第12話 これは私の物語だ。伝説の初配信 ⑤

「さて、私という軍人が諸君にも少しは理解してもらえたと思う。悲しいことを言うようで申し訳ないが、特質するべき所は少ない一般人だ。この体を与えてくれた者についても一言だけメッセージを残そう……豚に食われて〇〇! ――あれ?」


 不自然にモザイク音が鳴り響いた。コメント欄も困惑な雰囲気を醸し出している。唐突なモザイク音など用意していない。これは生配信だ。自分が喋ったタイミングで都合よくモザイクなどかからない。


 アノンは生配信中に素の声を漏らしてしまった。


「なぜモザイク音? 機材トラブルか? 悪いが少しだけ確認の時間が欲しい。その間にファンネームを考えておいてくれ。マシュマロのURLを貼っておくので、そこに質問を含めて頼むぞ! くれぐれも遊ぶなよ?」


【コメント】

:ガチなトラブルで草

:タイミングが良すぎるトラブル

:放送コードに引っかかったか?

:これ生配信だろ? 都合よくね。

:人為的なトラブルの匂い

:ネタがズレとるな

:これはすべったな

:黒歴史確定

:とりあえずURLに飛びます

:俺も転移するわ――シュパン!

:効果音がダサすぎる問題


 アノンは個人情報が漏れないように、自分の設定を一通り確認した。どうやら問題は無いらしい。マイクのハウリングでそれらしい感じになっただけかと一安心する。そして山のように送られてきたマシュマロのコメントに冷や汗を流す。内容のほとんどがネタで埋まっていた。これをどうやって処理すればいいのか今のアノンには分からない。


 とりあえず適当に読んでいくか!


 その頃――アノンが自分の部屋で初配信をしている同時刻。隣の部屋では愚痴をこぼしている男が一人。モニター画面の前で何度も舌打ちをしながらため息をこぼしている。しかしその表情は機嫌が良さそうにも見えた。


「愚妹が……やっぱり生放送でポカやらかしたか。イラストを描いたのが神谷家ってバレてんだよ。そんな相手に『死ね』なんて発言したらどうなると思ってやがる。モザイク機能を搭載しといてよかったぜ。まぁ、瞬間的な発言をAIで処理できなかったから俺が外部で操作してるんだが……これは罰ゲームが必要だな。人を喜ばせる事に関しては俺の独壇場だぜ? なぁ、愚妹よ」


 そんなクラッキング行為が行われているなんて知らないアノンは、マショマロに答えながらファンネームについてあれこれ考えていた。最終的にいい案が出なくても代用品を用意しているので問題ない。ここからは平和な時間が過ぎ去るだけだ。


質問『とりあえず、ジュリアン様の純白が忘れられません。なので私は純白を守るためにあなた様の騎士になります。我々を純白の騎士とお呼びください』


「却下だ。なぜ少佐よりもかっこいい? それに真面目な話をすると、この下着は曜日ごとに種類が変わるようになっているんだ。だから純白以外も持っている」


【コメント】

:う……嘘だろ……

:今日の配信で一番驚いた

:他の下着があるのか?

:曜日ごとに変更なんて出来るのか?

:どこまで俺らに夢を与えれば気が済む

:歓喜

:スパチャ機能はまだか!?

:他のもガチで見たい


質問『不思議なんですが、どうして私の視線は胸ばかりに集中するのでしょうか? 他のVTuberと見比べていないので不確かですが不思議と胸に視線が集まります』


「いい質問だ。どうやら私の胸は理想的らしい? ――私自身は興味が無いのだが、男性の九割は美少女の顔など見飽きているそうだ。だから他の美少女とは比較にならない武器が必要だと○○が言っていた。――? またモザイク? まぁ、だからこの胸は他には類を見ないほど素晴らしいらしい。私は知らんし、興味もない」


 そう言いながらパソコンでジュリアンを上下に動かす。すると現実ではあり得ないほどプルプルに動いている。その行為にコメント欄は喝采した。パソコンを動かしているアノンは興味が全くないので冷めている。


 内心では、この程度で男性リスナーが喜ぶわけねぇーじゃん。馬鹿なの? コメントした奴は一体なにを考えている? 兄貴の同類か? などと、無機物に向ける視線をおっぱいに向けていた。


 そして何度か質問に答えて、その中で比較的まともなファンネームを選んだ。不思議と料理に対するマショマロが見当たらない。見つけたと思えば、内容も応援するものばかりで料理に対するコメントは無かった。どういうこと? もしかしてブロックされてるの? などと不安になる。どうやら自分が紹介した料理はあまり視聴者には刺さらなかったらしい。少し残念だ。


 アノンは永遠に知ることは無いが、正確には刺さりすぎて内容のほとんどが不適切な発言でブロックされただけである。それはもう、マショマロの半数以上が料理に対する内容で溢れかえっていた。


 結局、決まったファンネームは『カタストロフィ』だ。それらしい理由が並べられていて、アノンが「いいじゃん」っと素で対応したのが決め手。コメント欄は速度を無視して突っ走っているので問題ないだろう。


 そんな事を考えながら、そろそろ配信時間が終了することに安堵する。


「ふぅ……一通り質問にも答えられたな。それではそろそろ配信を終わろうと思う。今後の予定を最後に発表して、今日の配信がいいと思えたカタストロフィどもは、また来てくれると嬉しい。私は今日の初配信で視聴者の皆が好きになったよ。本当にありがとう。愛しているよ」


 アノンはパソコンの前でドヤ顔だ。


 完璧にかっこいい台詞が決まったことに内心でヒャッハーしていた。この後、兄貴に今日の配信がどれだけ素晴らしかったかを自慢する気満々である。そして悔しがる兄貴にざまぁーしてやるわけだ。ギャッハッハ!!


 その瞬間――電子音声が流れた。


「――ビィーィイイイイ!! これよりラストステージを開幕します」


「? ――なにこれ?」


 すると唐突に動画上の画面がフェイドアウトした。アノンは最後の最後で起きてしまったアクシデントに「え? なになに!? どうした!?」っとパソコンの前で立ち上がる。いきなり電子音声が流れて画面が暗くなったのだから当たり前だ。そして数秒ほど経つと、ゆっくりとライトアップされるように『3D』のジュリアン・A・ローレンスがLIVEステージに立っていた。それはPV動画のようで、アノンが動いてもジュリアンはその動きに合わせてくれない。


 自分で用意した背景画像も全て消えており、たった一つのPV動画だけが流れている。その完成されすぎているPVにアノンは悪寒を感じた。


 そして唐突に流れ出したのは、私が大好きな曲だ。


 動画上のジュリアンはその曲に合わせて踊り出す。赤と黒を基調としたブレザー制服を、その上に羽織っている軍服をなびかせながらかっこよくステップを踏む。そして兄貴から貰ったイラストには描かれていなかった、純白の装飾が施されたライフルをマイク代わりに握っている。


「歌わなきゃ、放送事故だぞ?」――電子音声が動画上でそう言った。

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