第11話 これは私の物語だ。伝説の初配信 ④
ジュリアンのスカートはバックステップと同時に重力に逆らって捲れ上がる。スカートから一瞬だけ見える純白の下着がコメント欄を加速させた。しかし中身のアノンはコメント欄が目で追う事が出来ずに混乱する。
怒っているのか楽しんでいるのか分からない。何となく批判的なコメントは少ないように思えるので一安心だ。ここからは予定通りに会話を進めていけばいい。
「気を取り直して、この短い時間で私のことを知ってもらう。手始めに、今日の為に用意した自己紹介シートを見ながら、皆のコメントに少しだけ答えて配信は終了だ。あまり濃い内容にはなっていないので期待しないように。私自身も、まさかここまで社会現象になるとは思っていなかったんだ。頼むから期待しないでくれ!」
【コメント】
:あ、察し
:なるほど全裸待機ですね
:君のガチなトーンが俺らのおもちゃ
:いや、純白すぎて前屈みでガン見してる
:それ別の意味だろ!? 俺もだけど
:どいつもこいつもパンチラ程度で(前屈み)
:は? こいつらバカかよ(前屈み)
:あり得ないわ……童貞かよ(前屈み)
:いや、ツンデレが伝播しすぎだろ!? とりあえずトイレどこ?
:花が団子に勝った瞬間
アノンはパソコンを使って画面を切り替えた。そこには簡単に書かれた基本情報とハッシュタグがいくつか並んでいる。活動するために必要な最低限の情報共有だ。センシティブタグは作成するか悩んだけど、適当にそれらしい物を作った。
特に問題ないだろう。
名前:ジュリアン・A・ローレンス
性別:女
年齢:16歳
階級:少佐
性格:冷静沈着で真面目。
趣味:ゲーム・歌を歌う・訓練・任務・料理・サバイバル
ファンネーム:『未定』――この初配信で決めます。
挨拶:速やかに任務を遂行する。
配信タグ:#軍人? なにそれ美味しいの?
イラストタグ:#ジュリアン美術展
センシティブタグ:ジュリのあん♪
画面のもう半分に記載された基本情報にコメントが騒がしくなる。
あれ? 無難な内容のはずなんだけど、そこまで盛り上がるようなこと? マジでネットって不思議だわ。とりあえず予定どおりに料理の話を始めて、その後に最近あった嫌な出来事について語ろう。
アノンは練習通りに言葉を続ける。
【コメント】
:性格が冷静で真面目?
:草
:胸がびしょびしょと記憶している
:少佐! 情報操作が行われているであります!
:任務ってなんですか!?(期待)
:どんな任務が趣味なんですか?(羨望)
:ゲームとサバイバルの落差よ
:インドアとアウトドアのハイブリッド
:つまりオタクの理想形
「コメントが速すぎて上手く読めないが、もしかしていじられてる? とりあえず趣味の部分に記載されている通り、ゲームは得意だから今後はゲーム配信や雑談配信がメインになると思ってくれ。料理は人生で何度かしたことがある。いくつか自信作があるからそれを見てもらおう。画像がスマホの中に入っていたからここに映すぞ」
アノンは自信満々に自分が作った料理を載せる。正確には載せてしまったと言うべきだろう。自炊は基本的にせず、コンビニ弁当がメインの食生活。時々兄貴が作った物を横から奪い取るのが仕事だ。
そして絶望的なほど味覚が麻痺している。
お肉の良し悪しを判断するのは赤いか赤くないか。生肉に少し火を通せば高級料理だと思い込んでしまうほど大雑把。そして甘い物がとにかく大好き。特にプリンが大好物で勝手に食べられると殺し合いに発展してしまうほどだ。
そんなアノンが最初に見せた手作り料理は『卵焼き』
【コメント】
:?
:?
:なにこれ?
:白い卵スープ?
:日本の料理じゃないな……ロシア人ってガチなの?
:どんな料理なんだ?
:見たこと無い
:美味しいのか?
:いや、ネタ料理じゃ無いのかよ!?(絶望)
「とても美味しそうだろう? 生まれて初めて作った卵焼きだ! 牛乳を少し入れると美味しいって言われたから、ならたくさん入れればもっと美味しくなると思ったんだ。砂糖と卵を混ぜ合わせて焼いたんだが、固形にならなかったからスープにした! これがなかなか悪くない。甘くてとても美味しかったと記憶している」
【コメント】
:説明されたのに理解できなかった
:俺もだから安心してくれ
:卵焼きを作ったのにスープにしたってこと?
:いや、卵焼きを作ろうとしてスープになったって事だろ?
:焼いたのでは無く、煮込んだが正しい。
:砂糖の量も多分可笑しい。これはホットミルクだ
:クソ、やっぱりVTuberだった
:天使は死んだ
:どうしてVの連中はこんなのばっかりなんだ!?(最高)
:卵焼きをスープにした女
:意味が分からなさすぎる!
「これだけでは無い。他にもケーキを作ったことがある。これは私が作った物の中で最高傑作と言っていい料理だ。自分が大好きな物を、思いつくだけ詰め込んだから見た目は少し不格好かもしれない。だが味は保証してくれ! それとスポンジは使用してない。あれはパサパサしてる割に甘くないから嫌いだ」
アノンは画面を切り替えて自分が作ったケーキを表示する。
【コメント】
:いや、白いスープ!
:ケーキじゃ無くてスープ何だが!?
:どうして固体じゃない!?
:俺らは何を見せられているんだ!
:生クリームをそのまま入れてるだろ!
:泡立てずスープにしやがった
:スポンジ使ってない時点で察し
:白いスープに果物がたくさん入ってるだけ
:全ての料理がスープになるんじゃないのか?
:砂糖を入れてればなんでも美味しくなるから問題ない。訳がない!
:逆に天才
:これはさすがにネタだろ……そうだよね?
:これがガチだったら幼稚園児の息子がイベントで作ってくれたサンドイッチの方が上手そうに見えるんだけど。さすがに冗談だろ?
:幼稚園児以下……あぁ、なるほど
:なにを理解したww
:悟り開いた奴がいるぞ
「私はどうやら固形物を作るのが苦手でな。どの料理を作っても液体になってしまうんだ。料理って切れば切るだけ小さくなるだろう? 物を食べやすいサイズにすれば必ず小さくなる。だから最終的には必ず液体になるはずなのに……不思議だな、料理とは。――話が少し変わるんだが、最近あった嫌な出来事について語りたいと思う」
【コメント】
:パワーワードを量産しないでください
:切り抜きが多すぎる!
:料理って切れば切るだけ小さくなる――分子レベル
:どこまで細かくしとんねん!
:固形物を作るのが苦手――ほとんどの職業で使い物にならねぇ
:職人は無理だな。鉄も液体になっちまう
:電話対応も無理だ……電話機が溶けちまう
:営業も……無理だな。地面が液体になっちまう
:泳げばいけるんじゃ……溶けちまうか
:いや、さっきからコメントが謎
:とりあえず最近あった嫌な出来事を聞いてから判断するわ
:あぁ、察し
:俺、今なら未来が見えるかも
:イカレタ内容に100万ペリカ!
:ざわざわ……ざわざわ……
:ノーカン! ノーカン! ノーカン!
「実は少し前に公共施設を利用したんだ。あれは数日ほど前の話なんだが、私は兄上と大喧嘩をした。正確には兄上がセクハラ発言を連発して私が激怒したんだ。私は生まれて初めて警察に電話した。ずっと利用してみたいと思っていたから、タイミングは完璧だったと思う。その後、警察が来て兄上は逮捕されたんだ。私はそんな光景を見て大爆笑していたんだが、最終的に事件性が無いとして私は警察官に注意された。それだけならまだ良かったんだが、兄上が警察を呼んだことに対して激怒したんだ。そのまま裸にされて縄で拘束された挙句に吊るされた。酷い話だろ?」
【コメント】
:いや、展開が早すぎて意味が分からない
:話をなに一つ理解できないのは俺が悪いのか?
:冗談で警察を呼んだってことでファイナルアンサー
:どこからがフィクション?
:賭けは俺の勝ちだなぁ。親は二回勝負だ!
:警察=公共施設
:縛りプレイもOKってことですね。
:その兄上が羨ましい
:とりあえず、ドM属性が追加
:ついでにサイコパス属性も追加
:まだまだ、固体をスープにする属性も追加
:それは属性というよりは固有スキル
:転生ボーナス
:いや需要が無さすぎるだろ!
:赤犬の上位互換ですか?
:これは闇が深いな
:手作り料理が毎回水筒説。
:彼氏になったら二十四時間水筒を携帯しないといけないのか
パソコンの前で一息つく。
勘違いしてはいけない。アノンは別に笑いを取ろうと思っていないのだ。自分で作った料理を見せながら、視聴者と共感し合おうとしている。だから自分が作った料理の中で比較的まともな物を選択して波風立てないように立ち回っていた。
ついでに過去最悪の料理は『ハンバーグ』だ。
牛乳の分量を間違えて白いスープの肉塊が出来上がっていた。あまり美味しくなかったので兄貴に手直しを頼んだ記憶がある。その後、兄貴が手直ししてテーブルに並べられたのは『グラタン』だった。それも載せようか悩んだけどやめておく。
真面目に作った料理をネタ扱いされたら悲しい。アノンは視聴者とどこまでもすれ違う。初めての配信でコメントを把握しながら会話の流れを操作するようなことは出来ない。それどころかまともにコメントを読んですらいない。
よし! 料理と、最近あった嫌な出来事は話せた。これだけ普通に立ち回っていれば問題は起きない! 後は適当に時間が過ぎるまで質問に答えて、それからファンネームを一緒に考えれば配信終了だ!
いける……多少ファンは減るかもしれないけど、これからは安定した配信が出来る。この配信でお祭り騒ぎも少しは安定化するでしょう。そんな事を考えながら不敵な笑みが漏れた。アノンの中でこの配信の終わりが見えたからだ。
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