013 「ロマノフの財宝?」

「話は分かった。しかしだ、うちには大した原資がない。担保に出来る資産も限られているし、高価な値の付く担保も少ない。恐らくだが、玲子の案だけでは乗り切れないぞ。

 それにだ、そもそもアメリカでのゲームだから、円をドルに変えないといけないので、その分出費もかさむ。当然だが為替の差額で儲けようとするわけではないので、この分は完全な損になる」


 曽祖父が言っている事は当然だ。後者の方はリスクだけだが、確かに大金を円からドルに変えれば、チリも積もればで相当な額になる。

 問題は前者。傾いた財閥に、自由にできる現金が多いわけがない。数年がかりの仕掛けになるから、借金の利子を考えると安易に資産を担保に入れるというわけにもいかないだろう。

 昭和金融恐慌の前に、鳳の財閥が傾ききってしまう。

 だから私は、次の一手を打つ。


「それならば、金、黄金を手に入れましょう。まだ手つかずの金山が、日本にはあります」


「本当か?!」


 まだ提示していない情報なので、さすがに驚きが大きい。

 あまり驚いていないのは曽祖父だけだ。祖父と時田は驚いているので、高祖母の話には無かったと思われるのに何故だろう。

 しかしカードを切った以上、話を進めるしかない。


「はい。鹿児島北部の菱刈という場所の山の中に。そこはもともと産金地なのですが、その奥に凄く有望な金山があります」


「そんなに有望な金山があれば、今まで見つからない筈がないが?」


「鉱床がほぼ垂直に走っていて、見つけにくいんです。けど私なら、その場所を恐らく特定できます」


「夢で見たというなら、未発見の金鉱を掘り当てるのも難しくないのかもしれない。だが、採掘が簡単というわけではなさそうだな。それに金山を開発すると言っても、探すところから始まる。実際に金が採掘されるまで何年かかる?」


(うっ、その質問は計算外。けど、まだまだ!)


「金山の存在を担保に借金を。最悪手放しても惜しくはありません」


「次から次へと、さすが未来を見ただけの事はあるな。だが、詰めが甘い。それにだ、案ずる事はないよ玲子」


 曽祖父蒼一郎が、そう言って苦笑する。表情も柔らかめだ。

 そして視線を私から祖父麒一郎へと向け、それに麒一郎も頷き返す。


「玲子、鳳には長子にしか伝えない隠し事が幾つかある。お前にもまだまだあるが、もう少し大きくなったら話そう。それにお前の父には半分も教えず仕舞いだったが、「夢見の巫女」の具体的な話もその一つだ」


「待ってください、お爺様!」


 たまらず龍也お兄様が声を荒げる。

 お兄様は祖父の弟の子供、つまり本家ではあっても長子の筋ではない。焦るのも当然だ。

 だが年寄り3人に視線で制されてしまう。

 この辺りは、さすがに年の功。年季の差だ。


「長子である玲子が、お前を巻き込んだ。基本的にはそうなのだが、それは違う。龍也、お前は選ばれたんだよ」


(えっ? たまたまなんですけど?)


 思わず内心でツッコミ入れてしまう。しかし、偶然居合わせたにしては出来過ぎなのは確かだ。

 まあ、今は私のターンじゃないので、だんまりを通そう。

 そして沈黙を守っていると、祖父の麒一郎が語り始めた。



「それで玲子、ロマノフの財宝って夢見に出てくるか?」


 話し始めはそんな掴みだ。

 龍也お兄様は、当然クエスチョンマークを頭に浮かべている。

 私もそうだ。


(うん。そういう表情もイケメンなのはズルイ)


 それはともかく、大陸で色々「オイタ」をしてきた鳳は、ロシア革命での列強の介入に際して、大陸方面から主に民間ベースで色々とちょっかいを出したそうだ。

 多くは反革命側、赤軍に対して白軍とも言われた連中への支援。しかし鳳は財閥なので、ボランティアとはいかない。武器、弾薬、その他諸々を支援するので、当然莫大な代金が発生する。

 その代金として、シベリア奥地のオムスクを一時拠点としていた白軍のコルチャークという歴史上にも登場する人物から、最も信用がおける現物として金塊の一部をせしめたのだそうだ。


 そしてそれだけなら、一応ちゃんとした取引だ。しかしそこは、後ろ暗いところもある鳳一族。

 武器、弾薬は、日露戦争での諜報戦や破壊工作の時に、満州北部の連中にロシア軍から奪わせ、そして次の有事、ロシアとの戦争に備えて管理を任せていたものだそうだ。

 この満州北部の連中というのも、我が一族にとって関係や因縁があるのだが、それは横に置いておく。だが、どうやら祖父麒一郎は、張作霖や馬占山とか聞いた事がある歴史上の人物と直接関係があるらしい。


(このオッサン、どんだけ腹黒なのよ。あれか? 大佐ってやつは何か胡散臭くないとダメなのか?)


 思わずそんな事を思いそうになる。

 

 閑話休題。その武器はロシアの兵器なので、多少旧式でも白軍では使いやすいと評判だったそうだ。弾薬の火薬は経年劣化で使い物にならないものが少なくなかったらしいが、売ってしまえばこっちのものだ。

 そのせいかどうか、白軍は私の前世の歴史同様に惨敗。

 彼らが持ち出していた500トンの金塊、21世紀だと2兆円を超える金額相当の金塊は行方不明となる。


 しかしちゃんと返済されたという説があったり、日本軍がくすねたという説があったりして、よく分かっていない。

 だがそれは私の前世の世界での事であり、この世界では鳳が代金として一部を手に入れていた。しかも、元手をほぼゼロで。

 それでも、それなりに仕入れや輸送、そして隠蔽工作でお金を使ってはいるそうだ。



「というわけで、スイスの口座には5000万ドル相当の金塊が、鳳当主の個人名義の口座に存在している。俺の懐にねじ込むには、少しばかり多すぎる金額だがな」


 祖父は、まるで大泥棒のセリフのように話を締めくくった。

 ちなみに、5000万ドル(=1億円)相当の金塊は、おおよそ75トン。時期にもよるが21世紀の約100年後だと3000億円から4000億円の価値がある。

 そして金塊は、額面通りの金額以上の価値がある。

 借金の担保にすれば、景気の良い時期なら三倍程度の金額を借りる事は難しくない。特にこの時代は、金本位制が普通なので借りやすい。

 そしてこれだけの金塊があれば、鳳財閥は確かに安泰だろう。

 ゲームほど巨大財閥でもないから、借金、不良債権が3億円を越える事もないだろう。


「そういうわけだ。だから玲子が色々と心配しなくても、鳳は問題ない。だからもし可能なら、他に見た先の出来事について話してはくれないかい?」


 話を自分に戻した曽祖父が、優しげに問いかける。

 そしてその話に乗ってもよかった。ただ、一族の大人達が早期にいなくなる可能性など、問題はまだまだある。 



(歴史そのものをどうにかできる筈なんてないんだから、ご先祖さまの頑張りに甘えて過ごすのが無難よね)


 私がそう思っても、非難する人は少ない筈だ。

 後付け、後世からならなんとでも文句は言えるが、この世界の優秀な人たちが良かれと思った行いの結果が、これから紡がれていく歴史なのだ。私一人に何かが出来る筈もない。

 この世界で、私の前世のネット上で見かけるようなチート主人公を演じるのなら、私自身に核兵器並みの戦闘力とか、とんでもない未来技術の知識が必要だろう。「ずる」ではなく、歴史を横紙破り出来るくらいの力がないと恐らく意味はない。


(けど、何もしないのは悪手よね。それに、足掻いてみたいって思う気持ちが私の中にある。私は今、多少なりとも何かが出来る立ち位置にいるのかもしれないのだから)


 そう思い直し、なるべく強い眼差しを曽祖父へと向ける。

 そしてしばらく睨み合いとなったが、折れたのは曽祖父だった。


「フム。ご不満か。母そっくりだな。では、言ってみなさい。何がしたい。それで何が出来ると考えている?」


「アメリカ株式市場、ダウ・インデックスの株を買えるだけ買ってください。それで、鳳だけでなく、日本の行く末も少し良く出来るかもしれません」


「日本の行く末ときたか。大きく出たな? 具体的には? レバレッジとやらをするのか?」


「はい。まずは・・・」



 いよいよ具体案だ。

 幼女なので眠いのだけど、ここで眠るわけにはいかないので心を強く持って口を開いた。


__________________


菱刈鉱山(ひしかりこうざん)

鹿児島県伊佐市の菱刈地区東部にある日本最大級の金鉱山。

現在、商業的規模で操業が行われている日本唯一の鉱山。

1981年発見。金の含有率が高いことで有名。

ただし、全部を掘り尽くしたとしても、それほど大きな金額にはならない。



ロマノフの財宝

与太話から本当っぽい話まで諸説ある。一種の黄金ロマン。

500トンの金塊は一見すごい量だが、戦争で使うとあっという間に消えて無くなる程度の金額にしかならない。

日本のシベリア出兵の方が、金はかかっている。

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