第7話 究極のVTuberとは何か? 兄の理想

 それから数時間ほどで気絶したアノンが目を覚ます。そして白銀の瞳をこれでもかと鋭いものに変えて俺に殴りかかる。俺は激しいプログラム戦争を終えて、また新しい火種が爆発したことにため息をこぼしながら拳を構えた。


「「ぶっころ!!」」


 まぁ完成したシステムを見せた瞬間にテンション上がって、怒ってたことなんて忘れてたけど。単純すぎていつか詐欺に引っかかるんじゃねーかと心配になりそうだ。


 そんな事はつゆとも知らず、アノンはカメラの前で左右に揺れながら自分のキャラクターが動いていることに感動している。そして思い出したように口を開いた。


「この子のパンツ何種類も描いたのに見えなくない?」


 この愚妹は何を言い出す? まぁ、ファンサービスには全力で答えるのが俺の心情だ。エロとは無関係のキャラクターが不意に見せるエロの爆発力は高い。ラッキースケベの頂点作品であるツンデレ金髪殺し屋キャラクター然り、冷静で理知的なキャラクターほどエロ展開に視聴者は爆発する。


 そして不思議とそう言うキャラクターは女性からの人気も高い。


「アニメーションがいくつか入ってる。その中で何種類かパンツをチラ見せする奴が入ってるから再生方法教えるわ」


 再生方法を教えてアノンが試した。


「うわぁ~さりげなく見せてるところに悪意感じるわ。どのタイミングで使うわけ? 全然使えるタイミングが思い浮かばないんだけど?」


「馬鹿か? そんなのスパチャが連続的に入ってきたタイミングで『これ以上はいらない、必要ない』とか言いながらアニメーション流すんだよ。冷静ぶってても内心は焦ってますよっていうギャップを視聴者にぶつけろ! その瞬間、不意に見せるパンチラの破壊力はロンギヌスを越える」 


「マジで悪意の塊じゃん……女性はあざといと感じるよ」


「いいや、それは無い。お前にあれこれ助言をするつもりは無いが、これだけは言っとくぞ? やるならミッ〇ーマウスになれ! 限界までキャラに寄り添って、声優を越えるほどそのキャラになり切れ。自分は捨てろ! お前はバーチャルの世界に生まれた軍人だ。FPSゲームで死んだらお前も死ね! 一戦一戦が命がけの戦場だ」


「いや、なに熱弁してんの? ドン引き……大袈裟すぎ」


「大袈裟? じゃあ、なんでお前はVTuberをやるんだ? VTuberが顔バレすると炎上するのはなんでだと思う? リアルのお前なんか誰も望んでないからだ。顔バレが嫌で動画配信者になりたいなら声だけで実況すればいい。VTuberはキャラクターに価値を付ける仕事だ。そして知名度が上がれば上がるほどリアルがばれた時にキャラクター価値の暴落は激しい」


 俺は大袈裟にバブル崩壊後の日本を語りまくった。こいつは動画配信業を舐めていると感じたからだ。トップVTuberについては俺も一通り調べた。この業界は企業だ。個人がいくら頑張っても集団には勝てない。


「キャラクターの暴落を少しでも抑制するためにVTuberは出来るだけ可愛い子を採用する。そうすれば、ばれても意外と可愛いじゃん! で話が終わるからだ」


 しかし穴もある。とあるお嬢様系VTuberが数日で100万人の登録者を達成した。その時に感じたのは冗談抜きで夢の国だ。どこまでもそのキャラクターになり切れれば、それは他のVTuberにはない圧倒的な世界観を生み出す事が出来る。


「そこで俺は思いついた」


「な……なにを?」――嫌な予感を感じてるのかアノンが後ろへ後退する。


「バーチャル世界と現実世界を融合した最強のVTuber作れんじゃねって。お前の容姿は日本人離れしていて幼い。そしてこのキャラクターはお前の体型に合わせてるんだ。愚妹よ……お前は初配信前にコスプレイヤーとして有名人になってもらう。二方面作戦だ。極限までお前の知名度を上げて、動画配信を始める。公式コスプレイヤーの地位を手に入れた女が配信者の中身なら誰も文句言わない!! それどころか本物はすぐそこにいた事を世間は知ることになる! まさに夢の国――ディスワールドの完成だ」


「マジで……やるの?」


 満更でもなさそうな表情を浮かべているが、俺はため息を吐きながら首を横に振った。まぁ、そんな事が出来たらいいなって言う理想を語っただけだから当たり前だ。


「いや無理。めんどくさい……それにこのキャラクターの知名度が高くないと意味ない。俺の描いたイラストがあり得ないほどバズって世間の目に晒されるぐらい有名なら話は変わるけど、そんな都合のいい展開なんてあり得ないから理想を語っただけ」


「マジでどっから理想だよ」


「ミッキーマ〇スになれ! から。疲れたから後は自由にやってくれ」


「適当すぎるしほとんど理想かよ!? バブル崩壊後の日本をあれだけ長々と語っておいて! それにモザイクの位置ミスってるから。それだと夢の国のどのキャラクターかバレバレなんですけど!?」


「ミッキーマウ〇、ほら大丈夫だろ」


「なにが大丈夫なの!? マジであり得ないから!」


 こうして俺の物語は幕を下ろした。いや、さっさと下ろせよ。いつまで俺をメインで話進めようとしてんだ。これはあくまで神谷アノンの物語であって、俺の物語じゃない。なんの才能も持っていない少女が天才として生まれた兄貴にざまぁーする。


 そんな展開を待っているんだ。


「はぁはぁ……兄貴と話してると馬鹿になりそうだわ。そう言えば私さ! このキャラクターの名前考えたんだけど聞いてくんない!?」


「あぁ? 興味ねぇ」


「ジュリアン・A・ローレンス――兄貴の名前から付けた」


「センスの欠片も感じない名前だからさっさと変更どうぞ」


「言ってろ、愚兄。絶対変えてやんない」


 だからここからは兄貴に変わって私が物語を進める。きっと私の物語は兄貴のように面白くはならないかもしれない。だって普通の女の子だし、兄貴みたいに意味わかんない人間関係とか無いし……まぁ、適度に応援して欲しいかな?

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