第4話 え、嘘でしょ?
「えっと—――……。
「あのね、私、魔法使いなの」
そう言う綾葉さんの顔は、大真面目だ。
—――空耳じゃなかったか……。
「本当、なんですね……」
美織はゆっくりと息を吐いて、カフェの天井を仰いだ。
私は綾葉さんのカウンセリングのおかげで、いじめに立ち向かう勇気ができた。
—――そんな人が私に嘘をつくわけがない。
「でも、一応、証拠を見せてもらえませんか」
「いいわよ」
綾葉は、一旦カフェの奥に引っ込むと、何やら木の枝みたいなものを取り出してきた。
「本当に杖ってあるんですね」
「そうよ。何の魔法がいい?」
美織は少し考え、言った。
「何の魔法ができるんですか」
「私の適性魔法は『治癒』だけど……」
適性魔法とは、魔法使いが十二歳になったら受ける、「適性魔法判別試験」によりわかる、個人の得意な魔法のことだ。
例えば、綾葉のように適性魔法が『治癒』なら、医者 (もちろん魔法界の) になるのに有利だ。
しかし、適性魔法が『治癒』でない魔法使いも、怪我の応急処置くらいならできる。つまり、適性魔法は自分の優れている魔法のことなのだ。
「へえ……適性魔法、っていうのがあるんだ……」
「面白いよな」
既に綾葉に魔法界について聞いていた
「じゃあ……さすがに今、治癒魔法は使えないと思うので、水、出してみてくれませんか?」
「わかった」
綾葉さんは、洗い物用のシンクの前に立ち、杖を構えた。
そして—――、杖をくるっと一回転させると、上に振り上げ、下に切るように動かした。
一瞬の間の後……、バケツをひっくり返したような、大量の水が降ってきた。
「信じていただけたかしら?」
少しからかうような色を含んだ表情で綾葉が笑う。
「はい。信じます」
「良かった」
奏は頬杖をついて一部始終を見ていた。
「
「うん、まあ。ここで暮らし始めたときに聞いた」
「っていうか、日常でも魔法を使うから、ここに住むならいつかはバレることなのよね」
でも、なんか嬉しいな。魔法使いは、本当にいたんだ。
それに、これからここで働けるなんて、夢みたい……っ!
「そうだ、でも
え—――……。お母さん、かぁ……。
「あの……お母さん……?」
翌朝。美織は、思い切って母親の
「なぁに?」
美織は深呼吸をして、決意を固める。
「私……、カフェで働きたいの!」
沙織は、数秒間呆気にとられた顔をする。直後、笑い声がはじける。
「なんだ、そんなことなの?」
「えっ、私、結構勇気出して言ったんだけど……」
くすくすと笑って沙織は言う。
「バイトくらい、いいわよ?」
「でも、学校では禁止だし、普通に法律でもダメじゃん」
「ん……、確かにそうね……。あっ、お金をもらわなければいいんじゃないかしら」
美織は、
「そうじゃん!」
「そのカフェにはいつご挨拶に行けばいいの?」
「え、ちょっとわかんない。明日聞いてみる」
よろしくー、と沙織はひらひらと手を振った。
「綾葉さんっ。母が、今度挨拶に来たいって」
翌日の放課後、美織は奏と一緒に下校し、また青空カフェに来た。
「あらっ、お母様が?」
「そう。でも、魔法使いについては言わないで。現実的な人だし。それと、忙しい仕事だから、いつ来れるかわからないって」
「いつでもいいわよ。お母様はどんなお仕事をなさっているの?」
「看護師」
あら、私の仕事と似てるわね、と綾葉が関心を示す。
「あれ、綾葉さんの仕事って、カフェのオーナーじゃないの?」
「表向き—――つまり人間界ではね。魔法界での仕事は医者よ」
へぇ—――、かっこいー。
「まあ、医者の仕事もこの建物の屋根裏部屋でやってるんだけどねぇ」
「えっ、なんで屋根裏部屋なの?」
「窓があるの。ちょうど箒に乗った人が通れるくらいの」
そう聞いて、美織は目を輝かせた。
「え—――っ!魔法使いって、本当に箒で飛ぶのっ!?」
「飛ぶわよー」
キャアキャアと騒いでいる女子二人を横目に、奏は、よくそんな話題で盛り上がれるな、とボヤいた。
数日後、都合がついた沙織が、美織の案内で青空カフェにやってきた。
「美織さんのお母様ですね、どうぞ、お座りください」
「いえ、お気遣いなく」
と言いながらも座る。
コーヒーと紅茶、どちらがいいですか、と尋ねる綾葉。
「いえっ、本当に大丈夫ですからっ」
「そうですか……」
「それより、お仕事の内容について
沙織が話を本題に切り替える。
「そうですね、美織さんには、このカフェで歌っていただきたいんです」
歌、ですか……?
戸惑った様子の沙織に綾葉が説明する。
「美織さん、歌うのがすごく上手なんです」
「そう、なんですか……」
「はい。それで、このカフェに来るお客様のために歌っていただきたいと思っています。私はカウンセリングの資格を持っていて、お客様のお悩みをお聞きすることもあるのですが、なかなか緊張を解いてくださるお客様は少なくて……。美織さんの歌声には人を癒す力があります。そこで私に協力していただきたいんです」
美織は、いじめのことについて触れないでくれたのが嬉しかった。
「わかりました。美織がやりたいというなら、応援したいです」
「ありがとうございます。ところで、バイト代のことなんですが……」
「バイト代」という言葉を聞くと、沙織が慌てたように立ち上がった。
「あのっ、流石にお金をいただくわけには……」
アワアワしている沙織を見て、綾葉がにっこりと微笑む。
「大丈夫ですよ。代わりになる何かをお渡しさせてください」
「そうでしたら……。夕食をここで食べさせていただくことは可能ですか……?」
沙織は、早く家に帰ってこられることが少ないので、美織に一人で夕食を食べさせていることを申し訳なく思っていたのだ。
「もちろんです」
それを聞いて、沙織は心底ホッとしたように笑う。
「ありがとうございます……!」
「はい。それでは、明日から、でよろしいですか?」
「美織、いいわよね?」
美織ははじける笑顔で答える。
「もっちろん!」
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