011 「新年会」
1924年(大正13年)が明けた。
洋式を強く取り入れている鳳一族も、日本の習慣に傚う向きは強い。だから元日は極力誰も何もしない。おせち料理もその為のものだ。
使用人も、可能な限り実家などに帰している。しかも鳳では、俸給外の金一封という形で、お年玉まで渡す事になっている。
そんな感じなので、元日のお屋敷は一年で最も静かだった。
一族の者以外で残るのは、帰るところがない者か、この屋敷を自分の家としている時田夫妻などごく僅かだ。
しかし二日になると、お屋敷は途端に騒がしくなる。
まずは元日のうちに、近くに帰っていた使用人達が戻ってくる。
さらに二日の昼になると、一族やそれに連なる者、財閥関係者、さらに他の華族、財閥、会社などなどが続々と新年の挨拶にやってくる。その様は、江戸時代までのお武家様の新年そのものだ。
逆に鳳の家の者も、一応主家に当たる毛利公爵に挨拶に行ったりもする。
当然だが、お爺様の麒一郎が一族を代表して宮城にも向かう。それ以前に、一族全員が新年には宮城に一礼する。まあこれは、日本人なら誰でもしている時代だ。
逆に鳳一族は、神社への初詣には特に行かない。それよりも可能な限り一族で集まり、一年の結束を高める事に腐心する。
何しろ鳳一族は、色々なところから嫌われている。
長州閥だが胡散臭い出自なので、エセ長州閥と長州出身者から見られている。なのに、大正時代くらいから台頭してきた藩閥に反対する者達(エリート軍人、エリート官僚)からは、同じ長州閥と見られている。
華族だが成り上がりなので、かつての殿上人の大名、特に公家から嫌われている。鳳には公家の嫁入りは多く、その見返りに相手の家の経済援助をするのだが、その事が尚のこと嫌われる要因になっている。
そして財閥だ。財閥は富を独占しているという事で、庶民からの人気は最悪だ。鳳は慈善事業、学校経営、病院経営などに力を注いでいるし、新聞事業で啓蒙にも務めているが、焼け石に水なのが現状だ。
はっきり言って、悪役(ヒール)一族だ。
私が悪役令嬢なのも当然なのかもしれない。
政治の上でも評判は今ひとつだ。
初代の玄一郎と曽祖父の蒼一郎は貴族院議員などになったが、上記の力を背景に発言してくるとして嫌われている。
祖父の麒一郎とお兄様の龍也叔父様は華族の務めとして陸軍軍人をしているが、陸軍の若手将校からは嫌われている事が多い。陸軍内も長州閥が嫌われるからだし、苦労して将校になった者が多いので財閥というだけで毛嫌いされる。
しかしというか流石というか、お兄様は例外だ。
何しろ実力面でエリート中のエリート過ぎて文句の付けようがない。見た目も良い。さらに性格も温厚で、革新的な考えも怯まず発表しているので、新世代の将校達からはむしろ高く評価されている。
その上、年末の事件での鮮やかな活躍だ。
もはや若手将校達のアイドル化待った無しではないだろうかと邪推したくなる。
かなり脱線してしまったが、鳳一族は世間から嫌われているからこそ、尚の事一族の結束を大切にしている。
そして新年は、その一族が最も集まる時期の一つだ。
この集まりを、私は楽しみにしていた。何しろ、初めてゲームでの攻略対象となる男子達に会える可能性が高いからだ。
そうして集まったのは、大人だけで男女合わせて20人以上。
大きく本家筋の「蒼家」と分家筋の「紅家」だが、「紅家」で来ているのは紅家の本家筋がほとんどだ。中には、秋口に見かけた紅龍おじさんの姿も見える。
他にも見知っているのは、この体の記憶でもあまり多くはない。毎年こうして正月に顔を見ている筈だが、二歳児の頃の記憶では限界も有るようだ。
けど、私自身の記憶にヒットする人が半数くらいいる。ゲーム開始に登場する人達だからだ。
しかし龍也お兄様は、実はゲームには登場していない。天才軍人の父を持った不遇な攻略対象という流れで、ゲーム登場人物の回想に登場するだけだ。
原因はぼかされているが、ゲームの開始までに戦死したか病死している。鳳一族の優秀な大人達は、こんな設定ばかりだ。だからゲームの題名が『黄昏の一族』でもあるわけだが、私としては攻略対象以外にもなるべく多く生きていて欲しい。
本当にそう思う。
けど、今の私には何もできない。せめて今のこの幸せを噛み締めよう。
そう気持ちを切り替え、私にとってのド本命達に注目する。
・玄太郎(げんたろう) (3歳、玄二の長男)
・虎士郎(こじろう) (2歳、玄二の次男)
・龍一(りゅういち) (3歳、龍也の長男)
・瑤子(ようこ) (2歳、龍也の長女)
(※玄二=玲子の父の弟。龍也=祖父の弟の家系の叔父)
この4人に、後から合流するであろう別の財閥御曹司の俺様キャラの山崎(やまざき)勝次郎(かつじろう)と、影のある使用人 涼宮(すずみや)輝男(てるお)が合流すれば、ゲーム主人公を迎える準備が整う。
とはいえ、中身がアラフォー女子な私の今の感想は一つしかない。
(か、か、か、カワイーっ!! お持ち帰りしたいっ! ・・・い、いや、イカンイカン。三つ子の魂百までと言う言葉もあるんだから、私の破滅回避の為に今から好感度アップを図らなきゃ!)
そう言うわけで、諸々の面倒が終わり、子供だけ集めた子供タイムになると早速行動を開始する。
まずは定石で同性からだ。向こうも私に視線を向けている。
「はじめまして、わたし玲子です」
「よ、ヨーコです?」
「うん、ヨーコちゃん、仲良くしようね」
「うん、あそぼ。レーコちゃん」
この子は瑤子(ようこ)ちゃん。ゲームでは私と違い主人公の月見里(やまなし)姫乃(ひめの)と仲良しになる娘だ。1歳年下でゲーム開始時に15歳になる頃には、おっとり系の美少女へと成長する。同性の癒し枠ポジションのキャラで、大きなタレ目と少し茶色がかったふんわりした髪が特徴だ。
とはいえ2歳児と3歳児では、これがコミュニケーションの限界らしい。
けど、今はこれでいい。ファーストコンタクトは成功だ。
そして私が次の一手を打つ前に、向こうから近寄って来る男子がいた。
「だーれ?」
「わたしは玲子」
「ヨーコ、です」
「ぼくはコジローだよ」
「よろしくね虎次郎ちゃん」
「よーしく」
「うん、よろしく。ちょっとまってて」
好奇心旺盛な虎次郎くんは、にこりと天使の笑みを浮かべて別の男子の元へ向かう。
(流石天使系キャラ)
2歳児にしてこの笑み。そう思わせる圧巻の天使スマイル。フワフワヘアーもゲームそのままだ。
この子は小学生の頃から天性の音楽の才能を見せるが、流石に今はただの天使。しかしもう、それだけでご飯三杯いけてしまえる。
そして彼が引っ張って来たのが、彼の兄の玄太郎くんだ。
「玄太郎だ。初めまして」
三歳児のくせになんとなく大人びた口調で、早くもインテリキャラの片鱗を見せている。正直、お前まだ3歳だろと言いたくなる。
しかし、トレードマークのメガネはまだ掛けていない。
けど、ツンデレの片鱗は十分だし、私にメガネ属性はないので十分合格だ。
そして4人を、と言うより瑤子を少し離れたところから見ているのが、瑤子の兄の龍一くんだ。
こいつは祖父と父の影響で軍人志望の細マッチョ系なのだが、ギャグとしてのシスコン属性があった。どうやらその設定、もとい属性は3歳の時点で既に実装されているようだ。
まさに三つ子の魂百までも。
「龍一くんも一緒に遊ぼう。ホラ、瑤子ちゃんもお兄ちゃん呼んであげて」
「う、うん、おにいたまー」
「う、うん」
思わず「素」で声をかけてしまったが、この部屋には少し離れた場所にメイドがいるだけで、一族の大人はいないので少しくらいは大丈夫だろう。
それに「素」に戻ってしまうほどの天国なのだ。
しばしそれに浸っても、何人も私を非難する事は出来ないだろう。
(願わくば、この幸せが末長く続いて欲しいものね)
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