第5話 おっ、お客様ですか……?

 翌日の放課後。


 「こんにちは~!」


 満面の笑みの美織みおりが、ゲッソリした顔のかなでと共に、青空カフェにやってきた。

 綾葉あやはが笑顔で迎える。


 「あら、お疲れさま。……って、もっとも美織ちゃんは疲れてないみたいだけどね。ひ―くん、大丈夫?かっこいい顔が台無しよ」

 「大丈夫、じゃない……」


 かすれた声で答える奏。


 「どうしたの?」

 「谷崎たにざきの奴に校門前から引きずってこられたんだよ……。アイツ、足速いから、ちょっとした絶叫マシーン並みだった……」


 奏は絶叫系は苦手なタイプだ。


 「ん―――?奏、何か言ったかなぁ—――?」


 美織が微笑みながら近づいてきて、奏の胸倉を掴む。


 「ヒッ……、なっ、なんでもないです……っ」


 じりじりと後ずさる奏。

 綾葉が、こらえきれずに笑い声をあげる。


 「二人とも、仲良くなったわねー。美織ちゃんなんて、ひ―くんのこと名前で呼んじゃってるじゃない」

 「え、だって『氷室ひむろ君』ってなんか他人行儀じゃない?かといって『氷室』って呼ぶのも変な気がするし」


 美織はそういう考え方なのだ。


 「俺は、どんなに長くても『氷室君』って呼ばれる方がいいって言ったんだけどな。呼ばれ慣れてるし」

 「えー?そんなに嫌なら奏も私のこと名前呼びすればぁ?」


 その言葉に、奏の顔が赤くなる。


 「それっ、学校で聞かれたら、どんな勘違いをされることかっ」

 「仲いいなー、って思われるんじゃない?」


 適当な美織の答えに、奏が投げやりに言う。


 「そんな軽い感じで済むかっ。美織、お前もうちょっと異性の友達との関わり方について考えろ!」

 「「あっ」」


 美織と綾葉の声がシンクロした。

 二人は、目をしばたたかせる。


 「は?」


 一拍遅れて二人の様子に気づいた奏は、怪訝な顔をする。

 そして、美織と綾葉は、顔を見合わせて笑い出した。


 「何なんだよっ?」


 笑いすぎて出てきた涙を指先で拭いながら、綾葉が言う。


 「ひ―くん、今『美織』って呼んでたよ?」

 「うっそだろ……」

 「ホントだよー」


 少しだけ頬を染めて嬉しそうにしている美織を見ると、奏は、名字にこだわっていた自分が馬鹿らしくなってきた。


 「わかった、わかった。今度から名前で呼んでやるよ」

 「やったぁ」


 そんな、他愛もない会話をしていると……


 カラン、カラン。


 入口の扉につけられている、小さなベルが鳴った。来客だ。

 すかさず綾葉が笑顔を作る。


 「いらっしゃいませ」


 いつでもエプロン姿の綾葉と違い、学校帰りで制服姿の美織と奏は、急いでバックヤードに引っ込む。

 そして、ダークブラウンのギャルソンエプロンを身に着けた。

 二人でカフェの方に戻りながら、小声で会話をする。


 「奏もカフェを手伝ってたとはねー」

 「俺は下宿までさせてもらってるんだ、本当はそれだけじゃ足りないだろ」

 「いやー、奏のそういうところ偉いと思うよー?」




 

 青空カフェでは、お客さんにスタッフの名前を名乗ることになっている。

 綾葉が言うには、


 「その方が距離感が縮まると思わなぁい?」


 ということだ。

 二人でカフェのカウンターに立ち、仕方なく名前を言う。

 客の少女は、ペコ、と会釈えしゃくを返した。

 座席側にお客さんのオーダーを取りに行っていた綾葉が戻ってくる。


 「ホットコーヒー。ミルクは要らないって」


 コーヒーなら奏の仕事だ。

 そう思った美織は、お客さんを上目遣いでこっそりと観察した。


 ―――私より、少し年上に見える女の子。高校生くらいかな?


 制服を着ていて、少し茶色がかった髪をハーフアップにしている。

 整った顔なのだが、その表情は沈んでいる。


 (どうしたんだろう……。)


 奏が、出来上がったコーヒーを少女の目の前のカウンターに置いた。


 「あ、ありがとうございます……」


 出されたコーヒーに口をつけ、その少女は、はぁ……、とため息をいた。


 「お客様。当店自慢のコーヒーはいかがですか?」


 ほんわかした笑みを浮かべて、綾葉が話しかけた。

 少女は、肩をビクッと震わせて、驚いたように綾葉を見つめる。

 そして—――……泣き出した。

 流石さすがの綾葉もぎょっとした顔をする。

 少女がしゃくりあげながらも言う。


 「……ご、ごめ……なさ、い」


 綾葉が少女の背中を、優しくさする。


 「大丈夫よ。泣きたいときもあるわよね」


 —――ありがとうございます。

 少女は、つっかえながらそう言った。





 少女が落ち着くと、綾葉は聞いた。


 「良かったら、お名前を教えていただけるかしら」


 その少女は、藤田美空ふじたみそらと名乗った。

 綾葉が優しく問う。


 「もしよければ、あなたのお悩み、私にお話しくださいませんか」





 美空はポツリ、ポツリと語り始めた。


 「私……、いじめられてるんです」


 美織は息をのんだ。

 —――私と、一緒だ。この人も、つらい思いをしているんだ。

 そう思うと、なぜか親近感が湧いてきた。


 「きっかけは、本当に些細なことで……」




 

 ある友達に、遊びに誘われた。

 ちょうどテストが近づいていたので、勉強のため、美空は断った。

 —――きっとわかってくれるはず。

 しかし、美空の想像に反して、友達の反応は冷たいものだった。

 —――美空、私よりも勉強が大事なんだ。

 次の日、学校に行くと、チャットアプリか何かで情報が回ったのか、もう、美空は誰の相手にもされなくなっていた。 

 —――いじめとは、そんなものだ。理不尽な理由で、理不尽にいじめられる。





 話を聞き終わると、綾葉はもう一度美空の背に手を当てた。


 「美空さん。あなたは悪くないわ。理不尽な人たちに負けては駄目。あなたは正しいのよ」


 綾葉は、美織にしたのと同じように、一つ一つの言葉を諭すように、きっぱりと言いきった。


 「—――っ、ありがとう、ございます……っ」


 美空はまた泣き崩れた。

 今度は悲しいからではない。自分のことを理解してくれる人がいることが、嬉しかったのだ。

 —――良かった。わかってくれる人が、いる。





 「美空さん。うちの歌姫の美声を聞いてみない?」


 綾葉が、少しからかうように言った。


 「え—――っ、綾葉さん。そんな無茶ぶりは良くないと思いますーっ」


 美織が唇を尖らせる。


 「しかも私、今日がお客さんの前で歌うの初なんですよ?」


 そのおおらかな雰囲気にのまれ、美空がやっと笑みをこぼした。


 「私、聞いてみたいです。美織さんの歌」


 —――名前、憶えててくれたんだ……。

 美織は少し嬉しい気分になった。


 「美空さんが言うなら……歌っちゃおうかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る