第6話 プログラマーは熱血だ。炎上? 知らん。

 物語はイラストを完成させてから数日後の話である。


 皆さんはプログラマーについてどのような『イメージ』を持っているだろうか? 仮面を常に身に着けて企業の情報をスマートに抜き取るクラッカーのようなイメージか? それともカッチリとしたスーツに身を包んでインテリジェンスな環境でコーヒー片手にパソコンを使いこなす大人のイメージか。


 答えはNOだ!


 プログラミングとは最終的に熱血だ! 気合いだ! 最後は熱いグラウンドで男と男が殴り合いをするボクシングのようなものだ。プログラミング知識なんてボクシングの技の種類を覚えるのと同じ。最後はこの灼熱の魂がモノをいう。


「シュシュ……シュシュシュ! はぁあぁあああああ!!」


「兄貴、何やってんの!?」


「――筋トレ」


「プログラミングはどうしたの!?」


「大量のエラーメッセージが俺の心に突き刺さった! 今のままだと確実にメンタルブレイクされる。だからステップを踏みながらデンプシーロール極めてんだろ?」


「兄貴がストレスで馬鹿になったってことだね。自分のこと天才とか言っておきながら結局ざまぁーされたんだ。マジでウケる」


「――アタァ!」


 俺はアノンの人中に鋭い拳を叩き込む。


「痛い!」


「アチャ! ホワッチョ! アタタタタァ!!」


 その後、鋭い連続突きで喉仏・乳様突起・こめかみ・顎・金的、あらゆる人体の弱点を的確に貫いてアノンを地面に叩きのめした。これは中国拳法の酔拳にあたる。


「マジで……意味わかんない……ボクシングじゃねーのかよ」


「お前はもう死んでいる。そして最後に言っておくぞ? お前程度の人間がプログラミングの世界で俺を天才と呼ぶんじゃねぇ。この世界は天才なんて言葉じゃ到達できねぇー化け物がゴロゴロいる新世界だ!!」


「目覚めたら殴り飛ばしてやるぅ」


 アノンが気絶したことで幾分か俺のストレスは和らいだ。だが今の俺にパソコンへ向かう勇気があるだろうか? 原因は何となく理解している。しかしそれを解決するまでの道のりが果てしなく遠い。


「これも仕事だ。気合い入れるか」


 両手をパキっと鳴らしながら鋭い目つきで部屋へ向かう。アノンを抱き抱えてベッドに寝かせた。そしてカメラをアノンが正面になるように向けてプロジェクトを開く。アノンの動きとキャラクターの動きを連動させるために撮影が必要だった。


 そこは赤々とした血の海。見るだけでやる気を削がれるソースコードのエラー一覧にため息が漏れる。それを一行ずつ実行してどの部分でエラーが検出されるのかを確認。コード全体にエラーが蔓延している場合は、だいたい大元がミスってる。


 見つけるのは簡単だが時間がかかる。


「ここじゃない……こっちか? ここか? それともこっち?」


 そしてたった一行の小さなミスを見つけた時は不敵な笑みがこぼれる。


「見つけたぁ! あぁ変数型がミスってんじゃん。こんな小さなミスかよ」


 すると次に起きるのは、エラーが表示されないのに実行できない問題。これに関しては気合だ。ミスは必ずどこかにある。それはサハラ砂漠のど真ん中でオアシスを見つけるような、そんな途方も無い作業の繰り返しだ。


 そして見つけた時の感動は原動力に変わる。


 そうやってたった一つのプログラムを完成させるために何度も失敗を繰り返してより良いものを作っていくんだ。そんな地道な作業を熱血と言わずしてなんと言おう。


 プログラミングを学ぶ奴は時々「そう言った熱血論はいいですから、どこがミスして動かないのか教えてください」なんて甘ったれた事を言う。違う違う、そうじゃ、そうじゃない。何も理解していない。プログラマーが輝く瞬間は、誰かのミスをどれだけ鋭く見つけ出すかだ。そしてミスをどれだけ見つけやすい構造で開発するかだ。


 ユーザーはこう言った細かなプログラマーの気遣いに鈍感だったりする。それが悲しいと思う反面、そこに気付いてくれた時の感動がたまらない。


 たった一言「この機能いいですね」が奇跡を生むんだ。


 言っちまえば俺らプログラマーはファンタジー世界で言うドワーフみたいなもんだ。自分自身がどれだけ泥まみれになろうと関係ない。その経験を限界まで使って一本の輝かしい剣を生み出すのさ。


 お客は手に取った剣しか見ない。


 その横に立っている職人の顔なんか覚える必要もない。


 それで十分! 言葉は必要ねぇ。全ては結果で証明する! だからかっこいいんだよ。俺はプログラマーに気取ったイメージを持っている奴が大っ嫌いだ。そこで寝ているアノンのような奴がな!


 ざまぁーされただとぉ? ざけんなぁ!!


 プログラミングの世界はどこまでも残酷だ。新しい技術は人の数だけ増えていき、それに伴った勉強をし続ける。最新技術を学び終える頃には時代は変わり、また新たな技術が発展していく。だから血反吐を吐きながら実戦と共に覚えていくしかない。


 俺らは戦闘民族でもあるんだよ。


 強い技術が生み出されては、それを倒して味方にする。すると更に強い技術が生み出されては、それを倒す。そうやって延々と連鎖を繰り返して、原作者はZなんて始める気も無かったのに未だに終わることなく劇場版が放映されるんだ。


 インフレも良いところだろ!? 伝説の中の伝説の中の伝説ってなんだよ!?


 嬉しいけどさ。ブ〇リーってやっぱり最高だ。


「そういやぁ和の国編から懸賞金変わってたな、今度読むか。チェンソーの奴もアニメ化するからチェックしとかねぇーと。だがロボット女、てめぇは駄目だ。妹と生活態度が似すぎてる」


 そんな独り言を並べながらアノンに近づく。


 寝ているアノンを動かしながら可動域を調整して、重力の計算式をプログラムに書き込む。そして値を変化させながら理想的な髪の毛の動きを再現するんだ。動きが大きいとバラバラで気持ち悪くなるし、動きが小さいと華やかさに欠ける。そうやって自分の中で理想に近づけるために何度も計算式を弄り回して値を変化させていく。


 ダイヤモンドのような光沢の激しい白髪はふわりと揺れる。そしてどこまでの静かで、深い海のような瞳はその鋭い目の形とは別に優しさを感じさせた。とても理想的で、手に触れたら溶けて消えてしまうような儚さがある。


「――よく考えるとアノンと全くキャラが違うな! 本当にこのキャラクターで大丈夫かよ。テンション高く喋ってるところが想像できないんだけど」


 まぁ、完成しちまったし……もう関係ないか。


 俺はチャンネルを開設して自分が生み出したイラストやプログラムを自慢するようにSNSに乗っけた。幼馴染のリサが言うには、どうやら俺はすごい人たちにフォローされてるらしいから「役に立てばいっか」ぐらいに考えていたんだ。


 だからこの後の展開なんて知らない。全部アノンに丸投げした。


:ヤバくね!? どっかで大規模なイベントでも始まんの?

:なにが?

:芸能界とか有名な著名人が一枚のイラストに注目してるって話だろ?

:めちゃくちゃ美少女だよな、大草原

:新手のセクハラ

:アーティストもコメントしてるし解説動画がバズってる

:有名な政治家までコメントしてて草

:それは草だわ

:誰が描いたイラストだよww

:あれだろ? 神谷家の長男ってネット掲示板に書かれてた

:知らねぇー有名なの?

:神谷家は有名だろ。日本人なら誰でも知ってる

:神谷家の長男が美少女を描いてネットで自慢する絵を描いた。

:いや、電車の中で爆笑問題。隣の人に冷たい目で見られたわ

:それは笑う。センスの塊かよ。


 結果的にとんでもないことになってた。知らんけど。

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