028 「今後の計画」
「はい、ご隠居様。僭越ながら現在鳳家長子の財産管理は、わたくし時田が預からせて頂いております。そして24年の春より、アメリカのダウ・インデックスへの巨額の投資を開始。レバレッジと呼ばれる特殊な投資方法により、総額約5億ドル投資をしております。
そして現時点での合計資産は、そちらの紙面のような株価の大幅な上昇により含み益は来年春には10億ドル近くに達すると予測されます。現時点でも8億ドルを超えます。また現時点で現金化した場合、この過程で生じた税など諸経費を差し引いた額となりますが、既に借入金の金利分、借入金の返済は、今までの株の売買などにより半ば以上を終えておりますし、来年春までには完済予定です」
時田は、そこで一旦言葉を切る。
言葉の意味が全員に浸透するのを待つ為だ。
(5000万ドルが5億。税込み経費2割として、レバレッジは4倍くらいかな? 21世紀みたいに何十倍もって、派手にできないんだ。それでも元がデカイから、もはや国家予算並みね。結果を知ってなきゃ出来る事じゃないわよねー)
時田や曽祖父からの報告はそれまでも受けていたが、前回の報告よりもさらに増えていた。何しろ25年に入ってからアメリカのダウ・インデックスは上り調子だ。
そしてこの上昇局面が、来年春まで続く事と私は歴史チートで知っている。そしてその先も上がり続け、いずれ奈落に落ちる事も。
そして知っているので、その時その時の空売りは勿論、途中で有利なタイミングで一部の利益確定している分を現金化し、一旦の資金を確保することが出来る。
そんな風に私が約束された皮算用をしていると、善吉さんがまた小さく挙手。
「そ、それが事実なら、少しでも財閥各所への資金供給をして頂く事は出来ないものでしょうか?」
頼みであるが、もはや懇願だ。
しかし曽祖父はそんな簡単には動かない。
「言わなかったか? これは鳳長子の金。鳳一族でも鳳財閥のものでもない。それを決めて良いのは、鳳の長子のみ」
そう言ったところで、一族当主の麒一郎に全員の視線が向く。そしてその次に、私へと向く。
そう、私の父が亡くなった上に、今の私は麒一郎の娘も同然。つまり二重の意味で私が次の長子となる。当然だが、玄二叔父さんよりも私の方が一族の継承順位も高い。
しかもこの金儲けは、私がいなければ成立も存在もしていなかったと言われては、私を見ざるを得ない。
提示された膨大な金は、私の金だと言っている事にもなるからだ。
そしてここまでの心理誘導をするのが、最初の目的なのだろう。そこまでは理解できた。
(ウーッ、みんなの視線が痛い。少なくとも大叔母の佳子さんと玄二叔父さんは私の敵ね。善吉さんは微妙?)
ほぼ予想通りの状況に、かえって冷静になる。
そして既に、今まで何度かしてきた曽祖父と祖父との話し合いで、今後の方針は決まっている。
方針のお披露目はもう少し先の予定だったが、曽祖父の体調、ぶっちゃけ老い先短さに備えて前倒しされたのだ。
3人の話し合いでは「俺がもう少し金儲けに明るければな」と、祖父の麒一郎が頭をかいたものである。
そして曽祖父も祖父が、私に一族はともかく財閥の未来を託す気でいる事は既に了解していた。未来が私の前世と大きく違わない限り、私が道を失う事はないからだ。
この件でお兄様は、私を主に物理的に守るという事と、曽祖父と祖父が私に財閥の未来を託すという話を聞いた以外ではタッチしていない。
私が一応の覚悟を決めつつも、現実の「圧」を受けて胃をキリキリと痛めていると、それまで無口だった大叔父の虎三郎さんが口を開いた。
「わしは何でもいい。だが、何でうちと合弁しているフォードじゃなくて、GMの株を買っとるんだ。わしは手紙でフォードさんから怒られちまったぞ。今日はその説明を聞きに来た」
(そんなのめっちゃ儲かるからに決まってるじゃん。て言ったら、拳骨が飛んできそう。けど、言い分はあるわよ)
「あの虎三郎大叔父様、よろしいでしょうか」
「おお、すまんな。話してくれるか。訳があるんじゃろ」
私の声に途端に好々爺じみた。子供には弱いタイプなのだろうか。ギャップが面白いし、ちょっとカワイイ。
そう思いつつも、なるべく真剣に言葉を選ぶ。
「フォードは非常に素晴らしい大量生産技術を持っています。厳しい部品管理は、日本での実現はまだまだ先になりそうなほど厳格で優秀です」
「よく勉強しておるの。それで?」
虎三郎が私の言葉に深く頷く。
「はい。ですがGMに対して劣る点が一つだけあります。それがGM株を買う理由で、今後さらにGMが伸びる理由になります」
「何だ? 見当もつかんぞ」
今度は腕を組んで考え込んでしまった。
フォード仕込みの技術者ならそうだろう。
「フォードは、1セントでも安く1台でも多く車を作るという創業者の理念の為、一種類しか車種がありません。色すら一つです。ですが、アメリカは今後さらに好景気に突入し、多くの人々が自分が欲しいと思ったものを購入するようになります」
「……ゆとりのある連中は、違う色、少し外観が違うだけの車を欲しがるという事か」
「そうです。安さより、少し高くても他とは違うという点に消費者は重きを置くようになります」
そう言い切ると、虎三郎さんはしばらく考え込む。
そして大きく息を吐いて、両手を目線の辺りまで小さくあげる。降参の合図だ。
「フーッ、分かった。理屈は通っとる。まったく、ヤンキーどもは贅沢な連中だな。こちとら、フォードの部品一つまだまともに作れんというのに。……よしっ! わしの用は済んだ。あとは好きにしてくれ。玲子の事は全面的に認めよう。それと今後、玲子のする事に文句は言わん。答えを見とるやつに文句を言っても始まらんからな」
「虎三郎!」
「虎三郎叔父さん!」
佳子大叔母さん、玄二叔父さんが悲鳴に近い声を上げる。私に有利になったからだ。
私が「夢見の巫女」と知らずに比較的冷静なのは善吉大叔父さんだけだ。そしてその善吉大叔父さんが再び小さく挙手する。
「私は財閥を任されていますが、私の手腕では、現状維持すらままなりません。次に震災のような事態が万が一きたら、財閥は確実に壊滅します。ですから、それを何とかしてくださるんなら、総帥の座も降りましょう。それで、出来るんですか?」
言葉の最後に、強い視線で曽祖父、祖父、そして私を順に見ていく。
この場では弱気な事が多いが、この1年半ほど伊達に財閥を率いてきたわけではないと思わせる気迫があった。
経験の足りない私としては、その「圧」に負けないようにするのがやっとなほどだ。
だから自分を鼓舞する意味で、笑みを浮かべてやった。
(そう、勝利は約束されているのよ。私が歴史との賭けに負けない限りだけど)
そして私の笑みを見て、曽祖父、祖父が面白がるような表情を一瞬浮かべる。
そして曽祖父が再び口を開いた。
「それをこれから説明する。時田、頼むぞ」
「はい、ご隠居様。では僭越では御座いますが、鳳財閥が行う今後の運営方針の概要を御説明させて頂きます。詳細については、後ほど資料をお送り致しますので、まずはわたくしの説明で我慢のほど宜しくお願い申し上げます」
そう言って、時田が説明を始めた。
私の知る時田は執事だったが、本当は曽祖父に子供の頃に見出され、そして祖父と死んだ龍次郎叔父さんを補佐してきた、財閥の実質的司令塔だった。曽祖父の完全隠居で執事として身を引いていたが、私の台頭によって再び第一線に戻ってきた、という流れになる。
まさにこの道30年のジャパニーズビジネスマンは、スーパー執事なのだ。噂では荒事にも強いらしい。
どんだけスーパーなんだよってキャラだが、一応はゲーム設定通りだ。しかし、それを本当に再現するオーバースペックは凄いとかの言葉で表現できるものではない。
そしてそのスーパー執事から、今後の概要が説明された。
以下がその表題だ。
・アメリカ株運用による運営資金の確保 (現在進行中)
・世界大戦後の立て直し (資金注入による不良債権処理。不採算部門の統廃合)
・今後の日本経済拡大を見越した大幅な事業拡大 (大財閥との競争に打ち勝つ為)
・長期的には十年計画として、大量生産、生産管理体制の確立 (他財閥に対する優位獲得)
・高精度の工作機械を、鳳の中での自作を目指す (まずは国内市場独占を目的)
その為にノックダウン生産しているフォードとの関係をさらに深くして、大量生産技術の導入を図る。また独自に、生産管理の専門家からの積極的な指導を仰ぐ。
工作機械は、その工作機械を作る所謂マザーマシン製作に向けての技術者養成と製作環境整備の実施。
これら2点は、以前から実施しているが今後はさらに拡大。株の収益をこれらの方面に重点的に投じる。
また、日本的な職人気質の強い生産体制からより近代的な生産体制への昇華を図り、少なくとも日本国内で圧倒的な競争力を獲得する。
さらに資金に余裕がある場合は、事業拡大のために企業の買収や合弁も積極的に実施する。
また一方で、鳳が行う事については、理研(理化学研究所)などを通じて他の財閥にも浸透させるよう進める。
ただし鳳に敵対的である場合は、この限りではない。
以上になるが、果たしてどんな反応をみんなは見せるのだろう。
私はあまり露骨にならないようにしながら、周囲を観察した。
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