第一章 新人VTuber編
第8話 これは私の物語だ。伝説の初配信 ①
私の名前は、神谷アノン。年齢は今年で十六歳。今年から高校生として学生生活を送るはずだったのにウイルスの蔓延で自粛を言い渡された可哀想な少女だ。中学校では『歌姫』なんて呼ばれてて、毎週いろんな男子から告白だってされた。
多分、この金髪と白銀の瞳が珍しいんだと思う。
容姿は自己評価だけど悪くない。幼いって周りには言われるけど、兄貴の幼馴染を知ってるから、それに比べたらマシだと思う。あれはもう合法ロリだよ。あんなに幼い大人を私は知らない。
兄貴のことは嫌いだ。そう思う反面で尊敬もしている。
いつも素っ気ない態度で「あぁ?」とか「興味ない」とか「黙れ」とか「死ね」って、平気で悪口を言ってくる。私も負けずに暴力で対抗するんだけど勝率はかんばしくない。兄貴にはどう頑張っても勝てないよ。だって格闘技で全国大会優勝してんだから。
まぁ、そんな兄貴が私に本気を出してるところなんて見たこと無いけど。
いや、嘘だ。私は兄貴の本気をこの目で見た。
兄貴は私の為に一枚のイラストを描いてくれたんだ。それは言ってしまえば、兄貴から初めて貰った私の宝物。これを使って、私はVTuberになる。
最初は軽い気持ちだった。イラストに、それを動かすソフトやノウハウを軽く教えてくれて「疲れたから後は自由にやってくれ」っと、兄貴の手を離れて全てが私の手元に収まる。
「なんで、こんなことになってるの!?」
動画も上げてないのに兄貴が開設したチャンネルはすでに登録者数30万人を超えている。そしてネット上では兄貴の描いたイラストが色々な場所で取り上げられていた。
私が大好きなVTuberの春風イスズちゃんもコメントしていて、その絵師であるママさんは個人チャンネルで何度もイラストについての解説動画を上げている。他の大好きな有名VTuberも兄貴が描いたイラストについて動画で触れていた。
ネットで検索すればするほど怖くなる。
私がよく聞く大好きなアーティストや日本人なら誰でも知ってるような政治家も含めて、その全てが目の前にあるイラストに注目している。
兄貴が生み出した最高のイラストを動かして動画配信を……怖い。
「いやいや、これはさすがに無理でしょ? 私って今まで動画配信とかしたこと無いんだよ。それでいきなり登録者30万人とか、そこそこ有名なVTuberより上とか馬鹿でしょ。兄貴ってこんなに有名だったの? 昔絵を描いてたのは知ってたけどここまで騒ぐほど凄かった? これは兄貴が責任取って何とかするべきでしょ!」
私はリビングで大学の勉強をしている兄貴の元へ向かった。
こんな大炎上している状況で素人が配信なんてしたら間違えなく批判コメントで埋め尽くされる。そうなったらさすがの私でも受け入れきれない。私は怖くて兄貴に全てを投げつけようとしていた。
私の表情は酷く荒んでいたと思う。
兄貴はそんな私を見ると、素っ気ない口調で「怖くなったか? 愚妹。俺の描いたイラストが想像を超えてバズった。最高の舞台が出来て良かったなぁ? 後はお前が自由にやって勝手に砕け散れ。骨は拾わずにトイレに流してやる」
私は悔しいと思う反面で、今だけは兄貴にすがりたくなった。
「兄貴……そのさ、さすがに手を貸してくれるっしょ? こんな状況で動画配信とか、最悪自殺に発展する案件なんですけど!? 批判食らったら私もきついって」
「知るかよ。必要な物は全部そろえた……それにアドバイスは何度もしてるはずだ。後は動画配信するだけ。その後どうなろうが俺は知らねぇし、興味もない」
分かってた。兄貴はこういう奴だ。
これだけ世間を騒がせておいて、その本人はどうでもいいと本気で思っている。私は兄貴ほど物事を楽に考えられない。兄貴の背負っている重圧を少し受けただけでこれだ。怖くてネットを見るたびに背筋が凍り付くほどの恐怖に包まれる。
「兄貴……やっぱり……」
「はぁ~逃げんのか?」
「いや、だってさ」
「お前は物事を大袈裟に考えすぎなんだよ、馬鹿が。配信するのは誰だ?」
「わ……わたし」
「違う! ジュリアン・A・ローレンスだ。バーチャル世界に生きるロシアの軍人。性格は冷静沈着でどんな任務もつつがなく遂行する。それでいて時々エロ展開に陥っては、パンチラさせながらその表情をほころばせる! おっぱいは理想的に揺れてて、それを冷たい表情で一刀両断する強い女だ! てめぇはそれを演じる操り人形。お前が動画配信でどんな失敗をしようが誰も損をしない。自分自身が表に出るわけでもあるめぇ……それをグチグチと耳の汚れるような言葉を並べてんじゃねぇ―よ」
「い……意味わかんない……馬鹿じゃないの?」
「俺から言わせればお前の方が馬鹿だ。失うものが何もないノーリスクで、成功すれば一躍有名人で金も稼げる。なんでそれでやろうとしない? 失敗しても批判されるのはお前じゃ無くてジュリアンだ。お前は今まで通りに生活できるだろ? まだ特定されようが無いんだから」
「失うものはあるじゃん……」
「なんだよ?」
「兄貴が何日もかけて描いてくれたイラスト、何日もかけて作ってくれたシステム。それは私にとって……宝だもん。絶対に失いたくないよ……お兄ちゃん」
兄貴は一瞬だけ黙った。何を考えてるか分からない。
「はぁ、くだらねぇ。俺は天才だ! 愚妹ごときが俺の描いたイラストの価値を下げる? 図に乗るなよ、三下ぁ!! てめぇがミスって登録者数0になろうと俺のイラストの価値が下がる訳じゃねぇーんだよ。フリー素材としてネットで流せば、俺の言葉が真実だと証明できるぞ? 試してみるか? 挑戦もせずにそのイラストは世界中の物になるけどな」
そう言われて反射的に「嫌だ」っと答えていた。独占欲を刺激されたのか、このイラストは私だけの物であり続けてほしいと思う。絶対に誰にも渡したくなかった。
不思議だ。冷静に考えれば兄貴の言うとおりだよ。
私ごときじゃ兄貴のイラストの価値なんて下げられない。
私ごときのミスなんて兄貴にとってはどうでもいい日常の一つに過ぎない。
この兄貴は私をその程度の人間としか見ていない。
それがたまらなく悔しいと思った。才能にかまけて全てをやり通すこのクソ野郎を見返したい。ならやる事は一つだ。兄貴が手掛けたこのイラスト以上の価値をこのキャラクターに付ける。それがVTuberの仕事だとこいつは語っていた。
「っ! 兄貴って本当にムカつくよね。兄貴が描いたイラストで登録者数30万人しか達成されてないんですけど? その程度で調子に乗らないでほしいんですけど!? 私の大好きな春風イスズの登録者数の半分の半分の半分以下なんですけど! マジでウケる」
「っふ。調子に乗るなよ、愚妹が!!」
「それはこっちのセリフだ。クソ野郎!」
そうして普段通りの一日が過ぎていく。私は兄貴のことが大嫌いだ。それでも不思議とその背中だけをいつも追いかけている。いつかその隣に並べるように、そう願いながら。
「私、配信してくる。色々と準備が必要だから兄貴は邪魔」
「そうか? 骨はトイレで流してやるよ」
「言ってろ。伝説生み出してざまぁしてやるから」
私は公式アカウントを作成して翌日に放送することを告知した。ついでに兄貴のスマホをパクって、公式アカウントのフォローお願いします。最高の放送をお約束します。と付け加えて投稿してやった。もう逃げ道は無い。ここで失敗すれば兄貴は大恥をかくことになる。
それはそれで最高の展開だ。
失敗しても成功してもどっちも最高。これほど放送しやすい環境は存在しない。
私の気分は最高に高揚していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます