029 「一族の反応」
「……まるで鳳による有事に備えた総力戦体制の構築ですね。いや、まるでではないのか。驚くどころじゃないな」
先が見えすぎるお兄様が、すぐに答えに到達していた。
軍人より経済人をした方が良かったんじゃないかと思える。いや、お兄様は何でも出来てしまうが故の反応なのだ。
大叔父の虎三郎さんは、職人気質なところがあるので渋るかと思ったが、工業部門の話が多いせいか目がギラついている。流石アメリカ仕込みといったところだろう。
そして意外と言うべきか、善吉大叔父さんが凄く熱心に話を聞いているし、時折頷いたりしている。奥さんの佳子さんの厳しい目線もなんのそのだ。
いや、これは気づいてないだけで、それだけのめり込んでいるのだ。
キョロってるのは、玄二叔父さんと大叔母の佳子さんだ。
けどこれが普通だ。普通じゃないのは鳳の大人達だ。しかし、鳳に限らず、国の組織や財閥のトップに立つような人は優秀だ。私の前世でモニターの向こうであまりパッとしないように見えた人でも、前世の私では歯も立たない優秀な人達だ。
今の私も、悪役令嬢のチート頭脳がなければ、全然理解できなかっただろう。いや、だろうなどと言う楽観論は捨てよう。理解できる訳がない。
なお、私が預かり知らない以前から行われている事業は、初代「夢見の巫女」が行ってきた事、行わせてきた事が多く含まれている。
以前曽祖父から聞かされたが、基本的には第一次世界大戦を見越しての事だった。それが今も、半ば惰性で続いている事業になる。惰性だから資金や人員を絞ったりと酷い場合もあるが、私としては止まってなくて幸いと思える事ばかりだ。
だから私の役目は、より加速させる事。そして未来の知識チートでさらに良くする事になる。
そして私が色々と未来の知識チートで提案したことを、それなりに現実路線に落とした結果がこの概要だ。
もっとも、これでも余程の資金が確保できないと厳しい面が多くあるので、本当はもう少し株で儲けてから一族の者に話す予定だったのだ。
また一方で、将来の破滅的な戦争に備えて、より徹底的に生産力の拡大を図るべきなのかもしれない。だが、それをするには、「あの」西田の言う通りの過激な国家体制や生産体制にしたところで全然足りない。
やるなら、銃殺や強制収用所がデフォなソ連と同じくらいの事をしないと無理だ。
そして日本帝国では、ソ連のような事はしたくても出来ない。あんな凄まじい独裁体制を日本で組み上げる事は、恐らく、いや確実に不可能だからだ。
(それに鳳の産業強化は、基本的にはソ連との有事を見据えたもの。アメリカは論外。あくまで万が一どころか億が一ですらない。それに目的は、あくまで鳳財閥を大きく飛躍させる事。でないと通るわけないもんねー)
少し諦観しつつ私がぼんやりとしていると、また善吉叔父さんが小さく挙手する。そんな恐縮しなくてもいいのに。
「あの、『理研を通じて他の財閥にも浸透させるよう進める』とありますが、それでは鳳の利益にならないのでは?」
「なるようにする。まあ、鳳が先を進めば、分かっている連中は自然と追いかけてくるだろうから、不要かもしれんしな」
「そう、ですね。ですが利益が出るようになるまで、かなりの時間がかかりそうですね」
「だからこその十年計画だよ。それにこれは、あくまで今後の方針。積極的に動くのは、資金が確保できるもう少し先だ。それまでは善吉が中心となって、鳳をしっかり支えてほしい。アメリカ株を担保にしてある程度の資金はすぐにも調達するから、踏ん張れ」
「多少でも資金を補填して頂けるなら、必ず」
曽祖父とのやりとりで、善吉叔父さんが少し人としての気配というか「気」が大きくなるように感じた。
雰囲気もさっきまでと少し違う。
(もしかしてこの人も腹黒狸? 弱いところを見せて、当面自分の欲しいものを引き出そうとしていたんじゃあ? まあ、それくらいじゃないと中堅とはいえ財閥を運営するなんて、出来るわけないか)
その後も話し合いは続いたが、すでに夜もかなり回っているのでどうやら私の体がそろそろ限界らしい。
「ふあぁぁ〜」と、かみ殺そうとしたアクビを止めようがない。
「玲子はそろそろ限界のようだな。時田。ケホケホ」
祖父の麒一郎が私を見かねて時田に声をかけてくれたのだが、軽く咳き込んだのが少し気になった。
だが眠気には勝てそうにもない。
「お父様? お加減が・・・」
「ん? ああ、ただの夏風邪だろう。さ、玲子はもう休みなさい。体はまだまだ子供なんだからな」
「あーい、ときたー、いこー」
「はい、玲子お嬢様」
そうして私は一族会議を後にした。
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その日の深夜、数名の男が離れの和室に集い直していた。
「思ったほど反発はなかったな」
「反発するにも、初耳の奴は何がどうするのか分からなかっただろ? 俺も未だに半分も分かってないからな」
「私もそう感じます。特に玄二様は理解が及んでいないご様子」
「全くだな。あの穀潰しめ」
隠居の蒼一郎、当主の麒一郎、そして今は玲子の執事となった時田だ。
時田が給仕をするのはいつも通りだが、玲子付きになったのでこの役割を時田より席次が低い芳賀が行う事も増えていた。だが今日はこの3人の秘密会議なので、蒼一郎の執事の芳賀も席を外している。
「しかし、大風呂敷を広げたおかげで、玲子の件は半ば有耶無耶に出来たな」
「まあ、今日は顔見せと、立ち位置を教えるのが目的だ。これで良いだろう。時田、頼むぞ」
「お任せを。命に代えましても」
時田は言葉とともに深々と礼をする。貴人に仕える者の見本のような仕草だ。
それを麒一郎は、手をヒラヒラとして敢えてぞんざいに扱う。
「まあ程々にな。とはいえ、龍次郎も麒一もいない今となっては、一日でも早く玲子に立ってもらわないとな。俺も、そこまで長く付き合えんだろうし」
「では、早々に玲子様をお支えする側近団の選抜を始めますか?」
「いや、流石に早い。他の者同様に小学校からで良い。だが、師は付けても良いかもな。驚くほど聡い子だが、流石にまだまだ隙が多い」
「五歳の子供にそれはないだろ父さん。まあ、二十歳と言われても、見た目以外は疑わないけどな。やっている事だけ見ていたら、本当に麒一と年は変わらないように思えるよ」
「確かに。そう言えば、綾子が戻ってくる」
蒼一郎が思い出したと言わんばかりに急に話題を変えたが、既にいつ戻ってくるかは周知で、いつ戻るかという日取りだけの問題でしかなかった。
なお綾子は、麒一郎の娘にあたり、他の中堅財閥との閨閥を作るべく嫁いだのだが、3年で出戻りとなった次第だ。
「ゲッ! 嫁いで何年だよ。あの娘は」
「3年でございます。ですが、あちらで色々と問題を起こされたご様子で」
「知ってるよ。癇癪に浪費、その上世継ぎもまだときた。まあ、追い出されるのだから、子供を作らなくて正解だっただろうけどな」
「だが、普通出戻りは考えられんからな。この失点、小さくないぞ」
「分かってるよ、父さん。手を回すし、綾子は実質軟禁だ。あいつが受け入れなければ、尼にでもしてやる。・・・とは言え、俺が放任しすぎたせいだよな」
麒一郎が言葉の最後に軽くうなだれる。
軍人としては、一時期以後は無害になる為の昼行灯を装う聡さを持ち、性格はポーズも含めてざっくばらんとしているが、子供の教育者としては落第点だった。
亡くなった麒一は出来物だったが、玄二は何もかもが凡庸なのにプライドだけが高い。
そして今話題となった綾子は、女の子という事で自由にさせていたら、金持ちの子の悪いところを体現化したかのように育っていた。
それでも大金を包んで閨閥形成を成功させたのが、嫁ぎ先が我慢の限界に達したのだ。
決して表に出せないような、粗相や犯罪すら仕出かしていたので、鳳としては病気療養という形で出戻りを受け入れざるを得なかった。
なお、処遇は既に決まっており、病気療養という名目で鳳病院の奥深くに実質的な軟禁、幽閉が決まっている。
そこは結核のサナトリウムに隣接する山奥にあるので、もう世に出て来る事が不可能なような場所だった。
「まあ、表沙汰になる事が無かっただけマシと思え。だが、あの地震で2人が欠けたのは本当に痛いな」
「何を弱気な。ケホケホ」
「お風邪ですか? 薬か医者を?」
「いや、大丈夫大丈夫。けど、この年の夏風邪は、やっぱり長引くみたいだな。悪くなったら、ちゃんと言うよ」
「はい。他の使用人達にも伝えておきましょう」
「是非そうしておけ。麒一郎ももう五十路だ。若くはないのだから、くれぐれも気をつけろよ。私は持ってあと数年だろうし、この上麒一郎に何かあれば、鳳の屋台骨が揺らいでしまう」
「気にしすぎだって。それにこう見えて俺は陸軍軍人だ。鍛え方が違うって。ケホケホ」
その後も3人の酒を交えた話は続いたが、時折麒一郎が軽く咳き込むのは続いた。
そしてその後も、それは変わることはなかった。
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