027 「一族会議」

 その年の夏、曽祖父蒼一郎が夏風邪をこじらせ、ペニシリンのお世話になった。

 私自身は、曽祖父が食事に来ないことで風邪だと知らされ、その後の事を聞いたのは曽祖父が風邪をひいてから1週間以上経ってからだった。


 肺炎自体は初期の段階で軽いものだったが、万が一で投与したペニシリンが無ければと思うと背筋が寒くなった。ゲームの世界通りだったら、こんなに早く曽祖父は鬼籍に入っていたかもしれないのだ。

 こんなに早く居なくなってしまったら、鳳一族が政治力を衰えさせるのも無理はない。


 しかも鳳財閥が大打撃を受けるのは27年の3月。

 先代の「夢見の巫女」のおかげもあり、アメリカ株に莫大な投資をしているので鳳財閥の壊滅はないだろうが、あの時点で曽祖父がいなければそれでも苦しいのは確実だっただろう。

 しかし27年春までまだ1年半以上ある。


 そう思ったのは、私だけではなかった。

 離れで自宅療養している曽祖父から私が呼び出されたのは、夏の終わりを告げる方の少し物悲しさを感じさせる蝉の声を聞くようになった頃の事だった。



「玲子です」


「入りなさい」


 いつものやりとりで曽祖父の使う離れのうち、居間の方の障子を開く。

 開くのは一緒に来た私の執事となった時田だが、この時田も私と一緒に呼ばれている。

 私同様に呼ばれた一族の主だった者達も、すでに揃っていた。

 曽祖父の蒼一郎以外だと、祖父の麒一郎、婿養子の大叔父で財閥臨時総帥の善吉、その妻で一族側の血筋になる佳子(けいこ)、滅多に屋敷に近寄らない大叔父の虎三郎(とらさぶろう)。

 さらに叔父の玄二と龍也。そして祖父の娘扱いなので、同列となる私。それ以上の一族は、血筋が離れるので呼ばれない。

 だから、分家筋で病院や学校を任されている紅家の人達は来ていない。さらに枝の方の家となると、余程優秀な場合を例外として呼ばれる事はないが、現時点ではそうした優秀な人もいないらしい。

 一族以外では、私の執事の時田ともう一人、曽祖父の執事がいるだけ。他にも執事や秘書は大勢いるが別室待機だ。


 もっとも、部屋はそこまで広くないので、これ以上いたら少し手狭だっただろう。

 そして最後に入った私は、先客全員からの視線を一身に集める。特に私とあまり接触がない親族からは、奇異な目で見られているのを感じた。


(そりゃそうよね。5歳児がどの面下げて一族と財閥の会議に参加するんだってところでしょうよ。私も同意見)


 虎ノ門の一件以後も何度か曽祖父、祖父とはこっそり会って話し合っていたので、せめて後でコッソリとはいかなかったんだろうかとも思う。

 だがこれは一種の私のお披露目なのだと理解する。

 だからだろう、私の席は曽祖父からかなり近い。


 そして私のすぐ後ろに、去年まで曽祖父の後ろにいた時田が控えているので、なおさら痛い視線を送りつけてくる者がいる。

 佳子大叔母さんと、玄二叔父さんだ。

 しかし先代の曽祖父蒼一郎と一族当主の麒一郎が何も言わない以上、受け入れるしかない。これは一族だけの話し合いだ。

 財閥の臨時総帥である善吉になると、婿養子なので何かを言う度胸も資格もない。


(とはいえ、財閥総帥だった龍次郎と父の麒一が生きていれば、私は今頃ワガママ三昧でのんびり過ごしてたわよねえ。いや、麒一の死が私の召喚のトリガーというこの体の主の言葉を信じるなら、それ以前の話なのか……因果なものね)


 他の人と視線を合わせないよう、そしてできるだけ幼女に見えるように振舞いつつ話が進むのを待つ。

 私が何かをするとするなら、曽祖父か祖父が私に対して何かを言った時になるだろう。

 そう思いつつ曽祖父を見ると、一瞬だけ視線が合った。

 そして次の瞬間、曽祖父がようやく口を開いた。


「さて、皆に集まってもらったのは他でもない、鳳一族と鳳財閥の今後の方針を話す為だ。芳賀」


「はい、ご隠居様」


 芳賀と呼ばれた曽祖父の秘書兼執事が一つの紙面を、全員が座る真ん中に広げる。かなり大きい紙に、このところのアメリカ・ダウ・インデックスが書かれている。

 そしてその側に置かれた紙は、恐らく細かい数字と情報だろう。


(おーっ、上がってる上がってる。今で120ー30ドル。来年春には150ー60ドルってところかな)


 折れ線グラフは、25年に入る頃から急角度で上昇を始めており、29年秋まで続く急上昇の最初のピークを目指して上昇しつつある。

 しかし来年春の相場を知っているのは、私と曽祖父以外は数名だけだ。


(この程度で株価が安定していれば、アメリカ経済も世界経済もそれなりに安定したんだろうなあ)


 そう思っていると、別の紙面も提示される。

 今度はこの夏から来年の頭あたりまでのダウ・インデックスの「未来予測」だ。

 もちろん、私が描いて見せたものの写しを切り取って提示しているものになる。

 

「ご隠居様、これは?」


「玲子以外が知らない、未来の姿だよ」


 その言葉で、私が未来の夢を見る「夢見の巫女」だと知らされていない人達が、それぞれ大きな反応を示す。

 あまり気にしてなさそうなのは、機械大好きな大叔父の虎三郎くらいだ。

 そして一通り反応が収まるのを待って、曽祖父が話を再開する。


「玲子は、私の母の麟(りん)と同じく「夢見の巫女」だ。一昨年の年の瀬に龍也が摂政宮様の危機を未然に防いだのも、玲子の夢によってだ。そして、今現在のアメリカ株での成功もな」


 「夢見の巫女」の話が初見な人達が、さらに大きな反応を示す。

 「まさか」「本当なの」「そう言うことか」「信じられない」とそれぞれ口にしている。知らないで無反応なのは、曽祖父の執事の芳賀くらいだ。もっとも、それが執事としての訓練によるものか、事前に話を聞いていたのかは分からない。

 そしてまた、私のことを知らなかった者達の反応が収まるのを待って、曽祖父が話を再開する。


「いずれ噂は広がるだろうが、玲子が「夢見の巫女」であることは他言無用だ。匂わせる程度は許すが、言った者がどうなるかは相応に覚悟するように。それと、紅家の紅龍も知っている。奴が開発した新薬も、玲子の夢から生み出されたものだ」


 そこまで言ったところで、一人小さく手が上げる。

 意外と言うべきか善吉だ。そして曽祖父の頷きを見て口を開く。


「あの、「夢見の巫女」と言うものは、私には今ひとつ良く分かりません。占い師や予言者のようなものでしょうか?」


「夢の中で未来を見る。私や麒一郎は、当人からそう聞いている。どうなのだ玲子?」


 突然話を振られてしまった。

 しかしある程度覚悟も定まっていたので、なるべく大人びた態度と表情になるように姿勢を正す。


「はい。私は夢で未来の情景を見ることがあります。それも沢山。ですがそれは、ある時点から起こりうる大局的な事を夢見るだけです」


「な、なら、一昨年の大地震は?」


 善吉の言葉に私は首を横に振る。


「あの頃の私は、ただの幼な子に過ぎません。むしろ、あの地震をきっかけにして、未来の夢を見るようになりました」


「そ、そうか。で、では今後の鳳一族、それに財閥はどうなる?」


 かなり切羽詰った声だ。しかも何かに縋りたいとでも言いたげだ。

 やっぱり、鳳財閥はかなりまずい状態なのだろう。


(こうも不景気じゃあ、何かに縋りたくもなるわよね)


 妙に冷めた気持ちで善吉の必死の表情を見る。

 だがこのやり取りは、他の者の反応を呼び起こしてしまった。


「フンっ! まだ年端もいかない玲子に、そんな事が出来るとでも?」


 次に口火を切ったのは、善吉の妻佳子だ。善吉が婿養子なので尻に敷いていると聞く。

 だが、その大きな尻に敷けるのは善吉さんだけのようで、一族の他の者は佳子さんの剣幕を意に介していない。

 代表して私の祖父にして父である麒一郎が口を開いた。


「年は関係ない。玲子は龍也と同じ神童だ。だいたい玲子は、あの紅龍と専門知識の事で対等の会話をするんだぞ。ま、俺も実際見るまで信じられなかったが」


 現当主の幾分軽めの言葉に、佳子さんは少し毒気を抜かれたようになり、浮かしかけた腰を落ち着ける。


「麒一郎が言うなら本当なんでしょうね。それじゃあ善吉さんの答えは言えるんでしょう?」


「あのっ」


 私が話そうとしたところで、曽祖父が手で制した。

 そしてこう口にした。


「既に私と麒一郎が聞いている。そして今後の方針をこれから話す。まず最初に言うが、私と麒一郎それに虎ノ門の一件に関わった龍也は、あの事件の頃大正12年の末に玲子から打ち明けられた。だからこその株での成功だ。時田」


 言葉を受けて時田が立ち上がり、数歩前に出て私の横の空きの場所へと移動する。


 いよいよ本題だ。

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