009 「歴史を変えるかも?」
1923年(大正12年)も、残す所あと数日となった。
この時代、日本でも思っていた以上にクリスマスは騒ぐが、この頃はまだ教会と子供のものなので、私が玩具とぬいぐるみをもらったくらいだ。
一方で、新年で年を取るという習慣がまだ根強く残っているので、正月を待ちわびている雰囲気が強い。それは屋敷の使用人達から強く感じた。
特に今年は大災害があって多くの犠牲者が出たので、なおさら新年の到来が待たれていた。
9月に関東地方が未曾有の大災害に襲われ、その後も余震が続いたが、さすがに4ヶ月近く経過すると落ち着いてきた。
もっとも私は、鳳一族本家の屋敷から一歩も外に出ることはないので、外の様子は一族や使用人の会話から推測するしかない。
現時点での私は、表向き幼女であることを心がければ良い。
よく食べてよく眠り、家庭教師からの幼児教育を受ける。それだけだ。
それに私は地震で父親を失ったばかりなので、周りが慮(おもんばか)ってくれる。
側には、時田の妻でもあるメイドの麻里と、なるべく近い年齢ということで他数名の若い10代半ばくらいのメイドが世話をしてくれる。
横浜で私の面倒を見ていたメイドも数名いたのだが、全員が屋敷で瓦礫の下敷きになって亡くなるか、大怪我で仕事ができなくなっていた。
またお父様の麒一に付いていた側近や女中も、屋敷の下敷きになるか別の場所で被災して、殆どが命を落としている。
何しろ横浜の煉瓦造りの屋敷はほぼ全壊。
地震の時に私のいた部屋は構造上一番頑丈な場所だったらしいが、他は酷い有様だった。同じ屋敷にいた時田が無事だったのは、偶然屋敷の外にいたおかげだった。
(けど、ゲーム開始時点で時田はいなかったわよね。確か誰かの回想シーンに何度か登場するだけ。ずっと出てこないって事は、あの時点でもう亡くなっている?・・・流石に早くない? 病気にでもなった? それとも引退したのかな?)
改めてそう思うと、現状と比べてゲーム開始時点での一族の数が少なかった。
この時代は、約100年先と比べると医療技術や薬が劣っているので、寿命自体が短いのは分かる。曽祖父の蒼一郎は、普通に健康なのに70代ではなく80代かそれ以上に見えてしまう。
財閥、お金持ちでもそんなもんなのだ。
だがそうであっても、一族の数が少ない。恐らく何かの病にやられたのだろう。
この時代、結核はまだ不治の病だし、肺炎でも簡単に死んでしまう。現に、財閥当主だった大叔父の龍次郎は、怪我をした後の肺炎で合併症になってあっけなくあの世行きだ。
戦地の軍人も、衛生状況と水が悪いから胃腸をやられやすいが、普通に暮らしていても胃腸炎は死因のトップランキングに名を連ねていたと思う。
小さい子供の死亡率だって、まだまだ高い。私もまだ三歳児だ。気をつけないと、あっけなくあの世行きになりかねない。
ゲームと同じ世界なら破滅するまで生きながらえられると楽観してもいられない。
(破滅するまで五体満足を楽観できるって何の皮肉よ)
流石に憮然としてしまう。
だが、病気の事を考えても仕方ない。私にあるのは、漫画やネットでの聞きかじりの薬の作り方だ。
これがお気楽な作品なら、魔法などを使って自力で簡単に薬を作り出してしまうのだろうが、あいにく私の前世は医者でも薬剤師でもない。ただの凡人だった。
「歴女」なので歴史知識は相応にあるが、これだって専門家には遠く及ばない。そしてそのなけなしの知識で仕掛けてみたのだが、これがなしのつぶて。
私が示した未来について、誰からの反応もない。
(やっぱり、落書きやたわ言って思われたのかなあ。わざと漢字や英語も書いたのに。所詮は三歳児かあ・・・って、落ち込んでも仕方ないわよね)
そう思ったのが晩秋の頃。
しかし一度死んでいる筈の私が、この程度でへこたれていてはいけないと自身を鼓舞する。
(何をさておき、しておかないといけないのが良好な人間関係。あと、私自身の行い。悪役令嬢な振る舞いは厳禁!)
と、そこは良い。
そもそもこの世界が、本当にゲームが具現化したような世界なのかも分からない。
それに私は凡人だ。悪役令嬢な性格になるのがそもそも無理な相談だ。それなら普通に振る舞えば良い。それだけで、ゲームで見た馬鹿馬鹿しい展開の大半は回避できる筈だ。
(で、次は、やっぱり私の結婚って事になるのよね。けど、財閥が傾かなければ、よその財閥の御曹司との結婚を進める必要もないのよね。そうなると、身内の従兄弟の誰かを一族当主に据えるべく私の未来の旦那さんにする、か)
想像もつかない。
アラフォーで未婚、しかもリアル恋愛も自慢できるほどではない身としては、それこそ画面の向こうの出来事だ。
しかも相手は、誰を選ぼうがチートスペックのイケメン揃い。
(まあ、品定めは追々するとして、財閥の破綻を防げば日本が私の前世と同じ程度に戦争に負けても何とかなるのよね。
ただ気になるのは、あの悪夢。米軍が日本本土に上陸するのって、どう考えても予知夢とか啓示よね。これって、何があっても私を破滅させるって言うレベルの話じゃないでしょ。何考えてるのよ、この世界に私を呼んだヤツは?!)
この辺りで、だいたいいつも愚痴になる。
ただでさえ現状何も出来ないのに、何をどうしようが逃げられない破滅が見えているせいだ。
(はぁ、心の中で愚痴っていても仕方ないけど、これって未来を知っている私が、何とかして日本とアメリカの戦争を回避するしかないんじゃないの? ぶっちゃけ、乙女ゲームとかどうでも良くない?! 何よこの無理ゲーっ! クソっ、クソっ、クソっ!)
と、さらなる愚痴へと飛躍していく。だが怒りはエネルギーだ。
障害が大きすぎて困りものだが、待っているのは避けようのない破滅だ。多少の失敗など怖くもない。
「やってやろうじゃないの! 見てなさい、理不尽をひっくり返してやるから!」
「どうされました、玲子お嬢様?」
「なんでもなーい!」
この辺りまでが、一人遊びの時間を利用してのこの頃の私だ。そして幼女に戻ったところで心も凪いでくるので、ようやく慣れてきたお嬢様の日常へと戻るまでがセットだ。
しかし何の結果がないと、流石に焦りが強まってくる。
その年が終わろうとしていると肌で感じると、その気持ちはなお一層強まる。
「どうしたんだい玲子?」
応接間の大きなソファーで沈思していた私の上の方から、優しげなイケメンボイスが響いてきた。
そして顔を上げると、そこには凛々しい陸軍軍服姿のイケメンがこれ以上なく優しい表情で私を見つめてくる。
もうそれだけで心が蕩けてしまいそうだ。
「龍也(たつや)おにいさま。おひさしぶりです」(2週間ぶりだけど)
「うん、久しぶり玲子。隣に座っても良いかな? あと、お兄様じゃなくて叔父さん」
「えーっ。おじいさまがちちとおもえっていってくださったから、龍也おにいさまはおにいさまです」
「そっか、なら仕方ないね。けど、二人の時だけだよ」
「はーい」
「それで、何を一生懸命考えていたのかな? 困っている事でもあるなら、何でも相談に乗るよ」
「ありがとう、おにいさま」
私に優しい笑みを浮かべるのは、祖父の弟だった龍次郎の子、つまり私の一つ遠い叔父に当たる龍也(たつや)だ。
この年22歳になるが、陸軍に入って間もないピカピカの将校さん。だが超秀才軍人として既に有名らしい。この時点で私に分かるのはその程度だが、そんなのは正直どうでも良い。それくらいのイケメンだ。
陸軍将校なので髪の毛がすごく短いのが唯一の欠点なのだが、陸軍の冬服にマントと制帽をかぶって佇(たたず)んでいると、もうそれだけで卒倒しそうなほどのイケメンぶりになる。
細身の長身だが肩幅も胸板もあり、しかも手足が長い。
長身で手足も長いのは鳳の特徴で、しかも騎兵将校というから乗馬する姿もさぞイケメンな事だろう。
しかし既に既婚者で、ゲームの攻略対象となる私と同い年の男の子がいる。だからその攻略対象と似た容姿なのだが、若い頃の龍也「おにいさま」はそれ以上のイケメンだ。
もうこの世のものとは思えない。
今は陸軍省にお勤めで、この屋敷に住んでも良いが別邸に住んでいる。しかしその別邸は地震で傷んだままなので、近くこちらに一時的であれ引っ越すかもしれないとメイドの麻里が言っていた。
そして職場も家も近いので、こうしてたまに遊びにきてくれる。私が亡くなった兄の娘なので、気にかけてくれているのだ。
だから私も年相応に甘える事にしている。
決して、超イケメンだからデレデレしているんじゃない。
(けど相談って言われても、できる相談じゃないのよね。近々何か事件あったかなあ? そう言えば1923年ってディズニー設立の年よね。何か宿命的なものを感じるわ。って違うでしょ!)
どう答えたものかと目を泳がすと、不意にカレンダーが飛び込んできた。
(今日は12月26日。何かひっかかるなあ。思い出せ、チートスペックの悪役令嬢!)
「あっ」
思わず声が出た。
歴史に記された事件が一つ、不意に頭に浮かんできたからだ。
そして目の前のイケメンならばと強く感じた。
そう、私は今歴史のターニングポイントの一つに立っているのかもしれないのだと唐突に理解した。
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