第18話 社会人は怖い①

 アノンは東京の千代田区に建てられた高層ビルを見上げる。均一に設計された高層ビルは遠目で見ると『圧巻』の一言に尽きる。他に建ち並ぶ高層ビルとは一線を画すほど長くて大きい。長方形でありながら洗練されたデザインに舌を巻く。


 入り口の前にはステンレス製のモニュメントのような物が設置されており、この高層ビルを使わせてもらっている企業名が並んでいた。そこには『ライブスタープロダクション』と『ロゴ』が刻み込まれている。そしてその上には『立川双愛ビルディング』と、この高層ビルの名前もあった。


「マジで緊張するんですけど……」


 アノンは尻込みしながらも、その高層ビルに入っていく。


 中にはビジネススーツを着た社会人が歩き回っており、自分の服装に違和感を抱いたが、どうやら私以外にも私服で歩いているおじさんもいると気付いて安堵する。ビジネススーツで来るのが基本! なんて暗黙の了解があったら事故だ。


 その可能性も未だに捨てきれていない。


 場違いな自分自身に身が小さくなった。それに先程から何人かの視線を感じる。遠目でチラチラとこちらを見ている社会人の方々に「やっぱり……私って場違い?」なんて弱気な気分になる。兄貴がいたら私は確実に後ろに隠れていた。


「ちょっと……あの子、可愛くない?」


「ハーフ? モデルさんじゃない?」


「俺、マジな金髪って初めて見た」


「午後の休憩まで頑張れそうだ」


「あんな彼女が欲しいよなぁ」


「お前じゃ無理だろ。まぁ、俺も無理だけど」


 そんな心情とは別に、周囲の社会人はアノンに視線を奪われていた。日本人離れした白銀の瞳と金髪は綺麗で、オドオドした雰囲気が保護欲をそそのかす。仕事中でなければ数名からナンパをされていたこと間違いなしだ。


 アノンはガチガチに緊張しながら受付に向かう。


「すいません。ライブスタープロダクションに呼ばれて来ました。神谷アノンです」


「あぁ、はい。ライブスタープロダクションは二十五階から三十階までとなっております。あちらにエレベーターがございますので、上がってもらって、そこに受付がございます」


「は……はい! ありがとうございやす!」


「ございやす?」


「いえ、すいません! 失礼しましたぁ!」


 アノンは失礼にならないようにトコトコと受付から離れる。


 内心では、あれ? ここが受付じゃ無いの!? なんで受付たくさんがあるん!? 社会人って、こんな訳わかんない場所で毎日仕事してんの? 最強かよ! と、受付の場所を探すだけで社会人への尊敬ポイントが増えた。


 それから物音一つ許されない緊張感をまとったエレベーターの中で、背後から複数のビジネススーツを着た社会人の方々に見られながら二十五階へ向かう。アノンは二度とこんな場所に来たくないと心の中で思いながら、綺麗に掃除された廊下を歩く。


 すると小さな個室にたどり着いて電話機が置かれている。


 え? これが受付? 電話ですんの? などと思いながら周囲を見渡す。左右にスライド式の自動ドアがあるので入ろうとした。しかし全然ドアが開かない。アノンは眉間にしわを寄せながらガラス製のドアの前でウロチョロしている。


「あれぇ? これってどうすんの? 電話って言っても電話番号とか知らない。いや、連絡先がメールに書いてあったなぁ。あんまり電話したくないんですけど……」


 そんなことを考えているとドアが開いた。見知らぬ社会人の方が反対から開けたらしく、アノンの事をチラッと見てエレベーターの方へ行ってしまう。アノンはチャンスだと思い、その隙に中へ入っていった。


 施設の中は雰囲気がガラリと変わり、おしゃれなデザインの内装になっている。木製で出来た壁にはアノンが大好きなVTuberのイラストやポスターが飾られており、ガラスケースの中にはLIVEで使った衣装がリアルで再現されて飾られていた。


 瞳をキラキラさせながら展示されている品々に視線を奪われた。奥へと進めばライブスタープロダクションのロゴと、その横にはデカデカと書かれたサインの一覧。


「マジで……オトノセカイ様のサインに、イスズちゃんのサイン! それにこっちはアカギ君のサイン! うほぉぉおお、こっちはマリネちゃんのサインまであるじゃん。ここは天国ですか?」


「ちょっとあなた!」


 そんなことを考えながらサインやイベントで使用されたグッズを見ていると後ろから声をかけられた。アノンは背筋を伸ばして「はひぃ!」っと背後に振り向く。するとそこには目付きの鋭い高校生ぐらいの少女が立っていた。ヤンチャな雰囲気があって髪の色も金髪に毛先だけ青っぽくなっている。


 二色髪の少女は「ムカつくぐらい可愛い。新人のスタッフさん? 手が空いてそうだから私の手伝いをしてちょうだい。文句を言われたら私の名前を出しておいて」


 そう言いながらアノンは見知らぬ少女に手を引かれて二十七階へと連れていかれる。エレベーターの中で「違います。私はスタッフじゃない」と言ったのに「関係ないわ。今は猫の手も借りたいからちょっと付き合いなさい。報酬は出すから気にしないで」と言われて連れていかれた。


 随分と強引な少女だと思いながら、手で引かれていく。


 しかしこの声に違和感がある。どこかで聞いたような?


 するとアノンの侵入を塞いだガラス製の自動ドアが設置されており、その少女は持っていたカードでそれを開ける。その時アノンは(これってカードで開けるんだ。もしかして不法侵入した?)などと一瞬だけ考えたが、その考えを止める。


 たどり着いたのは緑一色のスタジオ。所々に緑色の家具が置かれている。


 アノンと二色髪の少女は、そのスタジオの横に置かれた簡素なロッカールームでゴツゴツした衣服を着用してステージに上がる。それから同じ衣服を着たスタッフに言われるがままポーズを取った。


 すると撮影している偉そうなおっさんが「君、動きがいいね! 体も柔らかそうだからちょっとだけ動いてくれない?」と言われてアノンはよく分からないまま、名前も知らないスタッフと戦闘まで繰り広げた。


 アノンを呼んだ二色髪の少女は別のスタジオに行ってしまい、気付いたらアノンは一人で変なポーズやワイヤーアクションまでして、挙句の果てにバク転やダンスまでさせられた。終わった時には大量の汗を額から流してぶっ倒れる。


 ついでに約束の時間はとっくに過ぎていた。


「お疲れ様ね。今日の企画で使う素材がなんとか手に入ったわ。それにしてもあなたってすごいわね。まさかあそこまで人間離れした動きが出来るなんて。ダンスだって素人の意見だけど一番目立ってたわ」


 倒れているアノンに水を渡しながら二色髪の少女が言葉をかける。


「いや、マジで私は無関係なんですけど……それに約束の時間がぁ」


「安心しなさい。あなたのスケジュールは私がずらしたんだから責任は取る。といっても、文句を出す奴なんてほとんどいないから大丈夫よ」


「そう? ならいいけど」


「ところであなたってなにかやってたの?」


「え?」


「いや、あなたが体を動かしている時のスタッフの表情が面白くてね。私も驚いたけど人を殴る瞬間とか寸止めとは思えないぐらいギリギリだったじゃない? アクションのプロとか数人呼んだのに、あまりに寸止めが上手すぎて呆然としてたわよ」


「あぁ、兄貴との死闘でボコボコにされてるから間合いの把握は得意だよ。ダンスも兄貴みたいに頭で回ったり、倒立しながらぐるぐる回ったり出来ないから下手だし」


「ヘッドスピンにエアーね。あなたのお兄さんはウインドミルやパワームーブも出来るのかしら。もしかしてブレイクダンサー?」


「違う、一回だけ動画見たら出来るようになってた」


「フハハ! 冗談が上手いのね。そんな人間がいるわけないじゃない」


「だよね……」


 アノンは呆れながら、貰った水で喉を潤す。

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俺の妹が有名VTuber? なにそれ、美味しいの? 夢乃 @yumeno7777

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