012 「夢見の巫女」

 正月三が日も終わって落ち着いた頃、私は曽祖父の離れに呼ばれた。

 私を離れに連れて行くのも、いつも一緒のメイドの麻里ではなく、旦那の方の筆頭執事の時田だ。いや、麻里も苗字は時田なので、時田(ときた)丈夫(たけお)と呼んだ方が良いのだろう。

 けど私は、なんとなく執事の時田と内心で呼ぶ。何しろマジ執事なのが時田だと思うからだ。


 そして執事の時田に連れられて、和風な離れの居間へと通されると、曽祖父の蒼一郎以外に祖父の麒一郎、それに龍也お兄様、もとい叔父様もいた。

 なんとなく察せてしまう状況だ。

 同時に、ここが私の勝負どころなのを実感する。


 上座中央に曽祖父、向かって右手に祖父、左手になぜか執事の時田、そして私の右手にお兄様。

 当然私は対面だ。普通なら隣に大人が付いていてくれそうなものだが、私一人が実質4人と対面している。これは私を「一人前」と認めている証しと取るべきだろう。

 そしてこれが何を示すかと言えば、私が書き散らしてばらまいた形の未来について、この4人は思うところがあったと言う事だ。

 お兄様については、先日の虎ノ門での未遂事件関連なのは想像に難くない。



 そして私が緊張のために生唾を飲み込んだのが合図だったかのように、祖父麒一郎が、曽祖父蒼一郎に一瞬目配せしてから口を開いた。

 麒一郎が一族当主で蒼一郎は隠居だから、一族当主が代表するのだ。

 そしてそれだけの事を口にする事を意味していた。


「玲子、この場での私達は玲子と対等に話す。また、玲子が本当の事を話してくれる限り、私達は玲子を信じる。決して口外もしない。だから正直に話して欲しい。言っている事が分かるか?」


(いきなり退路を断たれた心境ね)


 冷や汗を感じつつ、全員に視線を一度向けた上で強い意志を込めて頷く。それに四人ともがそれぞれ頷き返す。

 これで儀式の最初は通過した。ここからは本題だ。


(さあ、どう切り出そう)


 そう思っていると、蒼一郎が先に口を開いた。


「お前は高祖母の麟(りん)の生まれ変わりではないのだな」


「ハアっ?」


 思わず「素」で返してしまった。

 そんな事を考えていたのかと驚く。けど、さっぱり理由が分からない。しかし向こうは、それで何かを納得もしくは確認したらしい。


「では「夢見の巫女」と言う言葉に心当たりは?」


 首を横に振るしかない。やはりさっぱり話が見えてこない。

 勿論、乙女ゲーム『黄昏の一族』に「巫女」は2人登場するが、現実にそのキーワードを聞くとは思わなかった。

 また「夢」と言うキーワードで、思い当たる事がある。私はお兄様に「こわいゆめをみた」と言って、虎ノ門事件を夢で予知した事になるからだ。

 そして私の理解を表情から読み取ったのだろう、次の言葉が紡がれる。


「玲子、お前は未来、しかもかなり先の事を夢に見るのではないか? もしかしたら沢山」


 一度表情で肯定した以上、ここは肯定を続けるのが賢明だ。

 だから強く頷く。

 そして正面からも、さらなる言葉が繰り出される。


「その年で、今の話を全てを理解していると言う時点で、本来なら驚かないといけないが、玲子、お前が「夢見の巫女」なら話は別だ。私はこれから、玲子とそれに玲子が巻き込んだ龍也に、本家嫡流の長子、一族当主にしか代々伝えられていない話をしよう。玲子についての話は、それを話した後だ」


 一旦言葉を切ったので、私はそれに頷き返した。頭の中は、何をどう話そうかという事で一杯だ。

 そしてその間に、鳳一族の長子しか知らない話が展開される。初めて聞く話だが、どこかで聞いた事がある気もする話。荒唐無稽な話。そして何より、私によく似た境遇の人の話だった。

 そしていつしか話も終わり、時田の手によって何枚かの紙が出されていく。書かれている、もしくは描かれているものは、私の手によるものだ。


「さて次は玲子の話だ。玲子、自分が何を書いたか理解しているのかな?」


(なんだ、ちゃんと全部見てるんじゃない。なら話は早い。私も仮面を完全に脱ぎ捨てよう)


 そのサインとして意志を込めて強く頷く。そしてもう一度4人に強い視線を送る。

 私の目に、三歳児にはない知性とかを感じ取ってくれたらとか、エンタメ的な事を思ってしまいそうになる。

 だが、その想いは通じたらしい。さすがチート一族だ。

 しかし曽祖父蒼一郎から出たのは、かなり深い溜息だった。


「フーッ、やはりそうか。先に話した通り、私の母、玲子の高祖母に当たる麟(りん)は、『未来の夢』を見る事ができた。そしてそれに従い、父玄一郎と元服いや成人して以後の私は一族を率いてきた」


「聞いた通り、俺も少し加担したけどな」


 付け加えたのは祖父。反対側で時田も頷いているので、時田も『未来の夢』に従って動いた事があるのだ。

 一人驚いているのは、お兄様だ。もう、さっきから驚きっぱなしだ。

 そのお兄様に、曽祖父の蒼一郎が静かに頷く。


「龍也、これは事実だ。と言っても、『夢』は全ての先が見通せるわけではない。なんでも、ある時点からの数十年先までの一連の流れが見えるのだそうだ。母の場合、父と出会って自らが生涯を終えるまでだ」


「曽祖母が他界されたのは3年前。だから昨年の大地震は分からなかった、いや未来予知出来なかった、と考えれば良いのでしょうか?」


 流石お兄様。理解が早すぎる。そしてそれに3人がそれぞれの態度で苦笑する。

 口を開いたのは祖父だ。


「そう言う事だ。だから俺と時田は、『未来の夢』に従ってシベリアで無茶苦茶してきた。まあ、さっき話したように、日露戦争でも同じだったけどな」


(シベリア? シベリア出兵かな? 日露戦争の方は、満州の北の方で暴れまわった話だったよね。なんで伏せてたのかな? と言うより、まだ伏せている話の方が多い? 一族の成り上がりとかもそうだと考えると、そりゃあ歴史が違っているわけだ)


「そういう事だ、玲子。お前には先代の『夢見の巫女』がいる。それが

お前の高祖母だった。そしてお前も未来の夢を見る、そうなのだね?」


 私が少し違う視点で理解を示したのを表情から読み取ったのだろう、曽祖父が断定的な口調で問いかけてくる。

 もう答えるしかない。

 けど、どう答えるべきだろう。


「はい。私も先の事を夢で見ます。去年の年末に龍也叔父様にお話した事も、その一つです」


「やはりそうか。それで、いつからだね?」


「大地震のあった夜からです」


 私の言葉に、「やはりそうか」という表情がお兄様以外の3人に並ぶ。

 そして紙面に戻る。


「それで、これはアメリカの株価の今後10年の推移。しかも予測ではなく、お前が夢で見た「事実」なんだね」


「はい。完全とは言い切れませんが、そうなる可能性はとても高い筈です」


「言い切れない? 筈? 未来の夢を見たのだろう。何故だ?」


 お兄様がごもっともな疑問を呈する。

 だから私が思っている事、そしてこれからも起きるであろう事を最初に告げておく事にした。


「確かに私は未来を見ました。ですがそれは、未来の可能性の一つに過ぎません。他の可能性も十分にあります。ですが今の所は、私の見た夢が現実となる可能性が非常に高いと思います」


「ふむ。そういうところも母と同じだな。このグラフについては分かった。それで、それ以外なんだが、我が鳳にとって看過できない事態があるのだな?」


「はい。鳳財閥は、3年後に起きる「昭和金融恐慌」で壊滅的な打撃を被ります。それを是非回避して欲しいのです。お願いします」


 私は言葉の最後に深く頭を下げる。

 そうして頭をあげると、少し面白がる曽祖父の顔があった。

 

「その歳で一族の事を考えてくれてありがとう。だが、大丈夫だよ。お前の先代、私の母が既に手を打っている」


「俺と時田は、酷い目にあったがな」


 そう言って祖父がウィンクして応える。サムズアップまでしたら完璧な仕草だが、この時代の日本人にサムズアップはないだろう。

 時田の方は慇懃に一礼するのみだ。

 3人を半ば唖然と見る私に、さらに曽祖父が語りかけてくる。


「しかし玲子の夢は、母の夢とは違う視点という事なのか? そこが少し分からないな」


「私にもよく分かりません」


「いや、それは考えなくていいよ。見たままを話してくれ。それで玲子は、鳳を救うためにアメリカの株式に投資して、空売り、インサイダーまがいの事で利益を出そうと提案したかったわけだね」


「い、インサイダーじゃありません。どうせ、誰に言っても信じてもらえないと思います。話したところで、胡散臭い占いくらいにしか思わないでしょう」


「確かにそうだな。私達も母の事、母が成した事を知らなければ、もっと疑念を持っただろう。・・・しかしだ、空売りは額が大き過ぎると目をつけられるし、5年もの長期間するのは無理がある。やはり正攻法が一番だが、それだと大きな原資が必要になる。書かれている事から見て、そこまで考えていたんだろう。

 では、その原資はどうする? 今の鳳の経営状態は良くない。去年の地震で、さらに苦境に追いやられつつある。だが、何か手があるんだね?」


 矢継ぎ早に言葉を重ねてくるが、私が言うまでもなく全部理解していた。空売りは私も最初に考えた。けど、21世紀の電子化された時代でもないので、個人ではなく財閥全体が行えば目を付けられる。色々と疑われもするだろう。

 だから私も、空売りも嗜(たしな)む程度にはするが、基本は正攻法からの搦め手が良いだろうと言う考えに至った。

 だから考えている事を、そのまま口にする事にした。


「あります。株式投資でレバレッジすれば、少ない原資で多くの利益が出せます」


「ればれっじ? 時田」


「はい、ご隠居様。レバレッジとは・・・」


 他の3人は理解できてなかったが、時田がスラスラと3人に説明する。

 説明も分かりやすいが、すぐに理解できる3人もすごい。

 しかし、他人の金で賭け事するようなものなので、特に軍人二人はあまり良い顔はしない。


(ていうか、時田ってただの執事じゃないと思ってたけど、一体何者? やっぱり、創作物によく出て来るスーパー執事なの?)


 そんな私の疑問を他所に、理解と納得な表情の曽祖父が私の目を見据える。だから私も見返した。


 ここからが正念場だろう。



__________________


空売り

手持ちの株式を売ることを「現物の売り」。

これに対して手元に持っていない株式を、信用取引などを利用して「借りて売る」ことを「空売り」と呼ぶ。

株価が高く、これから下がることが予想されるときに空売りをして、その後予想通り株価が下落したところで買い戻して利益を得る。

大きく儲ければ、借りた代金を差し引いても十分に利益が出る。


先を知っていれば、元手無しでこれほど儲かる手はない。しかし、適切なタイミングで連続して行ったりしたら、何も裏がなくても色々と疑われるだろう。

ハゲタカの大好物。



レバレッジ

他人資本を使うことで自己資本に対する利益率を高めること、または、その高まる倍率。

今回の場合、この時代にあった投資した株を担保に同額を借金して、さらに株に投資する方法を取る。しかもこれを可能な限り繰り返す。

信用創造という言葉で説明する場合もあり、その逆に逆信用創造という言葉もある。逆になると悲惨。倍々ゲームで借金が積み重なる。

20世紀に入ったくらいから行われるようになっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る