第2話 「氷の王子」

 成績優秀、容姿端麗、それに冷静沈着。この三つの言葉が「氷室奏ひむろかなで」というものを的確に表していると思う。


 一学期の中間テスト、奏は学年一位だった。その後も学年一位の座は譲られることなく、現在、二学期の期末テストを控えた十月に至る。

 見た目は、控えめに言えばイケメン、というほどの絶世の美少年。入学直後に告られたそうだが、「迷惑」の一言で片づけたという逸話を持つ。この出来事から、彼は、通称「氷の王子」と呼ばれるようになった。主に呼んでいるのは女子だけだが。その後も彼に告白するものは何人かいたが、全員フラれたらしい。それから、彼に告白するものはいなくなった。しかし、中一女子のほとんどが所属するファンクラブがあるとか、ないとか。

 奏は、学校でも友達を作らず、一人で文庫本を読んでいることが多い。


 —――同じ「一人」でも、いじめられている私なんかとは大違いかな。




 

 「あれっ、ひーくんと美織みおりちゃんって知り合い?」

 「知り合いっていうか……クラスメイトです……」


 基本的に表情を変えない氷室君でさえ、目を見開いている。


 「谷崎たにざき……美織さん」


 氷室君に名前を覚えてもらってたなんて。いかにも「他人に興味ありません」って顔してるのに。


 「えっと……、氷室君って、綾葉あやはさんとどういう関係?」

 「あ―――……」


 奏は目を伏せた。


 「私の家に下宿してるんだよね、ひーくんっ」


 綾葉が助け舟を出した。

 それより……ひーくんってなんだ……?


 「あだ名よ、あだ名」


 綾葉さん……ネーミングセンスが壊滅的……。


 「そーだっ、美織ちゃんにもあだ名つけなきゃっ」

 「……例えば?」


 あだ名によっては呼んでもらってもいいかもしれないし。


 「んー、みーちゃん、とか?」

 「却下です」


 あああ~~~……と残念そうな声を上げる綾葉。


 「っていうか早く私の悩みを聞いて下さい」

 「あっ、そうだよね、そのために来たんだもんね」

 「悪いな、谷崎。綾葉さん、こういうところがあるんだよ」


 ……。


 「氷室君、氷の王子って呼ばれてるのに、けっこう優しいんだね」


 美織がそう言うと、奏は頬を赤らめた。


 「え、俺、そんな風に呼ばれてるの……?俺、一人でいるのが好きなだけなんだけど……恥っず……」


 なんか、ちょっと……かわいい、かな?


 「でっ、谷崎、悩み相談、だろ?」

 「あー、そうだった」


 綾葉がカウンターの席を勧める。


 「では、お悩み、お聞きします」





 美織の悩みは、学校でいじめられていることだった。


 「きっかけは、本当に些細なことだったんです」


 音楽の授業で、美織が歌う時にだけ、一部の女子がコソコソと耳打ちし合って、時々美織の方を見て笑ったりするのだ。

 それに気づいた美織は、やめてほしい、と直談判したが、真剣に取り合ってもらえなかった。

 それからもコソコソ話は続いたので、今、美織は歌うのをやめ、口パクで授業を受けている。

 




 「それは……ひどいわね……」


 美織は沈んだ顔をしている。


 「先生には言ったの?」

 「言えませんよ、こんなこと。先生だって具体的な解決法を示してくれるわけでもないし、当事者じゃないんだから私の気持ちなんてわかるわけもないし。第一、先生に言えばあの子たちからのいじめがエスカレートするってことは目に見えてます」


 女子って大変だな……と奏が呟いた。


 「ということは、美織ちゃん。あなたの一番の悩みはいじめをやめてほしいわけではない、ということね?」

 「はい」

 「じゃあ、どんなことが悩みなのかしら」

 「それは―――……」





 —――歌のテスト。

 今から一週間後に控えている。成績にも関わるので、口パクで受けるわけにもいかない。


 「あー。あったな、そんなもん」

 奏が反応した。

 「歌のテストまで笑われるなんて絶対に嫌」

 「そうだよねぇ、歌のテストはどうしようもないよね—――……」

 「そうなんです、歌いたいんだけど歌えない、みたいな。だから笑われたとしても歌える自信が欲しいなー、みたいな」


 美織がその一言を言った途端、綾葉が動きを止めた。


 「あの、どうしました?」

 「あ、えっと……。こんな相談してもらってるところでちょっと申し訳ないんだけど……」


 —――なんだろう。

 「ねえ、美織ちゃんってさ、本当は歌うの、大好きなんじゃない?」

 「—――っ」 

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