第16話 アノンの友達と純粋すぎる心
それから数日が経過して待ちに待った日が訪れる。オトノセカイ様――だと思い込んでたけど、最初のメッセージからマネージャーに切り替わって連絡のやり取りを数回ほど繰り返した。そしてアノンは詳しい話をするためにライブスタープロダクションへ向かう事となる。
夜中の二時頃に身支度を終わらせ、ボロボロになった室内を潜り抜けてなんとか外へ出た。自宅はすでにどうしようも無い状況だ。壁中に穴が開いて、ドアが外れて壁に立てかけてある。なぜこんなことになってしまったのかというと、暇つぶしにテレビを付けたらト〇ロがやっていた。それに影響されたアノンはまっくろくろすけが壁裏にいるんじゃないかと探し回った結果、ゴキブリがいたので大暴れして壊す。
以上だ。
お母さんが私を置いて出ていってしまった時の光景に似ていて、何とも言えない気持ちになった。私はそれを振り払うように兄貴の『自転車』に跨る。
「まさか事務所が東京にあるなんて……遠い」
アノンの中で電車を使うという選択肢は無い。あれは謎過ぎる。兄貴に付いていく時に一度だけ乗ったことがあるが、場所によって料金が違う理由が分からない。種類が多すぎてどの電車に乗れば目的地にたどり着けるのかも謎だ。
不確定要素がある乗り物に乗ってギャンブルをする気は無い。
集合時間は午前十時、場所はライブスタープロダクションの受付前に来てくれと言われている。兄貴が「このロードバイクに乗ったら殺す。これはカーボン製のスピードに特化させた特注品だ。コンポーネントもDURA-ACEでシ〇ノの製品は神」などと訳の分からない台詞を並べていたが気にしない。
小さな大会で優勝したという話だけは聞いたことがある。
優勝したのに悔し涙を流しながら「俺に恵まれた体格があれば、お前のスピードをもっと発揮してやれるのに……ごめんな」なんて悟ったような表情を浮かべていたのでムカついた。そんな独り芝居を自宅の庭でやるなっての。
アノンは兄貴が使っていた自転車に違和感を抱く。
「乗りづらい……壊れてんじゃないのこれ!?」
とにかく乗りづらい自転車だった。体勢がどうしても前屈みになるし、握りづらいし、その割にスピードが出るから怖い。これを自慢していた兄貴という人間が謎だ。夜中なのにライトも装備されていない自転車でどうやって東京に行けと? ※違反になるのでアノンはスマホのライトを使用している。
そしてフラフラしながら近所の公園で自転車から降りた。
これに乗って東京に行ける気がしない。
「意味わかんないんですけど!? ママチャリでしょ、そこは!! なんで兄貴ってこういう所で馬鹿なのぉ!! いや、スピード出るしすごいよ? でも私って別にロードレーサーじゃ無いから! 初心者に優しい自転車を買っとけよ!」
膝から崩れ落ちるように自転車の前で愚痴を零してしまう。自宅に置いてある兄貴の私物は全てがずれている。「ゲーム機貸してよ」と言ったら銀色のプレートみたいな物を渡された。「なにこれ?」って言ったら「プレ〇テーション5のマザーボード。そこに電源ユニットが置いてある。あとWi-FiとBluetoothのアンテナはそこに、フロントパネルとファンはあっちにあるから勝手に繋げて遊べよ。まぁ、ファンは必要ないか。XB〇Xは多分お前じゃ無理だから諦めろ」とか訳の分からないことを平気で言い張る。
いや、パーツで渡すんじゃねーよ!!
私は技術者じゃないんですけど!? どっちも無理だから! そんな過去のことを思い出しながら今の状況に絶望する。ロードレーサーの皆さんにはごめんなさいだけど、今の私がこの自転車で東京に行くのは無理。しかし自転車が無いと厳しい、歩いて東京に行くと時間的に間に合うか分からない。
アノンはしばらく固まって、それから友達に電話をかけることにした。高校生になって速攻で自粛期間に入ったので高校の友達はまだいない。だから電話をかける相手は中学校時代の人選になる。こんな夜中に迷惑電話をかけることに一瞬だけ躊躇ったが、緊急事態なので仕方がない。
プルプル……プルプル……プチ!
『もしもし~こんな夜中に誰ですかぁ?』
電話越しから柔らかな声が聞こえる。良く言えばおっとり系の大和撫子、悪く言えばマイペースで会話が遅い。アノンは『あかりちゃん』が電話に出たことに安堵の息を漏らす。中学校を卒業してからも時々連絡を取り合っている初めてできた友達だ。暴力的なアノンが中学校時代にイジメられているあかりちゃんを助けたのがきっかけで仲良くなった。
あかりちゃんはスキンシップが大好きな可愛らしい子だ。
「あかりちゃん。HELP! 私を助けて!!」
『あれ~? アノンちゃんじゃないですかぁ~どうしましたぁ?』
「今日の午前十時までに東京に行かないといけないの! 歩いて行ったんじゃ、今からだとギリギリ間に合わないから助けてほしくて」
「ん~? 歩いて行かなければぁ~良いのではないでしょうかぁ?」
「自転車は残念だけど乗れなかった。歩いていくしかないの!!」
「ん~? 車とかぁ~電車とかぁ~タクシーとかぁ~色々と選択肢があるような気がするのはぁ、私の勘違いでしょうかぁ? もしかしてぇ、電車に乗れないのぉ?」
「っう、乗れない! タクシーもお金が無い! 兄貴がいないから自宅の車もつかえない! お願いだから助けて」
「そうですかぁ~。アノンちゃんがぁ……(声質が変わる)……『あかりちゃんの事を世界で一番愛してる。あなたの為なら私はベッドでジュリエットとジュリエットになっても構わない。もうだめだ! あかりちゃん――君の小さな〇〇〇を私のクリ〇〇〇に結合合体グレン〇ガンして気持ちぃくしてやるよ? ウホ! そんなにアヘって――無駄無駄無駄無駄無駄~ここがきもちぃんだろ? 悔しくないのか? そんなに顔面崩壊させて悔しくないのか? この後に野外へ散歩に連れてってやるよ! その格好のまま首輪をつけてな! ワンワン泣かせて愛液を餌に○○〇プレイで一本満足! あかりちゃんの体は嫌でも私を求めるようになる。なぁ~快楽に任せて私だけの物になれよ。――なに? ずっと好きだった奴がいる!? ふざけんじゃねーぞ! オラオラオラオラ、スタープラチナでズッコンバッコンどっこいしょぉ!!』ってぇ言ってくれたらいいですよぉ~」
「えっと、ほとんど意味が理解できなかったけど……それを言えば助けてくれる? それとなんで台詞の部分だけ饒舌に喋ってたのか謎なんだけど? まぁ、あかりちゃんのお願いだからいいけどさ」
「ありがとうございますぅ~ちょぉっとだけ待ってて下さぁ~い。今からぁ~録音じゃ無くて、脳内百合フィルターの容量を空けますのでぇ」
「あかりちゃんって時々兄貴みたいに意味わかんないこと言うよね? 今度さ、どういう意味か教えてもらっていいかな。私ももう少し勉強したいわ」
「アノンちゃん? 私は百合に挟まる男は死んでもいいと思いますぅ。だからあんまりお兄さんの話をしないでくださいねぇ? ちゃんとぉ~手取りぃ~足取りぃ~実戦経験を交えてぇ……ウホ」
「えっと……大丈夫?」
「はぁ~い! 準備が出来ましたぁ~三~二~一~きゅぅー」
「えっと、あかりちゃんの事を世界で一番愛してる……」それから数回ほど「心がこもってませぇーん」とか「もっとゴミに接するようなぁ~ゾクゾクがぁ~ほしいですぅ」とか「はぁはぁはぁ……っう……きもぢぃ」とか「貞操帯がぁ……びしょびしょですぅ」とか、よく分からないことを言われながらあかりちゃんのお願いを叶えた。
少しだけ変わった性格をしてるけど、いつも私が困ったときに『条件付き』で助けてくれる大切な友達だ。だから今回も良く分からない台詞を言っただけで、あかりちゃんの家から車を出してもらえる事になった。
なぜか「もちろん~アノンちゃんの予定が終わったらぁ……ホテルですよぉ」っと、お泊りの計画まで立ってしまったが特に問題ない。久しぶりに会えるあかりちゃんにアノンはワクワクしていた。
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