第3話 俺の妹がイラスト描いてほしいとか言い出した! ③
帰りの電車は行きとは違って空いている。ガタガタと体を揺さぶられること数十分、目的の駅へ到着して自宅まで徒歩で向かう。両手には紙袋を持っており、その中にはタッパーに入った高級料理が包まれている。
あまりいい表情を浮かべていなかったシェフには申し訳ない。
次に会う機会があれば土下座して謝罪しよう。そんな事を考えながら見知った住宅街を歩いていると正面から癖の強いグレージュ色の髪を上下に揺らしている少女とすれ違う。小学生と見間違うような幼い体つきだ。身長もジェットコースターに乗れるか審議が必要とされることだろう。
そんな幼児体系の少女がクリっとした瞳を広げて俺に指をさしてきた。
「あ!」
「……」
俺は気にせず通り過ぎた。すると少女は体付きに合わない大人らしい服装を翻して俺のところにトコトコと付いてくるではないか。黒のチノパンに白のフリフリしたブラウス。しかし身長が小さすぎてブラウスと言うよりはワンピースだ。
「無視すんな!」
「あ? ――悪い、小さくて見えなかった」
見知った顔にそう指摘すると、その表情をみるみると赤く染め上げる。立川リサ、年齢は今年で二十歳。どんな遺伝子を引き継げばこんな小さい少女が生まれるのか謎だ。ついでにリサの両親は別に小さくない。一般的な身長だったと記憶している。
「絶対に嘘だ! 幼馴染に対する反応じゃない!」
「幼馴染は自分のことを幼馴染とは名乗らねぇ」
「そうかな。まぁ小さいことは言いっこなしだ! 私は大きい人間だからな。最近全然会ってないからどんな顔してたか忘れるところだった。そんなわけで暇してる? うちに来ない?」
「ナチュラルにナンパすんな」
「おいおい、私がそんじょそこらの男に尻を振り回す尻軽女に見えるのかい? 私がこの人生でナンパするのはあんたとパパだけさ」
「そのキャラクター何とかなんねぇ? 一生の願いだな」
『やーきいも♪ やーきいも♪ いしやーきいも~』
「石焼き芋! ちょっと買ってくる!」
「行ってらっしゃい」
先程の台詞は何だったのか……すごい嬉しそうに尻を振って焼き芋屋に走ってやがる。そして美味しそうな焼き芋を片手にほくほく顔で俺に一個を手渡してきた。こうなると受け取らずにはいられない。結果として近くの公園のベンチで少しだけ話すことになってしまった。
もしかして巧妙な罠にはまった?
「そう言えば大学はどうなのよ? 最近はウイルスのせいで自粛ムードじゃん。勉強とかはリモートでやってる感じ?」
「そうだな、最近は家でのんびりしてるよ。暇すぎて資格勉強とか始めてる」
「へぇー興味ないなぁ。あんたが妹と二人暮らし始めた時は驚いたけど、上手くやってんだ。てことはアノンちゃんも元気なの? めちゃくちゃ可愛いよねぇ。あれならアイドルとか狙えるんじゃない」
「アノンは元気だな。VTuber? の春風イスズとかいう人の動画にハマってる」
「イスズちゃん!? いいよねぇ~イスズちゃん。可愛いし結構毒舌なのが最高ぉ。一度でいいから死んでくださいデス! とか言われたいわぁ。チャンネル登録者数も400万人に到達しそうだし、VTuberの中じゃトップクラスだよね」
「詳しいな」
「そりゃーイスズちゃん知らない奴なんていないでしょ? それにあんたと関わりが無い訳じゃないし、私だってそれぐらい知ってる」
「え?」――どういう事?
「あれ? 春風イスズのママってあんたが美術コンクールで金賞取ったときに佳作取ってた子じゃん。泣きながら次は絶対負けないとか言われてたのに、あんたがそれから絵に飽きちゃって描かなくなったから不完全燃焼で終わったやつ」
「あぁ~あの子か」
この時点で話への興味は沈下していた。見知らぬ高級車が複数台視線の端で確認できる。多分リサの関係者だろう。そろそろ時間かと、俺はリサからもらった石焼き芋を食べ進める。
「これ結構有名な話になってるの知らない? イスズちゃんがママと絡むときに、何度かこの話を動画上でしてるんだよ。私その場にいたから違和感抱いてネットで調べたら出てきたって訳。あんたのこと崇拝してたんだけど?」
「いや、興味ないわ」
「だろうねぇ。あんたって自分のアカウントとか確認し無さそうだし。言っとくけどあんたのフォロワーとんでもない有名人ばっかりで投稿したらニュースになると思うよ。一度しか投稿してないアカウントがなんであんなことになってるんだか」
「そりゃ知らなかった。面白いこと聞いたわ」
「え!? 面白い事するの!! ――私も混ぜて」
「しねぇ―よ。暇つぶしだ」
「つまんないの。あぁ、そう言えば私のパパがあんたのパパに婚約の話を持ち出したらしいのよ。面白そうだから私はいいよって許可出したんだけどぉ……結婚する?」
「しねぇ」
「だろうねぇ。私のパパも結婚して一ヶ月もしたらあんたのこと捨てていいとか言い出して。甘い蜜は全部搾り取ってやるからって、馬鹿だよねぇ」
「へぇー俺も似たような話を今日親父からされたよ。偶然って重なるな」
「それな!」
俺はリサを笑顔で持ち上げた。するとリサは動揺しながらも「なになに、もしかして惚れちゃった!?」っと満更でもなさそうな表情を浮かべる。だから俺は満面の笑顔のままジャーマンスープレックスを叩き込んだ。
「てめぇぇええのせいかぁぁあああああ!!」
「ッガハ!?」
「二度と話しかけるんじゃねぇ。戦闘力5のゴミが」
「チ……違う。レベル5だ! 勘違いすんじゃねーぞぉ。こっから先は一方通行だ」
「そう言うネタはいらん」
倒れ伏したリサを捨ててアノンが待つ自宅へ向かった。公園の近くに複数台の黒塗りの高級車が止められているからもしかしてとは思っていた。あれ? その隣に止まってるの石焼き芋の車じゃね? それに電車の中でも誰かに監視されていたんだと思う。じゃ無ければ幼馴染のリサが都合よく俺の前に現れるわけがない。
親同士の抗争に子供を巻き込まないでほしいものだ。
遠くから何やらリサの叫び声が聞こえる?
「私の人生半分やるからあんたの人生半分くれ!」
「どこまでパロディーが大好きな女なんだ。勘弁してくれ」
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