青空カフェ ~日頃のお悩み、お話しください~

宵待草

第1話 夢見る中一女子

 キーンコーンカーンコーン—――……。


 HRの終わりを知らせるチャイムが鳴るなり、谷崎美織たにざきみおりは、自分の机の横に置いてあったリュックサックをひっつかみ、教室を飛び出した。

 階段を三段飛ばしで下りていく。

 —――そんな美織を、どうしたのだろう、と気にする教師たちの顔が目に入るが、そんなことは気にしない。


 「ふうっ」


 短く息を吐く。

 一階まで下り、自分の下駄箱で靴を履いた美織は、また駆けだした。

 校門を出て、また走る。

 そうして走り続け—――着いた先は公園だった。

 美織はブランコに飛び乗り、立ちぎを始める。そして、勢いがついてきて一番高くなったときに—――飛びながら叫んだ。


 「なーんで現実に魔法使いが存在してくれないの—――—――!?」


 —――まあ、そんなこと叫んでも魔法使いが現れるわけじゃないけど。

 スタッ、と華麗に着地する美織。怪我一つない。身体能力が異常に高い美織だからこそできることだ。

 こんなこと、これから役に立つわけないけどね……。

 

 —――美織は魔法使いに憧れている。中一にもなって、子供っぽいとは思ってるけど、物語の中でキラキラと輝いている魔法使いには、憧れずにはいられなかった。

 でも、魔法使いが実際にいるわけがない、という考えを持ち合わせているほどには美織も子供ではない。現実は物語のようにはいかないものだ。

 もう一度ブランコを漕ぎ、飛び降りると、美織はため息をつく。


 —――魔法使いがいたら、こんなことにはならなかったのかな。


 でも、良い気分転換になった、と思い直した美織は、来た時よりも少しだけ軽くなった気持ちを抱いて歩き始めた。

 と、調子が良かったのは初めだけ。


 今日も一人の夕食か……。


 歩いていくうちに、美織の母が今日も夜勤なのを思い出したのだ。

 まあ、家に帰ってきたら帰ってきたで鬱陶うっとうしいって思っちゃうんだけどね。

 美織の母は看護師で、夜勤はしょっちゅう、たとえ早く帰ってきても、いつ病院に呼び戻されるかわからない。

 一人での夕食の時は、ダイニングに千円くらいが適当に置いてあって、美織は大抵コンビニでおにぎりを買い、残りのお金は自分のお小遣いに足してしまう。

 美織が項垂うなだれて歩いていると—――


 「きゃっ!?」


 —――誰かにぶつかってしまったらしい。


 「すみません!」


 急いで顔を上げると、大きなスーツケースを持った若い女性だった。

 —――あれ、

 黒いキャップに白いTシャツ、それとジーパン。どこにでもありそうな恰好なのに、なぜか心が惹かれる。

 —――目だ。

 美織は直感的にそう感じたが、確かにそうだ。その女性は日本人の顔立ちにもかかわらず、深い青色の瞳をしていた。いや、「青」ではなく「蒼」というべきか。

 美織が思わずその瞳に見惚みとれていると、女性が華やかな笑みを向けた。


 「ごめんね、余所見よそみしてて」


 そのきれいな瞳にのぞき込まれ、ドギマギしながら美織は答えた。


 「いっ、いえっ。私も考え事をしていたのでっ!」


 考え事……か……、と呟きながら、彼女は何やら考える素振そぶりを見せる。

 どうしたんだろう、と美織が心配し始めるほどの時間ののち……


 「ねえ、あなた。何か悩んでること、ない?」


 —――ドキッとした。実はあったのだ、悩み事が。

 彼女はクスッと笑った。


 「図星ね」

 「そ、そんなにわかりやすかったですか」


 他人とはいえ、綺麗な女性に笑われてしまうと、いい気はしない。


 「ううん、そういう訳ではないけれど。—――悩み事があるなら、私のカフェに来ない?」


 —――カフェ。

 「いっ、行きます!」






 後になって思えば、その時、なぜ自分はついていってしまったのだろう、と美織は思う。その時あったばかりの他人なのに。

 —――しかし、その女性には、不思議と無条件で信じてしまうような「何か」があった。

 それは、ある意味何かの予感だったのかもしれない。





 「ここよ」


 —――なんておしゃれな家。

 それが美織の第一印象だった。スカイブルーの屋根の、西洋風の家。だけど、男性でも入れそうで、いわゆる「女の子!」という感じはしない。

 入口の前に、こんな立て看板がある。


 『青空カフェ ~日頃のお悩み、お話しください~』


 「いいでしょ、来てくれた人が青空みたいな笑顔になって帰ってほしい、と思って付けた名前なの」

 「それ、すごくいいです!」


 少し食い気味に美織は言った。

 素敵な名前……。


 「そうだ、自己紹介がまだだったわね、私、綾葉あやはって言います。よろしくね」

 「あ、谷崎美織です」

 「それじゃあ美織ちゃん、中に入りましょうか」





 「う、わぁ……」


 まず目に飛び込んできたのは、カウンター。小さな鉢植えがいくつか並んでいて、おしゃれな観葉植物が植えてある。天井にはシーリングファン。

 あれ、カウンターに誰か座ってる……。

 スタイルのいい男子。長い足を持て余すように組んで、文庫本を読んでいる。


 「ひ―くん」


 綾葉さんが呼びかけた。するとその男子が顔を上げる。


 —――え、嘘。

 「……氷室ひむろかなで……くん?」


 それは、私と同じクラスの男子、氷室奏君だった。

  

 

 

 

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