036 「園遊会」
(大正浪漫って言うより明治の文明開化なイメージね)
5月吉日。
その日は鳳財閥が主宰する園遊会だ。
屋敷の庭を開放して、一族の者ばかりでなく沢山の人を招待する。
この園遊会は毎年恒例の親睦会のようなもので、それほど肩肘張ったものではない。園遊会というよりは、ガーデンパーティーと呼ぶ方が雰囲気的にはしっくりくる。
招待客も、鳳家以上に身分の高い家と鳳財閥より大きな財閥は、義理で名代を寄越すくらいで当主など偉い連中が顔を出す事もない。
しかし今年は少し違う。
ここ数年は、関東大震災での不幸もあったので小規模だったというのもあるが、鳳が世間から大きな注目を集めた影響だ。
その注目とは、紅龍先生が数々の新薬を開発した事と、まだあまり詳しく知らない者も多いが、鳳一族がアメリカ株で大成功をしている事だ。
しかし露骨に名声と金に群がってくる輩は招待の時点で除外しているし、招待客の『身体検査』も行われているので、極端な行動に出るお馬鹿さんは参加していない。
その理由の一端は、子女にこういった催しを体験させるのも目的の一つとされているせいだ。基本的には、それだけ気軽な集まりという事でもある。
そして小学生以上が出席なので、一族の子供だけでも10人以上見かけることができる。ただ年齢が私と離れている子供が多いので、最初に親と一緒に簡単な挨拶をしておしまいだ。
鳳の私達の世代だと、私、玄太郎くん、龍一くんが出席している。可哀想だが、虎士郎くんと瑤子ちゃんはそれぞれの家でお留守番だ。
「レーコ、お前のそんな格好初めて見るな」
「……そうだな」
「なによ、淑女がおめかししたんだから、もっと他に言う事があるでしょ。そんなんじゃあ、女の子に嫌われるわよ!」
二人の男子に腕ごと指を「ビシッ!」と突きつけてやる。
せっかくシズや他のメイド達と選びに選んだドレスも、見せ甲斐がないったらない。
「いいよ別に」
「ああ。僕は良くて見合い。多分ご指名だろうからな」
覇気のない声に加え、二人して肩を竦めんばかりの仕草だ。
(6歳にして達観しすぎでしょ。おねーさんは悲しいぞ。まあ、ゲーム主人公の月見里姫乃をゲットできるのは、誰か一人なんだけどね)
「夢がないわね。で、龍一くんは何が「いいよ」なのよ?」
そうするとケロっとした顔でこう言いやがった。
「ん? いやさあ、俺か玄太郎が玲子と結婚するだろ。だから探したりモテる必要ないってことだ」
「なっ、なっ、なっ、この脳筋! いきなり何言うのよ!」
「ノーキンってなんだよ。それに一族の結束を固めるならそれしかないだろ。いくら長子でも、玲子じゃあ財閥総帥すら難しいだろ」
「華族の位も女は継げないしな」
(この年でこの判断力。普通なら褒めるところなんだけどなぁ。けど、許さん!)
「二人のバカっ! そんな格好悪い事言ってる奴は、お婿さんにもらってあげないわよっ!」
私が叫んだ時だった。
「お前達、レディに失礼だろ」
(誰? しかもレディって。けど、なんだろうこの既視感)
三人で戯れていると、横合いからどこかで聞いたような気がしないでもない声。玄太郎くん達と同じ、声変わりする前に聞いた声だ。
だからある程度予測しつつ声の主に顔を向けると、そこには私の前世が知っている人物の小学校低学年バージョンがいた。
めっちゃカワイイ。
ちょっとくせ毛な髪と、自信家を強調する太めの眉がチャームポイントだ。そしてその眉の下の、活力に満ちた瞳が私達を捉えている。
「なんだ、勝次郎か」
「こんにちは、山崎君」
「紹介してくれる?」
知っているが、初対面なのでその事はおくびにも出さないように二人に目線を向ける。
けど、山崎(やまざき)勝次郎(かつじろう)と呼ばれた男の子は、二人の紹介より先に私の前に立ち、そして礼儀正しく一礼する。
「初めまして、伯爵令嬢。山崎勝次郎と申します。以後、宜しくお願い申し上げます」
「これはご丁寧な挨拶痛み入ります、山崎様。鳳伯爵家の玲子です」
こちらも優雅な仕草付きで返事を返す。既に礼儀作法はしっかり仕込まれているので、6歳児だろうとこの程度造作もない。
もっとも、悪役令嬢のチートボディあればこそな気は多分にするが、そこは気にしたら負けだ。そんな事を頭の片隅で思いつつ横を見ると、鳳家の二人組が少し御機嫌斜めな御様子だ。
(これはゲームキャラとしての本能的なライバル意識でもあるせい? けど待てお前ら。お前らの相手は私じゃないぞ。まあ登場するのは10年先だがな)
多少女としての優越感に浸りつつ、しばらくは勝次郎くんとの当たり障りのない会話に興じる。
その間、鳳の二人組が会話に割り込んでくるが、勝次郎くんは巧みに私との会話に持っていく。
この山崎勝次郎は、乙女ゲーム『黄昏の一族』に登場する、いわゆる攻略対象キャラの中でもメインキャラになる。
苗字は日本最大の大財閥の一族をモチーフにしているが、モチーフとした一族の中に史実で私と同い年はいない。私の前世の歴史で、お子さんが生まれなかった人に実子が生まれたという設定だ。
だから鳳一族同様に、この世界独自の人物という事になる。
実は本当は違う苗字なのだが、私の脳内変換ではゲームそのままの苗字になってしまう。
キャラ的には、万能の自信家な俺様キャラ。中世風ファンタジー世界だったら、王子様ポジションのキャラになる。
そしてゲームで主人公がこのキャラと結ばれると、鳳(鳳凰院)一族は一番悲惨な事になる。
(この子、私の天敵キャラなのよね。まあ、鳳財閥がゲーム開始の年に破綻寸前じゃなきゃ、逆に出る幕なしなんだけど)
そうは思えど、気になる相手ではある。だから少し聞いてみる事にした。
「勝次郎様は、今日はどなたとおいでなのですか?」
「叔父の一人と一緒だ。鳳に同い年のこいつらが居るから、ちょうど良いだろうと連れてこられた。という事になっている」
(なっている、ねえ。この歳でそういう考えが出来る時点でチートキャラ確定ね)
「という事は、勝次郎様ご自身の意思で来られたのでしょうか?」
「そうだ。この二人から、学校で玲子嬢の事を聞いて興味が湧いた。そしてさっき、最初に目が合った時に確信した。君は俺と将来結婚するべきだ。そして二人で二つの財閥を一つとして、日本を導くべきだとね。どうだい?」
(おーおー、デカく出たねえ。流石俺様キャラ)
決め台詞でドヤっているお子様な勝次郎くんを距離1メートル以内で見ながら、思わず感心してしまう。
この傲慢さと自信こそ、確かにメインキャラに相応しい。
しかし私の言葉は決まっている。
「残念ですけど、お断り申し上げます。鳳の仕来りで、元服、数えの15になるまではそう言った話は禁じられておりますの。ですから、お気が変わっていなければ、その時にもう一度お願い申し上げますわ」
「うむ」
「そうだな」
横で少しソワソワしていた二人が、強めに頷いている。
この二人も鳳の人間なので、この辺りは叩き込まれている。さっきの恋バナもどきも、この下地があるから気軽に出来るのだ。
そして私が振ったので落胆したかと思った勝次郎くんだが、そこは流石俺様キャラだ。
「フンっ、詰まらない仕来りだな。だが妻の家の事だ、尊重しよう。じゃあ、まずは友達になろう。これなら問題ないだろ」
そしてドヤ顔だ。差し出された右手を断る理由もない。
しかも、高レートの条件から一歩下がった条件の提示だ。分かってしたのなら、なかなかに交渉上手なのかもしれない。
そう思ったので、私も笑顔で応じるしかない。
「ええ。玄太郎、龍一共々よろしくね」
そしてその後、一人増えて四人で園遊会をそれなりに楽しむ。
ただ、そうは言っても、子供は脇のテーブルの軽食やお菓子を摘むくらいしかする事はない。それに四人の側には、なるべく意識しないようにしていても、最低1人の使用人が付いている。
私にもシズが、数メートル離れた場所で控えている。
「それにしても、子供が20人以上いるのに、立派なのは家柄ばかりだな」
「それは俺に喧嘩売ってるのか?」
勝次郎くんが周囲を見渡してのウンザリげな言葉に、脳筋な龍一くんが即座に噛み付く。玄太郎くんは我関せずだが、自分は優秀だと言う自負があるからだろう。
私は、正直こういう話は面倒くさいとしか思わないので、シズが注いでくれたお砂糖たっぷりの紅茶を楽しむ。
「この4人は例外、いや特別だ。でなければ、こうして話なんてしてない。学校も天下の学習院だからと期待したが、少なくとも俺達の学級は当てが外れたよ。そっちはどうだ?」
「教育を詰め込まれた奴はいたけど、そいつもキレは無かったな」
「うらなりばっかりだしな」
(うわっ、『うらなり』なんて言う子初めて見た。って、夏目漱石は明治の文豪だから、この時代だと普通なのかな。いや、むしろ6歳児が『うらなり』って言葉を知ってる方が変かも?・・・ん?)
ある意味ジェネレーションギャップを感じながら3人の将来イケメン、現在天使なお子様達を鑑賞していると、その視界の隅でこの高性能な体が、異変を捉えた。
「っ?!」
まただ。白いテーブルクロスで覆われたビュッフェ形式の料理てんこ盛りなテーブルの下から、手が伸びて何かを掴むとスッと消えた。
少し距離があるが、人の手で間違いない。多分子供だ。
二度目を確認した時点で、三人に目配せをしてみる。
そうするとチートなお子様達はすぐに反応し、私が小さく指差す方向を見て、そしてそれぞれが無言のまま反応する。
そして大人の方を確認するが、運良くというか悪くというか、人が増えたせいで対応に追われている。今はシズも近くにはいない。シズも、そちらの方に駆り出されていた。
即座だと子供だけで動くしかないが、最初に動いたのは龍一くんだ。
「どうする? 大人に知らせるか?」
「それが無難だな」
「いや、俺達でたしなめよう。相手は子供みたいだし、この程度の悪戯で叱られるのは不憫(ふびん)だ」
当人の言葉も無難な玄太郎くんに対して、意外に大人な勝次郎くん。
けど、私も他の2人も、表情は肯定していた。
「いいんじゃないか。で、どうする?」
「そうだな。一人が周りの見張り。三人で三方向から囲んで逃げられないようにして、うち一人が追い立て役。それを二人で押さえ込む、でどうだ?」
「悪くないな。それで行こう。役割は?」
「玲子が見張り、玄太郎が猟犬、俺と勝次郎が狩人だ」
「それが最善だな」
3人の間で、あっという間に作戦と役割が決まる。案の定インテリな玄太郎が参謀役だ。
そして4人全員が頷き合い、すぐにも行動開始する。
犯人の活動場所は、庭の隅の方で庭木で影になる場所もあるなど、周りの視線からはかなり遮られている。しかも簡単な料理しか置いてないので、お付きの料理人や給仕もいない。
こっそり料理を拝借なんて悪戯をするにはもってこいの場所だ。
4人は追加の料理を取りに行く振りをして、一見4人バラバラに動くが役割を果たせる場所へと的確に移動していく。
(自分で言うのもアレだけど、息バッチリ。みんながチートキャラで、自分が何をするのか完全に理解しているからね)
そして私が一度全周を見張ってから小さく頷くと、3人が動く。
すぐにも大きく長い机のテーブルクロスの下では、「シーッ! 僕達は捕まえに来たんじゃない」「なんだ、こいつ?」「参加者じゃなさそうだな」「まあいい、付いてこい。悪いようにはしない」「……わかった」と言うやり取り。
最後の声がいたずらっ子の声らしいが、どこかデジャブーを感じる。そして3人に周りから遮られた状態で姿を見せると、その理由が分かった。
_________________
山崎家(財閥)
当作品は、戦前の日本が舞台だが存命の人が出る事もないなので実名表記で進めているが、この世界での二次創作物に関わっているので変更している。(今のところ、主人公一族以外で唯一の変更)
三菱財閥の岩崎家がモデル。
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