第13話 オトノセカイ『Last to Fast』
アノンは全てを理解しきれていない。しかし電子音声の一言で誰の仕業か察することがすぐに出来た。こんなことが出来るバカを私は一人しかいない。そう思うと安心すると同時に、これを初配信にいきなりぶち込むか? っと正気を疑いたくなる。
不思議だ。衝撃的すぎて付いていけない。
呆れた感情や怒りの感情が沸々と湧いてくる。
曲が流れた瞬間――私はリビングで会話のキャッチボールをしていた。そんなどうでもいい日常風景が感情に溶け込んでいく。これはアノンにとって日常的な光景に思えてしまった。つまり、妹をおもちゃにして遊んでいる兄の図ということだ。
なら、そんな妹が取る行動は元来一つだ。
流されていることを悔しいと思いながらも、ため息をこぼして視聴者全員に最高のパフォーマンスを披露する。そしてこのふざけまくった状況を全部ひっくるめてジュリアンの名を世界に轟かせてやる。暴力以外の喧嘩は初めてだ。
「売られた喧嘩は買い叩いてやる。――全員!! 耳の穴をかっぽじって聞け! 現在トップVTuberとして君臨している『オトノセカイ』が初作曲した『Last to Fast』を歌わせてもらう。私が大好きな曲の一つだ」
【コメント】
:マジか!?
:マジ!?
:マジで!
:やばい!
:これは激熱!
:熱盛!
:鳥肌がヤバい!
:配信終了宣言からのLIVE!
:いきなり3D!?
:マジ!?
:イラストから3D!?
:嘘だろ!?
:クオリティ高!
【オトノセカイ】:お。お。お。お、私の曲!
:本人!?
:マジ!?
:うぉおおおおおおお!
:盛り上がって来たぁぁ!
:オットセイの鳴き真似!
:戦争が起きるぞ!
:すでに祭りの火蓋は切られた
:アーティスト推しを火炙りにしてくれる
:かかってこいや!
:VTuber推し共がうるせぇ!
【春風イスズ】:あ、師匠デス! 見てたんデスか!
:本人!?
:さらにイスズちゃんまでコメント
:このコメント欄やば!?
:ガチ?
:とりあえず心拍数がヤバい
オトノセカイ――VTuberという言葉が流行し始めた頃に活動を開始。当時は四天王と呼ばれる五人のVTuberが大人気だった。その中でオトノセカイはバスケ漫画を元ネタに『幻のシックスマン』として歌ってみたや踊ってみたの動画を基本として現在も活動し続けている。方向性の違いでなんとかVTuber不況時代を乗り切った尊敬するべき古参の一人だ。
もしもアノンがオトノセカイからのコメントを見ていたら、今頃発狂しながら逆質問コーナーが始まっていたに違いない。大手企業の『ライブスタープロダクション』に所属している唯一無二の0期生でチャンネル登録者数は1800万人。
VTuberでありながらアーティストとしても有名。ボカロ時代を衰退させないためにボカロの曲も作曲する鬼神ぷり。それ故に古き良き時代を繋ぐ希望の架け橋としてオトノセカイを支持する者は多い。時々VTuberとして支持する者とアーティストとして支持する者で対立してお祭り騒ぎになることも多いので『オトノセカイがオットセイの鳴き真似をすると戦争が起きる』や、逆から呼んで『イカセの音』と呼ばれて変態視聴者も興奮させる歌唱力だ。
アノンは本人の前でこれから歌う。
もちろんコメントなんて見ていないので気付いていない。
この『Last to Fast』という曲は、元々事故配信で生み出された物だ。大掛かりな大イベントの放送中にオトノセカイが動画上から消えてしまうという大事故が起きた。作曲経験もないオトノセカイは、機嫌な雰囲気になっているファンの前でフリー音源を使って即興で歌詞を考えて歌い始めた。
誰も立っていない背景画像で歌う。会場に集まったファンは大スクリーンの前に立っている。そんな状況の中で最高のパフォーマンスを見せた伝説のLIVE。つまりLastとは『二度とこの曲を歌う事は無いだろう』だってフリー音源を使った即興曲だし。Fastは『作曲って意外と面白かったからこれから始めようかな』という意味だ。
この配信はネット界で一つの伝説となった。
アノンはその状況に比べたら恵まれすぎている。最高のPV動画に合わせて歌う事が出来る。それにフリー音源もオトノセカイがリメイクして新しい音源になった。観客だってすぐ目の前に立っている訳じゃない。歌詞だってその場で考えてぶっつけ本番に歌っている訳じゃない。
だから、ギリギリ伝説の足元に指先が触れられる。
アップテンポの楽しい楽しい曲が流れてアノンは、ジュリアンは歌った。
□■□■
『一番』
この世界は楽しい物で溢れてキラキラだ。娯楽が必要ない? なら娯楽が無いと生きていけない体にしてやんよ! オタクの同士達よ、吾輩の元に集まれぇ!
アニメを馬鹿にするやつは馬に蹴られて〇ね。オタクの力で世界をハッピーハッピーニューイヤーな毎日にして、お山でおにぎりを食べよう。
そのための道筋は私が用意するから着いてきなさい! ここからは満員電車もビックリビックリな毎日バーゲンセールだ!
あぁ、世界は楽しい! こんなに楽しい! 仕事が疲れたぁ!? 二十四時間働けますかぁビジネスマン!? ざっけんなぁー馬鹿野郎。
遊んで遊んで世界は一つに一つになれるんだ!
『二番』
この世界は美しい物で溢れてピカピカだ。お金が必要? それが娯楽のための資金調達ならさっさと働いてこい! 社畜の奴隷たちよ、吾輩の元に集まれぇ!
アニメやゲームや漫画について教えてやる。同士となって世界をハッピーハッピーニューイヤーな毎日にして、辞表届けで社長をぶん殴れ!
そのためなら私は何度でもあなたを応援するから着いてきなさい! ここから先は私がティガレックスを倒すために雪山に直行だぁ!
あぁ、世界は楽しい! こんなに楽しい! 娯楽に疲れたぁ!? 二十四時間遊び過ぎのプー太郎!? ざっけんぁー馬鹿野郎。働いて働いて世界は回ってるんだよ!
矛盾? 結構! 楽しんだものがこの世界で一番の幸せ者だ!
『三番』
この世界は戦争や争いが絶えないギラギラだ。食料が必要? ごめん、持ってないから歌で辛い思い出を忘れさせる。ヒーローじゃ無いから遅れない。私が向かう!
日本には戦争なんて存在しない。私と友達になって世界をハッピーハッピーニューイヤーな毎日にして、戦争なんてやめちまえ!
そのためなら私は喉がはち切れるまで歌ってやる! だからそのクソダサ装備を捨てて私と一緒に遊ぼうよ!
あぁ、世界は楽しいよ。こんなに楽しい! そろそろ疲れたでしょ? あなたは頑張りすぎなんだ! さっさと私に抱き着きなさい。愛で世界は救われるんだ!
矛盾? 結構! 一緒に楽しめばこの世界で一番の幸せ者だ!
作曲:フリー音源
作詞:オトノセカイ
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