035 「小学校入学」

 4月、私は一年飛び級で小学校へ入学した。

 この世界の戦前の日本には飛び級制度はあった。私の前世の戦前日本も小学校を1年端折れる飛び級が可能だったが、その代わりらしい。

 これもゲーム設計の影響だ。天才をもう少しわかりやすく見せるという意図があったのだそうだが、要するに小学校はちゃんと6年行ってほしいというのが本音らしい。

 そしてこの世界だが、飛び級入学の実例はそれなりに珍しいが、私と同世代の鳳の子供達は全員がその例外だった。


(ていうか、単に学力だけなら小学校必要ないのよね)


 小学校の校門を見上げつつ、そんな事を思う。

 ちなみに私が見上げる校門には『鳳学園 初等科』と掲げられている。

 鳳学園は一貫性で、初等科、中等学校、高等学校、看護学校、師範学校と様々な学校を合わせたかなりの規模を誇っている。

 さらに隣接して総合大学の鳳大学も存在する。しかも大学の方も、医学部、工学部など学科多数を擁している。

 一見教育熱心な財閥と言えるが、その実は自らの財閥に人材を抱え込む目的がある。


 その最たるものが奨学金制度で、成績優秀者は無償だが、それ以外は鳳財閥に入社すれば免除、系列なら割引のような制度になっている。そしてあくまで一財閥がしている自前の奨学金なので、国も文句を言って来る事はない。

 しかもこれだけでなく、慈善事業という建前の孤児院運営、捨て子、孤児の支援を行なっているが、『側近団』もしくは『家臣団』を作り出すための仕掛けでしかない。

 私に仕えるメイドのシズもその一人だ。シズも、この学校の中等学校まで通っている。


 もっとも、鳳の人間が鳳学園や鳳大学に通うのかというと、多くの場合はノーだ。

 華族は学習院に入るのが普通だし、陸軍軍人なら中学の辺りから幼年学校へ、海軍も大学ではなく兵学校に入る。鳳の家の者が海軍に入隊した事はないが、祖父の麒一郎、お兄様な龍也叔父様も学習院から幼年学校のコースだ。

 紅龍先生も学習院から帝大に首席で入って、在学中に帝大を酷く恨むようになっている。

 また、学習院から帝大は華族の一般的な進学ルートな事もあって、鳳の他の男子の多くもこの道に乗っている。


 一方で女子の方は、半数程度は鳳の学校に通っている。

 女子にとって学習院は、成人後に向けての社交の勉強とコネ作りが主な目的だ。日本の上流階級はそれほど広くはないので、小学校からのコネ作りは重要だ。それと、女子が大学に通う事は殆どない時代なので、鳳の女子が帝大に通ったという記録はない。

 あと、ついでに言えば、戦前の日本では小学校以上は全て男女別学となっている。

 だからこそ、戦前日本を舞台とした乙女ゲームでは、学園を舞台に選択できない。逆にボーイズゲームなら、色々な男子校が存在するのでゲーム化しやすい。軍関係だと寄宿舎とセットだから、なおさら需要は高いと言える。


 それはともかく、学習院だが小学校どころか幼稚園から男女が別の学校になっている。その上、男女で学制自体が違っている。女子の場合(=学習院女学院)は、幼稚園(3年)・本科(11年)・高等科(2年)という、普通の女学生と比べても特殊だ。

 私は幼稚園には通っていないので、私が学習院に入学する場合は本科つまり小中を合わせた学校に通う事になる。


 そして私は学習院を選ばずに、鳳学園を選んだ。

 どうせ鳳の男子達とは一緒に勉強できないという理由もあるが、現実面が理由だ。

 その現実面としては、社交に関して私は学習院で学ぶ必要性を感じなかった。私は財閥総帥を目指すだろうから、女子同士のコネを作っても大人になってからのご婦人方の集まりに参加する可能性が低い。

 そうなると、強固な側近団、家臣団を作ることを第一に目指すべきだった。

 もちろん形成されるのは女子の家臣団、つまりメイドや精々秘書になるが、財閥を背負う気があるのなら身の回りを固めるのは凄く重要だ。

 それに鳳の学校なら、万が一の場合に身も守りやすい。


 一方で、試験を受けた上で授業免除を受けている。

 私が学校に通うのは、朝からお昼の給食まで。午後は屋敷で家庭教師の指導を受ける事になる。この点は、鳳の他の子供達も同じだ。給食もキャンセル可能だったが、『同じ釜の飯〜』という言葉もあるので級友と一緒を選択した。


 それに、普通というか庶民的な食事をするチャンスが、この給食くらいしかないという理由も大きい。

 金持ちも存外不便だ。私だって、この時代で駄菓子屋に行ったり買い食いしたいのに、それが許されない以上、本当に給食くらいしか庶民の食事は味わえない。


 なお、鳳学園、鳳大学の所在地は、東京から多摩川を超えた先にある。だから、鳳本邸の屋敷から帝都のど真ん中にある学習院に通う方が圧倒的に楽だ。

 もっとも、車での通学になるので、私としては気にもならない。その上、来年になれば通学は瑤子ちゃんと一緒になるのでむしろご褒美だ。

 しかし今年は私一人。仁王立ちで校門の前に立つ。



「ねえ、シズは少し前までここに通っていたのよね」


「はい。初歩的な学問の方は、ここで学ばせて頂きました」


「学問以外は?」


「はい。学問以外は、別の場所で教わりました。これから玲子お嬢様にお仕えする事になる者達も、多くは私と同じような学び方になるかと存じます」


 いつになく長広舌だが、説明の時はいつもこんな感じで意外に話してくれる。まあ、これを会話とは言い難い気もするけど。


「とにかく、この学校の事は詳しいわよね。後で案内してね」


「畏まりました」


 言葉と共に恭しい一礼。姿勢が綺麗なので見惚れるほどだが、もう見飽きるほど見てきた。


「硬いなあ。今日のシズは、私の母親の代わりなのよ。ねえ、お父様」


「そうだな。だが、シズはまだ成人してないだろ。母親の代わりというのはどうなんだ? まあ俺なんざ、父親という肩書きのお爺ちゃんだがな」


 そう言って、一緒に来たお父様な祖父の麒一郎が笑う。

 正式に私の後見人として、血統上はともかく名目上、書類上の父親となったので祖父が、私の父親だ。

 だからこうして、娘の晴れの入学式にもわざわざ来てくれたのだ。

 私としては笑顔で応えるしかない。


「確かに。じゃあ今日のシズは、私のお姉ちゃんね」


 シズが「えっ?」て顔になる。母親の代わりの方が良かったのだろうか。それよりもクールなシズにしては珍しい表情なので、私の心のメモリーに刻んでおこう。


「フフっ。じゃあ、お父さん、お姉ちゃん、学校に入りましょう」


「おうっ」


「はい、かしこ、分かりました」



 21世紀と違って門の側の桜は満開は少し先だが、煉瓦造りの校門との相性は良く、この学園にこれから通う人達が記念撮影をしている。

 この時代、それほどカメラは普及していないので、身寄りのない子が多い半面で裕福な人が通う学校である事も実感させられる。


 しかし金持ちの場合は、エスカレーター方式の進学が評価されている場合が多く、あまり生徒の質は高くない。

 金持ちで私学に通わせるなら、この時代でも他に色々と学校はある。

 それでも小学校からの私学は少ないので、小学校の間はそれなりに優秀な子供達も通ってくるらしい。


 そしてそれなりに人気があるのは、財閥の沽券にかけて優秀な教師を揃えているからだし、設備も充実しているからだ。

 さらに洋風様式も徹底しているので、一見すると異世界ファンタジーによく出てくるお気楽な魔法学校のような雰囲気すら感じられる。

 それ以外となると、小学生から課外活動、部活動など純粋な勉強以外の科目や放課後活動が盛んな事くらいだろう。


 あと全員給食なのも、まだ珍しいかもしれない。しかも創設時からの特徴として、給食には牛乳が出るのが鳳学園の特徴とすら言われている。

 そう言えば、どの家でも子供には牛乳を飲ませる習慣が鳳一族にはあった。そりゃあ一族全員がデカくなるわけだ。初代の玄一郎は、身長にコンプレックスでもあったのかもしれない。


 半ば惰性で色々と思いつつ、そして色々な建物を眺めながら講堂へと入る。私の前世の日本と同じく、入学式は講堂で行う。父母が一緒なのも同じだ。

 もっとも、紅家出身の学園長は私(とお父様な祖父)を特別扱いしようとしたので、思いっきり睨みつけて拒絶してやった。お父様な祖父も、言葉の上ではやんわりと断っていた。


 まあ私としては、ただでさえ特進生で授業免除まで付いているので、これ以上特別扱いされたら家臣や側近はともかく友達の一人も作れないと思ったからだ。

 小学校を通う上での私の目的は、もはや友達を作る事くらいしかないのだから、これ以上譲る気は無かった。


(と言っても、鳳の伯爵令嬢ってのはみんな家族から聞くでしょうね。それでも友達になってくれるような変わり者がいてくれたら良いんだけど)


 そう思いつつ、講堂に揃った新入生を可能な限り見回す。

 当然だが半数は男子だ。これが学習院との一番の違いかもしれない。そして私が、恐らく一族の者以外の同年代の男子と触れ合える唯一の場所が、この小学校時代となる筈だ。

 あとは年齢が上がってからの上流階級の社交界のような集まりくらいで、その時にはもはや私は群がってくる男どもにとっては、逆玉対象か取り入るための対象でしかない。服を着た札束が歩いているようなものだ。

 せっかく超絶美人になるのだから、性欲の対象として見られる方が救いがあると思えるような状態だろう。

 だからこそ小学校では、私と対等に付き合ってくれる友達がいてほしいものだと思った。


 ただ残念ながら、入学式に友達になってくれそうな男の子にも女の子にも出会う事はなかった。


(ゲームやマンガだと、入学式で出会いの一つくらいあるもんじゃないの?)



 だから私にとっては、少し納得のいかない入学式だった。


____________________


学習院 (がくしゅういん)


天皇を始め多くの皇族が幼稚園から大学までを過ごす学園。

戦前は華族や一部財閥の子女が通った。今も似たようなもの。

男女が学校ごと別学なので、ここでの学園ものは断念せざるを得なかった。

戦前は中学以上は日本全部が男女別学だから、他でも無理だ。

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