第17話 シリアスな過去? それより変態?
アノンは兄貴の自転車を引きずりながら自宅へ帰宅した。あかりちゃんはどうやら朝方の六時ぐらいに来るらしいので部屋へ戻る。不思議と自分の部屋だけは綺麗に保たれていた。それ以外は兄貴の部屋を除いてボロボロだ。
工具やバットでゴキブリを潰そうと追い回した。そのせいで壁中に穴が開いて、通路を塞ぐようにバットや鉄パイプが刺さっている。一見すると暴力団の抗争後だが、これはアノン一人が数日の間でやらかした失敗の連続だ。すでに玄関なんて存在しないのでアメリカ人スタイルで冷蔵庫からいくつかの野菜を取り出して二階へ上がる。
そして自分の部屋の前で靴を脱ぐことが習慣となっていた。
「お腹が減ったなぁ。この展開は久しぶり」
机に置いてあるのは冷蔵庫の中に入っていたいくつかの野菜。それを食べながらペットボトルに入った水で喉に流し込む。そして少しだけ、ほんの少しだけベッドで横になって昔の夢を見た。それはアノンが兄貴と出会う夢だ。
「すぅーすぅーすぅー」
■□■□
【シリアス?①】
私はお母さんとロシアで過ごしていた。
アノンが五歳の頃――お母さんは姿を消す。それはなんの前触れもなく、気付いた時にはいなくなっていた。アノンは自宅に取り残されて、それから約二か月間を誰にも知られること無く自宅で過ごすことになる。お母さんは私にいつも日本語で接していた。
「あなたはいずれ、日本で大きな存在になる」
そんなことをお母さんは子守歌のように聞かせてくれた。だから私は、ロシアに住んでいるのに日本語の方が得意だ。五歳という幼い年齢で、自宅という小さな世界で生きていたから、この世界の全ては自宅の中で完結していた。
ネットはすごい……私は日本の文化に触れ続ける。
そんな異端な生活を五年も続けていれば他とのズレは広がっていく。お母さんが消えて最初の一日は不安で泣き続けた。それから泣き止むとお腹が空くんだ。私は自宅にある適当な食べ物を食べて過ごすことになる。
外に出ようとは思わなかった。怖かったから。
その時食べていたのはスポンジケーキだ。というよりもそれしか食べられそうな物が無かった。冷蔵庫の中身は食べていいのか分からない材料で、とても硬そうだ。五歳の少女には食べられない。だから唯一食べられそうなスポンジケーキだけを毎日少しずつ食べる。お母さんが帰ってきたら「勝手に食べてごめんなさい」と謝ろうと思っていた。
でもスポンジケーキなんて数日も持たずに無くなる。
「お腹空いた……お腹空いた……お腹空いた」
アノンは仕方なく冷蔵庫の中に入っている物を食べようとして、歯が取れて血が出た。これでは食べられないと感じてキッチンに合った『すりおろし器』っぽい物で粉々に食材を刻んだ。すると不思議で、私は食べられない物が食べられるようになった。
それから一ヶ月が経過すると固体が体を受け付けなくなる。
液体しか喉を通らない。ストレスが溜まる。
アノンは部屋中の物をぶち壊し始めた。そうすればお母さんが慌てて帰ってくると思ったからだ。口調だって女の子が使わない野蛮なものに変えて自分自身がここにいるという事を知らしめたかった。寂しかったんだと思う。一人が辛くて泣きながら周りの物を壊し続けた。そうしなきゃ自分を保てない。
最終的に警察が私を見つけた時――『化け物』と呼んだのを永遠に忘れることは無いだろう。その時の私にとっては人間でも『食料』だった。動けない体でも『血』という水分補給は出来る。人でも殺しそうな獰猛な表情を浮かべていたに違いない。
そんな時だったかな?
警察の後ろから二人の男がやって来たのは。
お父さんと兄貴だ。
お父さんの隣に立っていた兄貴が「神谷家の禁忌である外国の血を入れましたか。施設にいる『兄弟姉妹たち』が黙ってませんよ?」そう言いながら黒い瞳で私を覗き込んだ。そしていくつかのお菓子を兄貴は私に食べさせてくれたんだけど、大きくて吐き出してしまった。
最終的に兄貴が私に食べさせたのは『プリン』だ。
つまるところ私の大好物はプリン。兄貴の事は大嫌いだけどプリンのセンスは神過ぎる。喉をスルスルと通っていくしスポンジケーキよりクソ上手い。あの時の私は生まれて初めて恋をした。ガチ恋だ。私は永遠にプリンをリスペクトしようとこの日に誓う。
「それ……もっとぉ、寄越せよ。黒いの」
「お父様、この子はとても口が悪いようです」
これがアノンと兄貴の初めての出会い。どうやら兄貴の口の悪さはアノンの影響らしく、その張本人であるアノンは今では鳴りを潜めている。
知らず知らずのうちに逆転していた。
■□■□
アノンが目を覚ますと、目の前には猿轡をくわえながら決め顔をしている少女がいた。慌ててベッドから飛び落ちて後ろに後退る。そして同じベッドで寝ている少女があかりちゃんだと分かって胸をなでおろした。
あかりちゃんは茶髪のロングヘアで、小柄なのに胸がでかい。栄養の全てが胸に吸収されているんじゃないかと疑いたくなるほどでかいのだ。そして可愛らしいワンピースを翻しながらポワポワした表情で私を見ている。
猿轡を口からゆっくりと外してアノンに声をかけた。
「おはようございますぅ~とぉ~っても、かわいかったですよぉ」
「あかりちゃん久しぶり!! 私のベッドにいたから驚いちゃったよ。どうせなら起こしてくれれば良かったのに! 今日は本当にありがとうね」
「いいんですよぉ~ついでに私の頭をなでてほしいなぁ~」
「え? 別にいいけど」
アノンは特に気にすることなくあかりちゃんの頭を撫でまわした。すると「ついでにぃ~髪の毛を引き千切ってくださぁ~い」と言われたが「そんなブラックジョークはいらないって!」という、いつものツッコミを入れて中学校時代を思い出す。あかりちゃんはこういった冗談をよく口にするのだ。
それから自宅の外を見やると一台の自動車が止まっているが、なんか長い。五メートルぐらいある黒色の車だった。そしてスーツを着た外国人が何人も自宅の前に待機している。
私はあかりちゃんに先導されて、その長い車に乗り込んだ。
するとあかりちゃんはいつもの冗談でいきなり四つん這いになりながら「アノンちゃん、ここがぁ~空いてますよぉ」っと上に座れと言い出す。私は呆れながら「友達にそんなことするわけ無いでしょ。どこに座ればいい!?」っと明るく声をかけた。
そしてなぜかあかりちゃんが座った椅子の上に私は座っている。
「あれぇ~? 他にも椅子があるんだから別の場所に……」
「ダメでぇ~す。アノンちゃんはぁ、ここですぅ」
あかりちゃんは本当にスキンシップが好きらしい。中学校時代も良く私に抱き着いてきたけど、今でもその性格は変わっていないようで安心した。私はあかりちゃんに背中を預けて、後ろからゆっくりと抱きしめられる。
ん? なんかすごい息遣い? それに揺れてる?
「はぁはぁはぁ……まだ我慢ですぅ」
「どうしたのあかりちゃん?」
「なんでもぉ~ないですよぉ。良かったらぁ~これどうぞぉ」
あかりちゃんから手渡されたのは自動車のドア鍵のようなボタンだ。アノンは「これなに?」っと素直に聞くと「私のバイブ……じゃぁなくてぇ~呼び出しボタンですぅ」っと答えてくれた。どうやらこのボタンを押すとスーツを着た外国人の方が料理や飲み物を買ってきてくれるらしい。
「でもお金がなぁ~とほほ。多分このボタン使わないよ?」
「安心して下さぁ~い。しっかりとぉ……無料サービスついてますぅ。使わないとぉ~逆に勿体ないのでぇ~どうぞどうぞ」
「え!? マジで!?」
「はぁ~っあ!? ッ! ン~」
アノンは速攻でボタンを押した。それも何度も連続で。ここ最近、まともな食事を取っていないので無料なんて言われたら友達の前だろうと関係ない。こちらは命がかかっているのだ。どんなことがあろうとこのボタンだけは離さない。
するとボタンから『ご注文は?』と言われたので恐る恐る食べたい物を答えた。それから数分後に私が望んだ物がガチで届いてくる。それも赤信号で止まっている短い時間で素早くスーツを着た外国人が車の中に入って注文した料理を並べてすぐに消えた。
忍者もびっくりのとんでもないスピードだ。アノンは少しだけ感動した。
なんでだろう? あかりちゃんが先ほどからビクビクしている。
「あぁぁぁあ……っあ!? んぅ~きもぢぃ~」
「どうしたの? もしかして私が重いから!?」
「お願いしますぅ~離れちゃぁ~だめですよぉ」
「そう? やっぱりあかりちゃんの胸って柔らかいねぇ。ちょっと嫉妬しちゃうんですけど!? それに比べて私は現実おっぱいって兄貴に言われたんですけど!」
「へぇ~お兄さんはぁ~アノンちゃんのおっぱいを見たんですかぁ?」
「ん? 見られたことあるよ。吊るされたこともある」
「え?」
「あり得ないよねぇ~妹の裸とか全く興味ないんだよ!? これでも私って中学校時代に結構モテてたじゃん? それなのにあのクソ野郎は私の体を汚物扱いしたんですけど!? あり得なくない?」
「そ……そぉ~ですかぁ……(その男を今すぐ殺してやりたい。なんですか、それ? アノンちゃんはどう見てもSキャラでしょ? なんでそんなアノンちゃんをMキャラとして扱っているんですか? そんな羨ましい、じゃ無くて怪しからん奴がアノンちゃんのお兄さん。私だって未だにアノンちゃんに縛られて無いんですが? それどころか私を襲おうともしない。私なんてチョロインですよ? アノンちゃんが脱げと言ったら三秒で脱げる女です。それどころか、すでにびしょびしょなんですよ? ビンタされたらイキます。殴られてもアへ顔になります。そんな暴行を受けた後に「愛してる」の一言で恋の泥沼に落ちます。それぐらい、私はアノンちゃんが大好きなのに……男? 百合に男? 何ですかそれ? 面白過ぎて天元突破してるんですか? とりあえず家の前にあった自転車を燃やしておきますか。ついでにお兄さんの部屋を荒らすのもいいでしょう。アノンちゃんは暴力的なところがありますが、それ以上にとにかく色々と疎い! それが最高! 私が欲望に任せて動いてもある程度ならアノンちゃんは気にしない。そんな純粋無垢なアノンちゃんに恥ずかしい台詞を言わせて興奮するって本当に最高なんです。認めましょう、私は変態です。でも仕方ないじゃないですか? こんな金髪の美少女が私を友達と呼んでくれるんですよ! しかも私のエロを許容できるほど鈍感なんです。こんなの鴨が葱を背負って来るどころか百合の製造マシーンが百合の百裂圧縮剣聖理論を構築するような物です。お願いだから今すぐに私を殴って……叩いて……縛って……軽蔑して……そして愛のセリフを私に言って。それだけで頭が可笑しくなって私の全てをあなた様に差し出すのに。やばい……やばい……愛液が……もう、あぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁああ!! きもぢぃ!)」
そんなフルスロットルな変態は東京に着くまでの間に二十九回のトイレ休憩を挟んで、五十四枚の下着交換を行ったのはここだけの話だ。そしてアノンが笑顔で「ありがとうね! あかりちゃんのおかげでなんとか着いたよ! 大好き!」っと言った瞬間に絶頂を迎えて救急搬送されてしまい、結局お泊りは中止になってしまった。
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