第4話 俺の妹がイラスト描いてほしいとか言い出した! ④
自宅に到着すると玄関からリビングへと続く扉の途中でアノンが俺のことを覗いている。まさかずっと扉の前で待機していたわけじゃないだろうな? そんな事を考えながら素っ気ない口調で「なんだよ?」っと言葉を発する。
「お父さんに会ったの?」
「あぁ」
「どうだったわけ?」
「普段通り。クズかったぜ?」
「そう」
「高級そうな飯パクって来たけど、食う?」
「うん」
家庭用電子レンジにタッパーをぶち込んで三分ぐらい温める。それから冷蔵庫にあったスポーツドリンクをコップに注いでアノンに渡した。アノンは表情を曇らせながらそれを無言で受け取る。
「……」
「……」
互いに会話することなく無言で飲み物を口に運んだ。アノンは若干の気まずさを感じてるのか、前髪をクルクルと丸めながら視線をさまよわせていた。俺は特に話すような事も無く、温められている高級食材を眺めて欠伸をこぼす。
「……お父さんは怖かった?」
「全然。気持ち悪い変態が社会には多いなと感じた」
「それ息子が言うこと?」
「言える時に言っとけ。言えなくなって共感できるようになったら大人だ。自分自身がつまらない人間だと気付く瞬間でもある。だから今はこれでいいんだよ」
「あっそ。兄貴ってもしかして中二病?」
「馬鹿か? かっこいい台詞を堂々と言える人間は、それだけで価値があんだよ」
「意味不明でキモイ」
「黙ってろ」
「ふふ」――チン!
温められた食事を適当な食器に乗せてリビングの机に運んでいく。一通り準備が出来たら割り箸を片手にソファーへ座り込んだ。LEDライトがリビング全体に光を通していて明るい。そして並んでいる料理に白銀の瞳がこれでもかと輝いていた。
とても地面に落ちた物だとは言えない雰囲気だ。
まぁブラックボックスなんて呼ばれるような場所だから清潔なのは間違いない。何なら地面が舐められる程度には清潔なはず、気にしたら負け、三秒ルールだ。
それに本当に駄目な部分ならタッパーに入れられないだろう。
下手をしたらシェフが作り直したものを入れた説すらある。
「これ上手い! こっちも! あれ兄貴食べないの? これなんてすごい分厚いステーキ肉。多分めちゃくちゃ高いよ! 赤いから」
「あぁ、俺は親父と食べたからあんまり腹減ってない」
「そうなの!? 勿体ないなぁ~」
――なんかごめん、妹よ。申し訳ない気持ちになりながらちびちびと口に入れていく。考えたら負けだ。もともとはシェフが作った料理だ! ここで男を見せずしていつ見せるべきか。南無阿弥陀仏。
「そう言えば兄貴はお父さんとどんな話したの? またお金の話」
「そそ、大金を手に入れるために結婚しろとか言い出した。ついでに、そんなふざけた話に加担した馬鹿を一人ぶっ飛ばしてきたところだ」
「そういう嘘いらない。てことは私の話は無かったんだね、ちょっと安心」
「まぁ、特になかったな。コンビニの弁当ばっかり食べるなよって注意してたぐらいだ。アノンは親父が嫌いか? 俺はめちゃくちゃ嫌いだけど」
「苦手かな? お母さんが出てっちゃった時に私を助けてくれたから嫌いじゃないけど、あの人と会話してると私を見ていないような気がしてちょっと怖い。それに今日だって呼んだのは兄貴で、私じゃないし」
的を射た意見だな。
「あの人は金になる話の時しか呼ばないから。気にするだけ無駄だ」
「そうだよね。――なんか気分が上がらないなぁ。私がテンション上がるような話ししてよ? そうすればもうちょい元気になれそう」
「お前にイラスト描いてやるよ」
アノンは目を見開いて手に持っていた食器を地面に落した。食器に乗せられた料理は本日二度目の落下を遂げてしまう。俺はこれが物語の世界だったら大炎上しそうだなと天を仰いだ。そんな事もつゆ知らず、満面の笑みを浮かべながら勢いよく立ち上がる。
「――マ!?」
うるさ! テンション上がりすぎだろ。
俺は両耳を押さえながら半目でアノンを睨みつける。
「うっせぇ。とりあえずVTuber? として活動できるぐらいの準備はしてやるよ。どうせすぐに飽きて三日坊主で終わるのが関の山だ」
「そんなこと無いから! 私これでもトーク力とゲームだけは自信ある! 声真似とかやらせたら声優に負けないぐらいすごいから!!」
「興味ねぇ。身内贔屓してもそれは無い」
「悲しいこと言うけど、兄貴のような世界レベルの話じゃないから。一般的に見たら私って結構優秀なんですけど? これでも高校の主席だし、スポーツだって中学校の陸上で県大会まで行ってる。カラオケ行ったら九十点台が平均なんですけど?」
「高校って偏差値五十ちょっとのところじゃねーか。陸上は知らんけど空手と剣道なら俺も全国大会で優勝してる。カラオケなんて絶対音感持ってりゃー九十五点以上は確定だろ? それ以上の点数はギャンブルだと思ってる」
「死ね!」
「その流れはもういいわ!」
「じゃあ、さっさと描いて!」
「どんなキャラクターだよ? お前のことだからコソコソそれっぽいもん描いてんだろ。それを見てからじゃないと描けないんだけど?」
「見たの!?」
「見なくても分かるわ」
アノンは顔を真っ赤にしながら、そわそわした様子で二階へ上がっていく。俺はその間に部屋に置いてあるペンタブレットとノートパソコンを持ち出して準備を始めた。有料のソフトは持っていないので人気がありそうなのを適当にダウンロード。
「どれにすっかなぁ、CLIPでいいか。ペンタブ使うの久しぶりだな。まぁ、昔の感覚は『忘れず』に残ってるから問題ないか」
ダウンロードしたら全種類のペンを使用して一通りの操作方法を確認する。ついでに公式サイトに記載されている使用方法を流し見して、他のイラストレーターがどんなテクニックで表現の幅を広げているのかも確認した。こう言った小技は長い時間をかけて見つけ出すものだからプロの動画で盗む。
そして一通りの準備を済ませたが、いまだにアノンが二階から降りてこない。
「おい! 準備できてるぞ」
「ちょっと待って! 心の準備ってもんがあるでしょ!?」
「はぁ~?」
「絶対に笑わない? 絶対に笑わないでよ! 今書き直して分かりやすいの持っていくから! もうちょっとだけ時間頂戴!」
「ふざけんな! さっさと見せろ!」
俺は階段を駆け上がってアノンの部屋に突入した。
それから数十分ほどアノンとの戦闘を挟む。何とか両手に抱えるスケッチブックを没収して中身をペラペラと確認した。描かれているイラストは言ってしまえば小学生の落書きレベルだ。まぁ、ポイントだけはしっかりと抑えているので問題ない。
「……」
「下手なら下手って言いなさいよ!」
「……」
「馬鹿にしてるんでしょ?」
「……してねぇ。お前ってクールキャラが好きなの?」
「っ! そうだけど文句あるわけ?」
「いや、確認のため。髪の色は白髪? 服装もこの部分とか寂しいけどこれでいいの? まぁ、描きながら修正していくか」
「兄貴が真面目でキモイ」
「馬鹿か? これはビジネスだ。金が動くなら本気だ」
俺は勘違いされやすいが金が一円でも動くなら本気だ。その一円が利益になるなら全力を注ぐ。なぜなら一円が稼げるなら一万円もやりようによっては稼げると言う事になるからだ。その一円を稼ぐシステムを構築するのが難しいと言う話。
俺は下書きを描き始める。
すると先程まで文句を言っていたアノンは黙って俺の作業を凝視し始めた。俺はペンタブレットで描く感覚を十年以上前に遡って再構築する。あの頃の感覚は全て記憶として残っていた。指先の細かな動かし方まで寸分の狂いもなく覚えている。
そして一時間程度で美少女の下書きを描き終えた。
「こんな感じだな。とりあえず下書きだから気になるところ言え」
「マジか……いや凄すぎるんですけど!!」
「感想とかいらんし。軍服コートのデザイン寂しくね? ここの部分に金の刺繍を入れて、内側は赤と黒でこんな感じがいいと思う。細かい縫い目も金色にしたいかな。ボタンは丸形じゃ無くてクールキャラに可愛さを引き出させる感じで熊型にしたい。それとブレザー制服のデザインが甘ブリのパクリになってるから変えろ。赤と黒の制服なら今までにない感じでガッツリここのデザイン変えちまえ。お前も意見いわねぇーとどんどん変わっちまうぞ?」
「そ……そうだよね。ここのスカートの部分は縦に線を追加して、もうちょっとフリフリした感じがいい。それに髪型も帽子被ってるからストレートだけどもうちょっとおしゃれな感じで、ちょっと待って! ネットで前にいい感じの髪型あったからそれにしたい。それとこのキャラクターにしかないシンボルマークが欲しい。動画上で必ずそのシンボルマークを挨拶に使うの! ロシアの軍人をイメージしてるから国旗にちなんで髪の色は白で瞳の色は青、それで服は赤がメイン!」
そんなこんなで言いたいだけ言い合って三時間後に下書きが完成。
結局そこから完成させるまでに三日かかった。
それはもう寝て起きたらすぐにイラストの話が始まって、気付けば大学のレポートも忘れて作業に没頭。髪の色は白髪の予定だったのに、描かれたのはダイヤモンドのような光沢の強いものになっちまった。瞳の色は光沢の激しい髪を和らげるために深海のような色。
まぁ、言っちまえば神々しい理想の軍人美少女だな。
「やっと完成か~だりぃ」
「……ヤバすぎる! え!? これ普通にヤバい! 髪の毛とか情報量多すぎてこれ全部動くの? 制服とか装飾が細かすぎてカッコイイ。それに靴紐まで分けて書いてたけど、そんなところまで動かして意味ある? こだわりすぎでしょ!? レイヤー枚数ヤバイ事になってんじゃん! 服全部外したら全裸なんですけど!? 下着まで月曜日から日曜日まで着せ替え機能作るとかキモイ! どうやるの? これプログラミングで動いちゃうの? マジで興奮してきたぁぁああああ」
興奮しすぎて俺の妹がぶっ壊れてやがる。
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