第7話 魔法界

 何から話せばいいのかしら……。

 まず、魔法界の爵位についてね。

 中世ヨーロッパに、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五つの爵位があったのは知っているかしら。

 今は、これらの階級が使われていない国も少なくないけれど、魔法界では古くからあるこの階級が使われているわ。

 その中でも、最も位が高い〝公爵家〟―――。その中の一つが、私たちの生まれたロレンス家なの。

 魔法界は、人間界の爵位と違って、長男だけが継げるものではないわ。そう、女子でも継げるのよ。

 リフィア姉さんは長女だから、本当なら次期女公爵ってわけ。

 ああそうね、名前のこと。

 リフィア姉さんは、人間界では「綾葉あやは」って名乗ってるみたいだけど、本当の名前は「リフィア・ロレンス」よ。

 




 「そうなんですか。それにしても、どうして綾葉さんは公爵家を継ぎたがらないんですか?」


 美織みおりが一番の疑問をルシアにぶつけた。


 「それを説明するには、魔法界の迷信についても話さなければいけないわね」





 ちょっと話は飛ぶけれど、後でつながるからとりあえず聞いてちょうだい。

 〝オッドアイ〟って知っているわよね。

 そう、左右で色の異なる虹彩こうさいのことよ。

 オッドアイは、魔法界では忌み嫌われているの。

 なぜかって?

 そうね、希少性っていうのもあると思うし、他にもいろんな噂があるのだけれど、よく聞くのは〝持つべきものが欠落して生まれてきた者〟だから、というものね。

 左右で目の色が違うだけで、それを〝欠落〟と呼ぶかは少し疑問だけど、迷信だから、詳しくはわからないわ。

 でも、魔法界の人たちは迷信深いから、そういう曖昧なものも、結構信じちゃうの。

 実は、リフィア姉さん―――そうね、あなたたちの呼び方を使うなら綾葉は、オッドアイなのよ。

 そのせいで、魔法界ではあまり好かれてなかったわね。父上と母上も、リフィア姉さんに跡を継がせるのは渋ってたくらい。

 でも、公爵家で、長子ちょうしが健在なのに、跡を継いだのが次子じし、なんてことは本当に異例なの。だから結局、姉さんに跡を継いでほしいってことになったわ。それに姉さんが持っている魔力はとても強いの。

 今は、目は両方とも青く見えるけど、多分カラコンか何か使ってるんじゃないかしら。





 「――……っ」


 美織は息をのんだ。

 かなでも目を見開く。

 ―――あの、吸い込まれるような青、いや、蒼色の瞳の、片方がカラーコンタクトだなんて。

 綾葉と出会った日を思い出していた美織には、とても信じられない。


 「そのオッドアイのせいで、リフィア姉さんは私たちロレンス家の人たちに疎まれているわ。でも、流石さすがに爵位を継がせないわけにはいかないじゃない?由緒正しい血筋だし。だから、私は父上に頼まれて、わざわざ人間界までリフィア姉さんを呼び戻しに来たの」


 シン……ッ、と店内が静まり返った。


 「ルシア。話は聞かせてもらったわ」


 綾葉の、さっきよりも落ち着いた声が聞こえた。奏がふと横を見ると—――……


 「ひゃあッ!?」


 綾葉がいた。


 「私のこと、好き勝手言ってくれてるじゃない」

 「あら、好き勝手言ったからって、それが事実じゃないとは限らないでしょ?」


 言い返すルシアに、綾葉はため息をく。


 「そうね。少なくとも今回の場合は全部真実だったわ。でも、ルシアの想像で述べた言葉が一つだけあったわね」

 「かっ、カラコンのことですか」


 綾葉が、正解、と言うように微笑んだ。


 「—――それも、事実よ」

 「—――……」


 —――本当、なんだ……。


 「美織とひーくんには、だましているようで悪かったわね」


 綾葉が自嘲的じちょうてきに笑う。


 「騙してなんか、ない」


 一瞬、自分ではない誰かの声だと思うほど、その言葉は自然に美織の喉から出てきた。


 「オッドアイのせいで、いろいろ大変なこともあったんでしょう?そんなことがあったら、隠したくなるのは当たり前だよ」


 奏がそれに同調する。


 「それはそうだよな。綾葉さん、そんな酷いところからは、逃げても誰も文句なんか言わない」


 綾葉の顔が、一瞬くしゃりと歪み、慌てたように美織と奏から背ける。

 —――こぼれた涙を見せたくなかったからだ。


 (今までそんなこと言ってくれた人なんて、いなかった)





 実の父親、母親にまで嫌われる。

 妹は、やっと仲良くなった友達に、私がオッドアイだということを言いふらす。

 友達ができても、オッドアイだということを知り、口も聞いてもらえなくなる。




 

 お前なんか生まれてこなければよかった。なんでオッドアイなんだ。

 ごめんなさい、私、こんな子を産んでしまって。

 いや、ライアは悪くない。悪いのはこの子だ。





 ねえ、私、リフィア姉さんの妹なんだけど。リフィア姉さん、本当はオッドアイなのよ、知ってた?

 え、リフィア、オッドアイなの……?

 髪で目を隠していたから気づかなかった。

 怖ーい、何で今まで一緒に遊んでたんだろ。

 ありがとね、教えてくれて。





 私、何か悪いこと、した?

 オッドアイに生まれてしまったのは、私が悪いの?

 オッドアイの、何がいけないの?





 幾度となく自分に問いかけた質問は、人間界に来て出会った、綾葉にはまぶしすぎるほど純真無垢な子供たちに、全否定された。

 こんなにも自分を真っ向から信じて、肯定してくれた人なんて、今までに一人も……。





 ルシアが苦々し気に、美織に向かって吐き捨てる。


 「人間界で認められたからって何よ!何か誇れることでもあるわけ?」


 ルシアの剣幕に押され、美織の肩がビクリ、と震える。

 —――私の中に、初めて芽生えた気持ち。

 それは、美織と奏を守り抜きたい、という、強い決意だった。

 私はどんなに責められてもいい、でも、その矛先があの子たちに向くことだけは許せない。


 「帰って」

 「な……ッ」

 「帰ってくれない?ここは私の店なの」


 綾葉は凛とした声で言った。


 「私には公爵家を継ぐ意思はない、とさっきから言っているのに、まだわからないみたいね。—――この際だから言いたいことは全て言うわ。あなたたちがどんなに頼み込もうと、過去の過ちを反省して謝罪しようと、私は公爵家は継ぎません」


 そう宣言する綾葉は、ルシアを睨み続けている。

 美織はその瞳に、チロチロと燃える、静かな青い炎を見た。

 —――美しい瞳だった。


 「は、反省なんて、誰がするもんですかッ!」


 見苦しい捨て台詞ぜりふを吐いて、ルシアはカフェを出て行った。

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