003 「私は誰?」

 私の名は鳳(おおとり)玲子(れいこ)。


 鳳(おおとり)伯爵家の次期当主の長女。

 しかも鳳(おおとり)家は、単に華族(かぞく)と言うだけでなく、鳳財閥というコンツェルンを率いている。

 しかし、私がゲームで知っている一族とは微妙に違っていた。


 私に当たるであろう令嬢のゲームでの名前は「鳳凰院(ほうおういん)玲華(れいか)」。

 鳳凰院(ほうおういん)家も、その昔に止ん事無きお方が臣籍降下し、そして断絶したまま閉じられていた家名を引き継いでいる。だから公爵家だ。

 つまり鳳凰院玲華は、公爵家のご令嬢という事になる。

 少なくともゲーム上では、当主の娘となり公爵令嬢だった。

 しかもゲームの主人公 月見里(やまなし)姫乃(ひめの)にキツく当たり、しかも一族を傾けてしまう悪役、悪女だ。

 つまり、この手のゲームや漫画、アニメでたまに登場する『悪役令嬢』というやつだ。


 しかしこの世界での私、いや現実での私は名前が玲子と一文字違い。

 一族名も似ているが少し地味目の「鳳」。さらに2つも格落ちの伯爵家だ。幼女に過ぎない私の今の地位も、伯爵家のご令嬢であって、伯爵令嬢ではない。

 もしかしたらゲーム開始年までに鳳家が鳳凰院家の家名を頂いて、公爵令嬢になるのかもしれないが、それでも名前が違っている。

 地震の直後に「れいこ」と「れいか」を聞き違えたが、私が玲子でゲームの悪役令嬢が玲華だ。


 名前の終わりが「子」なのは、皇族方の女子の名前が「子」で終わるのを真似た、大正時代くらいから昭和の長い間までの一種のムーブメントだ。

 だから「玲華」という名は、時代にそぐわない。

 さらに言えば、「鳳凰院」という家名は少なくとも日本の歴史上存在しない筈だ。あったとしても、このゲーム同様に架空のものだ。

 確かタイムリープもののノベルゲームの主人公の「魂の名」の苗字がこれだった気がする。


 一方で、今の私の転生前、前世の私はどうだったのか。

 こうなってしまっては、あまり思い出したくはない。

 

 前世の私は凡人だった。いや、多分凡人以下、平均点以下の人間だ。

 しかも死ぬ直前は、既にアラフォーに差し掛かっていた。

 奨学金頼りでなんとか大学は出たが、特に優れたところはない。断言してもいい。見た目を含め、自他共に認めるモブ女子だ。

 不満も不安もないと言えば嘘になるが、既に他界した両親が残した僅かな遺産のお陰で何とか奨学金の返済も終えている。他に借金もない。

 一応ニートでもないので、何とか自力で生活もしていた。


 トラックに熱烈アタックされる前の趣味や娯楽といえば、ネット用語で言う所の腐女子&女オタク。特に、私好みの男子のネームド(歴史上の人物)が多い、幕末から戦中日本までが守備範囲。(次点で戦国時代)

 だから「歴女」と言うカテゴリーにも含まれる。少なくともオタク以外に趣味を聞かれたら、「歴女」と答えると多少はダメージが少なく済む。


 なお、この趣味のせいではなく、性格と、まあ容姿のせいで、結婚はせずじまい。恋愛などと言うものも、現実では人様に自慢できるものはない。

 そして両親が一応天寿で他界したことで、ほぼ天涯孤独。しかも兄弟姉妹もいない一人っ子だ。

 おかげでこうして前世の記憶を持ったまま転生しても、特に以前の世界や時代に未練はない。

 未練があるとするなら、まあ途中だった漫画やアニメの続きが見れない事くらい。

 言ってて凄く恥ずかしい。



 それよりも今の私だ。

 私は大正9年、西暦1920年生まれ。

 誕生日は4月4日。これはゲームと同じ。

 今の私の元キャラとでも言える鳳凰院玲華は、文字通りのサラブレッドだ。

 今の私も相当だが、ゲーム上の設定は格が違う。何しろ、4分の1だが止ん事無き「Blue blood」が入っている。マジモンの公爵令嬢だ。


 ゲームでの16歳の姿は、絹のような黒髪の超ロング。しかも前髪パッツンキャラ。きつめの顔立ちながら、すっごい美人。しかも幼女から成人に至るまで、全時代で美幼女から美少女を維持。スタイルも一流ファッションモデル真っ青。

 前世の私とでは、月とスッポンどころか、比較すらしてもらえない圧倒的すぎる容姿。

 それもその筈、ゲーム世界では傾国の美女としての面も持っていた。


 一方で性格は、お約束とばかりに高慢で我儘。ついでに浪費家。

 能力だけは高いが、悪役なのでここぞという時に空回りしてしまう。

 背は高めだが、それは一族全体の特徴だ。ヒロインの月見里姫乃にとっての攻略対象、つまりイケメン男子どもを高身長にするための設定が反映されているに過ぎない。


 そしてこの鳳凰院家は、風雲急を告げる時代には「巫女」が一族を導くのだが、玲華は一族から厚遇されちやほやされる姫乃に酷く嫉妬して『闇落ち』して、「闇の巫女」として覚醒。

 一方で「光の巫女」として見出された姫乃と攻略対象達に倒され、そして祖国から追放の憂き目を見てしまう。

 追放された理由は、「闇の巫女」をこのまま留め置いていたら祖国に大きな災いをもたらす事が分かったから。

 当然帰国は不可能で現地でも監視付き。

 自分から望んで追放されたところで、スローライフなど待っていない。

 追放先で助けてくれるイケメンもいない。


 ハッキリ言って、「どないせいっちゅうーんじゃ!」と言うポジションのキャラクターだ。

 しかもゲームのエンディングでは、各登場人物の後日談の中で碌でもない末路が揶揄されている事が多い。

 阿片漬けで妓楼にいたら運が良い方。大抵は選り取り見取りの死亡エンドが待っている。

 餓死、凍死、溺死、暗殺、毒殺、銃殺刑。人体実験なんてものまであり、お好みのものをご用意しましたと言わんばかりだ。

 中にはゲーム中に暗殺されることまである。


 けどそれは、これから16年も先の出来事。

 しかもこれはゲームのキャラの事であり、私のことではない。

 私は「鳳玲子」。

 まあ、将来は鳳凰院玲華と似た境遇になるのかもしれないが、それは今は考えないでおく。何しろ今の私は、たった3歳の幼女に過ぎない。


(ていうか、何で3歳なの?)


 というのが、次なる疑問だ。

 普通の転生なら、生まれた時から人生再スタートだろう。仏教の教えならその筈だし、ゲーム要素、物語要素を排除した上での当たり前だ。

 けど実際に私が目覚めたのは3歳。しかも関東大震災という日本史上屈指の大災害の日。

 きっと、碌でもない裏があるに違いないと勘ぐってしまう。

 

(いや、ポジティブに考えよう。まだゲームの外の時間だから、好きにして良いに違いないよね。そもそもどう見ても現実そのもので、状況が偶然ゲームに似ているだけよ。その証拠に、設定とは少し違っているものね)


 取り敢えず少しでも楽観的に考え、私のこれからの人生設計を考えようと心を強く持つ。

 それでも疑問は残っていた。


(この体、私がこうして私って意識するまでの記憶があるのよね)


 そう、見知った顔や場所など、転生前の私が知らない知識をちゃんと覚えていて認識できている。つまり私の意識が覚醒するまでも、この体はこの世界でちゃんと生きてきたのだ。

 ただし3歳の9月1日まで。

 それまでの意識、いや人格とか魂はどうなったのかという疑問が続いて湧き起こるが、その存在や痕跡などを記憶から伺い知る事は出来そうにない。

 私が何かしたのかもしれないし、私をこの体に放り込んだ私の知らない「誰か」や「何か」が、どうにかしてしまったのかもしれない。だが、それを知る手段はない。

 今の私は単なる幼女。

 それにこの世界には、魔法や超能力など不可思議な事を知る手段はない。更に言えば、私が転生する前の世界の、西暦で20世紀前半の時代になる。

 

(分からない事だらけね。それにしても、乙女ゲームならこんな幼女じゃなくて、ちゃんと16歳の恋愛が出来る年齢にして欲しかったわね。ゲーム自体を捻じ曲げるくらい、内容全部覚えているから簡単なのに)


 何も分からない以上、取り敢えず3歳の幼女から人生を再出発させるしかないらしい。

 そしてこの時代の日本にはまだ珍しい豪華な車に乗って、関東大震災で廃墟となった横浜から東京の山の手へと進み、私が過ごすべき場所へと到着した。



(さあ、私のゲーム開始よ)

 

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