002 「覚醒」


「どわああぁぁぁ〜っ!」


 凄まじい揺れが私の全身を揺さぶっていた。

 何が揺さぶっているのか?

 問うまでもない。地震だ。私だけでなく全てが揺れている。

 しかも大きな地震で、多分震度5か6くらいだろう。地震に慣れっこの関東民だが、この規模は久しぶりだ。

 もともと北関東沿岸部出身なので、この規模の揺れには身に覚えがあった。思い出したくもない、日本の半分を覆った大災害の記憶だ。

 そして悪い考えが頭をもたげてくる。


「だ、第二次関東大震災ってやつ〜っ?!」


 地震に揺られながら、私は地震に負けないよう絶叫する。

 そう、日本人たるもの少々の地震ではへこたれないのだ。多分。

 しかし最悪の事態が起きる。

 轟音の中、さらに大きな轟音とともに私のいる部屋、いや建物が崩れた。しかもかなり盛大に。


「!!」


 既に四つん這いになって近くにある机の下に逃げ込んでいたので、現状ではこれ以上何もできない。

 大自然の力を前に、人がいかに無力なのかを思い知らされる。

 しかし私には幸運が味方したらしい。揺れが収まっても、私は意識を保っていた。それどころか痛いところは一つもない。

 そこで恐る恐る目を開けて周囲を伺う。


 そこは洋館の中だった。

 しかも私の知らない。


「ここ、どこ?・・・っ!」


 思った刹那、私の頭にもう一つの記憶が濁流のように流れ込んでくる。

 いや、違う。説明し辛いが、記憶が混ざる感じだ。


(誰と? 何と? えっ? これ何?)


 そのまましばらく二つの記憶、いや二人分の記憶がせめぎ合っていた。

 そしてまるで頭の中が大地震のようになったが、それも時間とともに徐々に収まりを見せる。

 何かに定着する感じで、時間が経てば経つ程どちらもが「私」の記憶だと思えるようになった。


 そしてようやく、少しは冷静な思考を巡らせられるようになってきた。

 どれくらい経ったか分からないが、とにかく大きな地震が起きて、今いる建物が崩壊したのは確かなのだ。

 この危険な建物の外に出ないといけない。

 できれば、頭を保護するクッションでもあればと、再び目を開いて周囲を見渡す。


 やはりそこは煉瓦造りの洋館だった。半壊した建物の窓からは日差しが入ってきているので、おそらく昼間。しかし、改めて見たところで全然知らない場所だ。

 そしてそこに、この少し前の記憶が蘇ってくる。


(そうだ。私、横断歩道を渡っている時、信号無視で突っ込んできたトラックに撥ねられたのよ!)


 そう思って再び周囲を見る。

 洋館、つまりここはヨーロッパのどこかだ。建物は恐らくビクトリア王朝風だが、地震があったと言う事は地中海沿岸かもしれない。気候も日本の夏のような感じがする。

 そこまで思考が進んで、一つのオタク的な願望が頭をもたげる。


(もしかして、これが異世界転生ってやつ? ちゃんとトラックに撥ねられたし、この状況は期待しても良いわよね!)


 そう思いつつ状況をさらに推測する。

 交通事故の衝撃と地震の衝撃で何か不可思議な事が起きて、私が異世界転生を無事遂げたのではないか、と。


(けど、異世界転生なり召喚なら、チートをくれる神様とか精霊とかに先に出会ってないといけないわよね)


 そう思うが、ここはどう見ても現実世界だ。ゲームっぽさもない。それどころか、地震の影響で凄く埃っぽい。

 だが、ここが洋館という事が、私に期待を抱かせ続けた。

 だから、いつまでも四つん這いを止めて立ち上がろうとする。

 そこで次の違和感に遭遇した。


(アレ? 手足が小さい? それはそれで可愛くて良いかも)


 度重なる衝撃を前に、私の思考は少しパニクっているらしい。逆にそう思えるという事は、思考の一部は冷静でもある証拠だ。

 だから冷静に、少しでも冷静に周囲を観察する。そして当然の回答に行き着いた。


「……ん? て、手が小さいって、手だけじゃない! 私、 小人(こびと)になってるーっ!!」


 それが私の第一声だった。

 そしてその声に応える声が少し遠くから響く。


「お嬢様! ご無事ですか、お嬢様!」


 私の記憶ではないが、声には聞き覚えがあった。曾お爺様に仕えている筆頭執事の時田の声だ。

 見た目も声もいぶし銀のように渋い、ロマンスグレーな年寄り属性を持つ者向けの典型的と言える容姿の持ち主。

 しかし今は、その渋い声に焦りが見られる。


(時田にしては珍しい。それだけこの地震は大災害だったんだ)


 冷静にそう思いつつ声を上げる。


「時田ーっ! 私は大丈夫ーっ!」


「はいっ! では、そこを動かないで下さい。すぐに助けに参ります!」


「分かったーっ!」


 全力の大声は、どう聞いても幼女の拙い高周波のキンキン声。

 自分で叫んでおきながら煩くてかなわない。


(けど、どうして私は時田を時田って分かったの?)


 そう、おかしい。

 私がトラックに撥ねられて異世界転生したと仮定した場合、この世界に知っている者がいる筈ない。

 つまり別の状況という事だ。そしてすぐに思い当たることに行き着く。


(洋館、執事の時田、それに地震・・・これって『黄昏の一族』の世界なんじゃあ)



 『黄昏の一族』とは、所謂「乙女ゲーム」と呼ばれる作品の一つ。

 その名の通り、かつて権勢と栄華を極めるも斜陽した一族とその屋敷を舞台とした、女性を主人公とした恋愛シミュレーションゲームの事だ。

 私も少し前にこのゲームに深くハマり楽しませてもらった。

 「歴女」である私としてはどストライクの作品で、作中でネームド、歴史上の人物と多く関わる事も、このゲームの売りの一つだった。

 また、背景とした時代を反映して、ヒロインですら事実上のバッドエンド、ビターエンドが多い事で有名でもあった。

 それ故に一部に熱狂的ファンを持っていた。


 そしてもしそうならば、この世界はよくあるヨーロッパによく似た異世界ファンタジーの世界ではない。

 いや、広義には異世界なのだろうが、一種の並行世界や過去の世界だ。そして何の平行世界なのかと言えば、私の過ごした現実世界の少し過去の世界になる。

 そしてその世界での地震、中でも作品内の世界背景に関わる地震と言えば一つしかない。


「この地震って関東大震災そのもの? じゃあここは1923年9月1日の東京だって事?」


 口にしてみたが疑問は尽きない。


(転生はこの際脇に置いておこう。いや、死んだから過去に転生したと考えるのが無難だけど、ゲームと同じ世界の状況、特に私がお嬢様で時田を執事だと理解している私は誰?)


 少なくとも、最初に思った小人でないのは確かだ。

 そして今この時が関東大震災の日であるなら、ゲーム開始時点から10年ほど遡っている事になる。

 つまり今の私は、ゲームから13年前の姿の可能性が凄く高い。

 そう言えば時田の声も、ゲームで聞いた声より少し若作りな気がする。


(これって小人に転生したんじゃなくて、純粋に幼いんだ。えーっと、ゲーム開始が陸軍のクーデター後の春だから、今はその13年前。ゲーム開始時点から逆算して、今が幼女の年齢になる女性キャラ。執事からお嬢様って呼ばれるキャラって、確か二人居たわよね)


 さあ、どっちだ。

 それによって私のこの先の未来が決まる。少なくともこの世界がゲーム『黄昏の一族』が具現化なり現実化した世界だと仮定した場合、『とあるキャラ』だと碌でもない末路しか待っていない。

 もちろん、昨今よく見かけるようになった逆転作品のように、『とあるキャラ』でも破滅を回避する事は難しくはない。そう出来るだけの知識を、私は持ち合わせている。

 けど、歴史が現実に極めて良く似ているのなら、ゲーム内での破滅を回避しても、この国そのものが来るべき戦争に負ければ、ゲーム的には強制イベントが待っている。

 そしてこの国が戦争に負けると、二人のうちのどちらであっても地位と財産を失ってしまう。


(どうしよう。このままじゃあ確実に破滅しちゃう!)


 そう焦る私の耳に、私の事を懸命に探す執事の声が響いてくる。


「お嬢様、玲子お嬢様! そこにいらっしゃるのですか? すぐに参りますので、そこを動かないで下さい!」


 その声を聞いて、意識が遠ざかるのを感じた。


(れ、れいか、ですって? 悪い方だったなんて。ああ、破滅の音が聞こえる・・・)



________________________


関東大震災(かんとうだいしんさい)


関東大震災は、1923年9月1日11時58分32秒に発生した関東大地震によって、南関東および隣接地で大きな被害をもたらした地震災害。

死者・行方不明者は推定10万5,000人で、明治以降の日本の地震被害としては最大規模の被害となっている。


同じ日は、帝国ホテルのライト館と呼ばれる建物の竣工式だったが、建物はほとんど無傷だったそうだ。

それに引き換え、震源地に近い横浜は壊滅。特にレンガで造られた神戸より規模の大きかった旧外国人居留地は壊滅。

その瓦礫の一部は埋め立て処分され、現在は山下公園になっている。

今回の舞台も、そんな屋敷の一つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る