、既に待ち構えた騎馬と逃げ口付近の狙撃兵が襲いかかる。

 終わった後には、半ばあたりで馬が転けただけで何とか生き延びていた乗り手が、銃を突きつけられて生き残っただけだった。

 そして生き残った彼らが、幸運とは限らなかった。

 何しろ迎撃し、捕まえた者達は、政府の人間でも正規の軍人でもないからだ。



 もう一方の散開しつつ浸透しようとした服装も装備もバラバラな集団だが、一定の距離に近づいた辺りから、端から順に一人また一人と欠けていった。

 しかもかなりの間、彼らがそれに気づく事はなかった。

 無音、無言で、一人一人が暗殺に近い形で葬られていったからだ。


 行ったのは、王とそのえり抜きの部下達。

 10名に満たないが、その戦闘技能は一人一人が卓越していた。格闘戦闘のエキスパートであり、殺しの玄人だった。

 ある者は一瞬で喉をかき切られ、またある者は後ろから不意に口を抑えられた次の瞬間、後ろから大ぶりのナイフで心臓をひと突き。あるものは弓矢で眉間を一撃。

 中にはピアノ線を両手に持って、首を落とすという器用な猛者もいた。


 一番壮絶なのは王だった。

 圧倒的身体能力で戦場を素早く静かに駆け回り、彼にしかできない豪快な回し蹴り一つで屈強な兵士の首の骨をへし折ってしまう。

 そうかと思えば、声も出させないまま大きな腕を伸ばして前から首の骨を、握力に任せてへし折る。後ろから羽交い締めにして首をへし折る。ある者などは、掌底で一撃だった。

 人並み外れたパワーを活かした、殺人の芸術とすら言える鮮やかさだ。


 襲撃側としては、騎馬隊が暴れる間に浸透して混乱させる為に深夜に散らばって襲いかかったのが、大きなアダとなった形だ。

 隊長が気づいた時には、すでに半数近くが荒地のどこかか、粗末な畑のどこかで倒されていた。

 しかもこの時点で襲撃する正面からの銃撃。しかも正確で、一部は軽機関銃まで装備していた。

 あっという間に十数名が倒されてしまう。

 

 この時点で失敗を悟った襲撃者の隊長は撤退を指示。

 しかし、散らばったままでは命令変更の伝達もままならず、彼が掌握できる十名ほどだけが後退を開始。

 残りは静かな状況を前に、まだ作戦が続行中と考えてそれぞれが行動を続行した。

 そしてその間も、王達に人知れず倒され続けた。


____________________


便衣:

便衣兵

ゲリラ兵。ただし、軍服以外を着用する軍人、兵隊。

民兵、非正規兵、テロリストを含む場合もある。

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