第14話 大炎上と運命の神様? なにそれ、美味しいの?
これは後日談。
ジュリアン・A・ローレンスの3DPV動画に合わせてアノンは歌った。鋭いカメラワークと臨場感のあるキレキレなダンス。それに合わせてサビの部分ではチラチラと見えるパンチラが視聴者にとんでもない衝撃を与えた。
宝石のように輝く白髪が綺麗に揺れて、その深海のような青い瞳が鋭さを増す。そして額から滴る雫が、そのLIVEの熱を引き上げた。オトノセカイが一番最初に考えた歌詞は一見ふざけた物のように見えるが『三番』からのシリアスな展開とリズムに呑み込まれていく。
そして最後はどこまでも明るい。
本当に理想的で、どこまでもトップだと思わせてくれる曲だ。
LIVEが終わると同時に初配信は終了してしまった。きっと兄貴がなにかしたに違いない。だから次の配信予定を報告することが出来なかった。
序盤の数分で流れたドジの連発。
中盤で見せた衝撃的な料理。
終盤で見せたPV動画。
初配信とは思えないクオリティの高さに、SNSの拡散力が合わさり、日本でジュリアン・A・ローレンスの名前を知らない人間はいないのかもしれないと、そう思わせるほどバズった。そしてチャンネル登録者数は50万に達している。その日の配信だけで広告収入の条件を達成してしまったので、その日のアノンはウハウハだ。
兄貴の部屋に入り込んで自慢しまくった。そしていきなり訳の分からないLIVEが始まったことに怒ったりもしたが、実はそんなに怒ってない。あれだけクオリティの高い動画を作ってくれたことが嬉しくて、何度も何度も自慢した。
そして現在――大炎上中。
私はもう死ぬかもしれません。今まで応援してくれてありがとう。
アノンが歌った『Last to Fast』の声質がオトノセカイと全くと言っていいほど『同じ』だった。ネットでは「これ、歌って無くね?」・「オトノセカイがアップしてるLast to Fastをそのまま流してるだけだろ!」・「こういうズルって良くないと思う」などというコメントが多数寄せられて大炎上中だ。中には「死ね」・「もう配信すんなカス」・「こんなことで人気になって嬉しい? 偽善者」っと言われる始末。
おかげで私は大泣きしながら布団に丸まっている。こんなことを言われ続けたら生きていけない。それも大好きなオトノセカイ様のパクリなんて言われたら……もう生きていけないよ。きっとご本人様も怒ってるに違いない。
オトノセカイ様に嫌われたら……もうだめだ!
頬から大量の涙が零れ落ちてスマホの画面はぐちゃぐちゃだ。鼻水も大量に噴き出して、調子に乗っていた数日前の自分をぶっ殺してやりたい。それでも、それでも言い訳を許してもらえるなら一言だけ。
「わだじぃ……自分でうだったもん!! 嘘なんてついてないぼん!!」
先程から止まることを知らない低評価の嵐に、ネットでは殺人予告や活動停止を望む声が寄せられた。あり得ない速度でチャンネル登録者数を増やしてしまったために、視聴者との信頼関係も0に等しい。そんな可哀想な妹の横で、兄貴はご飯を食べている。
しかもただの白米だ。
「いや、マジでメシウマだわ! 泣いてる妹の横でご飯三杯目!」
殺してやりたいのに、そんな元気も今の私にはない。だから兄貴の言葉なんて無視して自分の感情を素直にぶつける。それはもう、この家に大量の苦情が寄せられるぐらいの大声で叫んでやった。
「なんでぇ~わだじぃ、うだっだもんぅ! あにぎはじね!」
それなのに兄貴は、白米を食べながら私を化け物扱いしやがったんだ。
「いや、相変わらずお前の歌って面白いな! なんでどんな曲を歌っても本人そっくりの歌声になるんだ? 男の渋い声も歌ってる時はマネ出来るだろ? あれってどうなってんの? ジュリアンの声もそうだけどさ……マジで化け物かよ」
なにが化け物だ! 私は心を込めて歌った。あれは私の歌だ!
「喉……潰してるだげ……マネじゃないもん。グスン……」
神谷アノンが中学校時代に『歌姫』なんて呼ばれていた理由。それはどんなアーティストもそっくりそのまま歌うことが出来るという特技から呼ばれた物だ。兄貴もアノンが歌ったLast to Fastとオトノセカイが歌ったLast to Fastを数回ほど聞き比べて「違いは三か所しかないな……音程も息継ぎもほぼ完璧だ。化け物かよ」と、歌に関してはドン引きしていた。
絶対音感や絶対記憶を持ってしても『三か所』
それを一般の視聴者が聞き比べることは難しい。出来なくは無いが、マイク越しの音声では誤差としか思われない。「偽物も磨けば、ここまで本物になれるものか」と、上機嫌な兄貴はご飯四杯目を食べ進めていた。
気付いたら勝手に私の部屋に入り込んで炊飯器でご飯を炊いている。落ち込んでいる妹にする仕打ちとはとても思えない。あり得ない状況に兄貴らしさを感じながらも、内心は励ましてほしいと思ってしまう。
「まぁ、神谷家の血だな……ドンマイ!」
まぁ、無理だろうけど。
「うぅうう……これからどうすればいいのぉ?」
「は? 知らねぇよ。ざまぁーされた愚妹は俺の為に泣いてろ。初配信が終わったと思えばムカつくぐらい俺に絡んできやがってよ。なにが『どうですかぁ、この再生回数!』『私のすごさが分かりましたぁ?』『馬鹿な兄貴には絶対に真似できないでしょ?』だ! ふざけたこと言ってんじゃねぇーよ。動画だって俺が用意した。LIVE2Dも俺が用意した。プログラムも俺が作った。配信環境が無い愚妹にPCも恵んでやった。コメントや生配信を管理するためにディスプレイ画面を三つも貸したのに活用してねぇーし。それで泣きついてくるとか馬鹿なんですかぁ?」
正論を並べるんじゃない! 何も言い返せないじゃん。でも兄貴のことだから解決方法は絶対に知っている。それを聞き出さないとこの状況を私では解決できない。
「だってぇ~怖いコメントがいっぱい!」
「いや、大炎上してるけど三割ぐらいは好意のコメント」
「私は! 百の好意よりも一の批判に反応しちゃうの!」
「あっそ、興味ないから」
「兄貴が訳わかんない動画を配信中に流すからこんなことになった。責任取って、この状況をなんとかして! 私は批判されすぎて自殺しちゃうよ? いいの?」
アノンは気付いていないが手っ取り早い解決方法は存在する。生配信中にアカペラで歌えば良いだけだ。「私の特技は人の声マネです」っと証明すれば解決。それはある種の魅力に変わって『嫌い』と『好き』が逆転する。だが炎上とは、言ってしまえば流行だ。流行しているのだから、流されてくる人間を集められるだけ集める。
釣りと同じだ。水の流れを掴んで網を張れば大量ゲット。
もう少しだけ、この状況に浸るのが楽しいと思うけどな。そんなことを考えながらアノンに言おうか言わないか悩んでいるタイミングで運命の神様がいたずらをした。
同時にアノンと兄貴のスマホに通知が届いたのだ。
「!? ――また批判かな」
「? ――俺にメッセージ」
アノンは布団に潜りながら震える手先で内容を読みだした。一方、兄貴は上機嫌にお茶碗を回しながらスマホと位置を交換させて内容を確認する。
そして同時に固まった。
どちらも目を見開いて震えている。
「兄貴……オトノセカイ様からコラボの誘いが……」
「愚妹……姉から連絡が来たから俺はしばらく身を隠す」
兄貴は珍しく青白い表情を浮かべながらスマホを地面に落とした。一方、アノンは布団を飛び出して両手を天空に掲げている。その部屋では天国と地獄の光景が同時に楽しめる状況になっていた。
そこからの行動はどちらも早い。
アノンはすぐさまパソコンの前に立つとオトノセカイからのメッセージに返事を書き込み、兄貴は地面に落ちているスマホを窓から外へ投げ飛ばして、最低限の必需品だけ持って自宅から外へ飛び出した。
部屋に取り残されたアノンは、兄貴の存在を忘れてパソコンの前でカタカタとメッセージを書き込んでいる。それと同時に外では「次期当主様、『神谷ヒスイ様』がお呼びです。車にお乗りください」「ざけんな! もう追手が来てやがったのか!?」「手荒な真似はしたくありません。ご覚悟を」「っ! かかってこいや神谷家の犬どもが!!」などと叫び声が聞こえるが無視だ。
私は批判コメントなど意に介さず、トロトロの表情になりながら「マジで!? どうしよう。コラボ相手がオトノセカイ様とか大丈夫!? 私、緊張で死ぬかも!!」などと有頂天だ。アーティストとしてもVTuberとしても完璧な存在に会える。
それはまさに『シリアス』と『コメディ』の狭間の出来事だ。
鼻歌を交えながらコメントを書き込む英雄には『シリアス』を。
数多の敵を前に拳を叩き込んで逃げ出す愚者には『コメディ』を。
そして互いにツッコミを入れる「「絶対に逆だろ!?」」っと。
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