第2話 俺の妹がイラスト描いてほしいとか言い出した! ②
「描いてくんないわけ?」
アノンの表情が怪訝な物に変わっていく。不機嫌を全く隠そうとしていない。俺はそんなアノンの表情を見ながら『買ってもらえない玩具に駄々をこねる子供』を連想させていた。
だいたい、妹の為に兄がそこまでする義理は無い。
「当たり前だ」
アノンの表情が凍り付く。
「死ね!」
鋭い蹴りが振り上げられる。俺は油断していた。
「ぐはぁ!?」
俺の大事な部分に鋭い蹴りが直撃する。そのまま地面に両膝を付いて悶絶。ちょっと面倒ごとを断っただけでここまでの暴力を受けるとは思わなかった。
過呼吸発作を起こしながら二階へと上がってしまったアノンを睨みつける。
この恨みは死んでも忘れねぇ。
それから数日ほど経過したが、状況は一転するどころか悪化していた。俺とアノンとの間で『イラストを描いてほしい』と言う話は終わったとばかりに思っていたのに、どうやら諦めてはくれないらしい。
リビングでやっていた大学のレポートも今じゃ自分の部屋でやっている。そろそろ終了間際だ。ソファーの座り心地を名残惜しいと感じながらベッドで寝た。
それから数時間ほどして鋭い衝撃が頬に走る。
バチン! ビンタされた。
「あ!? んだよ!!」
目の前にはアノンがいる。
「人生相談があるんだけど?」
「そんな妹はこの世に存在しねぇ!」
俺はアノンの腹を思いっきり殴り飛ばして廊下に捨てた。それと大好きな名作を汚された気分になり、冷蔵庫にあった妹のプリンを全部食べて夜中に大喧嘩。近所から苦情が入って喧嘩は終了した。
もちろん人生相談は受け付けていない。
それ以外だと封筒を持って部屋に突撃なんてこともあった。
「兄貴、これ」
「ん?」
真剣な表情で両手を震わせながら俺に封筒を渡してきたのだ。その時のアノンは少しだけ涙目だったので心配した。しかし中を覗けば現金が入っているではないか。
「五万円入ってるからイラスト描け!」
「はぁ~?」
現金で解決とは落ちるところまで落ちたか。
「これなら文句ないでしょ?」
「あと二十万円は足りねぇ。俺ならイラストの作成時間でそれぐらい稼げる」
「死ね!」
「二度も食らうか愚妹が!」
「痛い!? ――さいてぇ~たぁ」
鋭い蹴りを膝でブロックした。硬い部分を蹴り飛ばしたアノンは右足を押さえながら地面にうずくまっている。
ざまぁーない。前回はよくも俺の大事な部分を蹴り飛ばしてくれたな。
こんな感じで最近の妹はマジでだるい。
現在アノンは不貞腐れて一階のリビングで友達と電話でもしている頃だろう。高校生になったばかりだと言うのにウイルスが世界的に拡散して自粛中の現在、いつになったら登校がスタートするのかと待ち望んでいるに違いない。
学校生活が始まればこの状況も落ち着くだろう。
「それにしても」
ここまで執念深く俺に頼みごとをするような事は今までなかった。だからほんの少しだけ悪い気分じゃ無い。はずだ。やっぱり違うかも。新鮮な環境にアノンのお願いを断りながらも小さな『面白さ』が芽生えていた。
だからまぁ、一枚ぐらいならなんて思い始めてたりもする。
プルプルプル……プルプルプル。
そんなタイミングで俺のスマホが鳴り響いた。
「もしもし」
『あぁ、俺の最愛の息子! ちょっとこの後ご飯でもどうよ?』
俺は父親からの電話に苦い表情を浮かべた。出かける準備を終わらせて一階へ降りるとアノンが仁王立ちして玄関先を塞いでいる。しかし俺の表情を見て相手にされないと感じたのかトボトボとリビングに向かってしまった。
「なんだよ」謎である。
■□■□
父親との約束で向かった場所は新宿に建てられた馬鹿でかいビルだ。電車で数十分ほど移動を重ねてたどり着いた。人の出入りが激しくて電車の中はギチギチ、密集率が絶対に間違っている。これだから都内は嫌いだ。
もう二度と埼〇線には乗らない。どれだけ遅延すれば気が済むんだ。
新宿駅西口に到着して数分ほど徒歩で移動すると馬鹿でかいビルに到着。入り口の前で待っているとスーツを着た数人の大男に先導されて中に入っていく。相変わらずこの対応にはなれない。親父を偉大だと感じる一面で、これほどの男でも『馬鹿をやらかす』と自分自身を叱咤した。
そしてカード認証と指紋認証とパスワードを入力して隠し扉が開く。
中には芸術品や絵画がこれでもかと並べられており、地面はレッドカーペットが敷かれている。この通路だけ壁が木材で作られているのは父親の趣味だろう。奥へ進んでいくと正方形の小さな部屋にたどり着く。
多分この場所を知っているのはごく一部の人間だけだ。
「やぁ、俺の息子! まぁとりあえず座んな」
「うっせぇ。さっさと話し終らせて帰る」
そこは『ブラックボックス』と呼ばれる部屋。一部の大富豪と密談するために設けられた場所であり、俺のような子供が来る場所じゃない。この部屋で行われる会話は数時間で何十兆と金が動く。選ばれた人間だけが入れる部屋。
その後すぐにシェフが料理を並べていく。
目の前に座っている親父は漆黒と言いたくなるほど黒一色で統一されていた。黒い瞳はその考えを全く表に出さず、その表情は裏しか映さない。黒髪が微かに揺れる。言葉だけは軽く見えるのに、その男の放つ雰囲気は人殺しかと勘違いしてしまうほど重い。
「つれないなぁ。コース料理だと文句言うから今日は適当に料理を並べちゃったよ。好きなのを食べていいからさ。あ、これなんて一切れ十万するお肉! 美味しいよ」
「あっそ」
ドッカリと高級そうなソファーに座り込む。ソファーは俺を包み込んで背中を沈めていく。こんな柔らかいソファーだと勉学に影響しそうだ。やはり俺にとっての最高のソファーはリビングに置いてあるあいつだけだ。
それから食事をしながら当たり障りのない会話を続ける。一般家庭の会話がどの程度で当たり障りのない会話になるのか分からないが、俺と親父にとって今から行われる会話は普段通りだ。
「一人暮らしはどうよ? わざわざ一軒家を購入したんだから、それなりに活用できてると嬉しいんだけど。ご飯とかはしっかり食べてるかな? コンビニで楽に済ませたりしたら駄目だよ」
「問題ない。それに一人暮らしじゃねーつの」
やはりこの親父にとってアノンは他人か。
「はぁー、まだあの出来損ないが家にいるのかい。邪魔になったらすぐに言いなさい。私ならあの子をすぐにロシアに返してあげられる」
勝手な奴だ。アノンに罪は無いだろう。
「てめぇーが性欲に任せて孕ませておいて随分な物言いだな」
「私も男と言う事さ。小さなミスぐらい誰にでもある。ドンマイ! それに結局、浮気相手のシルビアは見つかっていない。おかげで俺の最愛の美月は激怒して離婚届を渡してきたんだよ? 酷いよなぁ」
「さっさと離婚しちまえ」
「母親に随分な物言いだね。それとも僕への当てつけかい?」
「どっちもだ。あいつには英才教育がどうたら並べられて色々トラウマ植え付けられたからな。脳みそにメス入れられる感覚って知ってっか? 電気ショックって痛いんだぜ。アノンに大切なところ蹴られるのが気持ちいいと感じる程度にはな!」
俺は勢いよく正面のテーブルを蹴り飛ばした。大量に乗せられていた料理がひっくり返って地面に落ちる。申し訳ないと言う気持ちを置き去りにするほどの怒りだ。
「おかげで人為的にサヴァン症候群になれたじゃない?」
「そりゃ病気だ。忘れられたくても忘れられねぇー呪いだろ」
「羨ましいけどなぁ。テストとか楽勝じゃない? 俺なら飛び上がって喜んじゃうけど、資格だって一回見れば合格だよ? 徹夜すれば最強のカンニングペーパーを持って合格間違いなし。美月には感謝するべきじゃない?」
「あり得ない」
「まぁ、話が脱線したけどそろそろ結婚とかどう? いいところのお嬢さんがお前ならいいって言ってるんだけど。あぁ、断ったらアノンちゃんが大変かも!?」
「死ね、妹に手出したら殺すぞ」
「はぁ~。いい加減にしろよ……クソガキ」
親父の雰囲気が変わる。瞳を見開いて首をカクカクと曲げながら微笑んだ。とても気持ち悪い。本当に人間か? こんなホラーな変態が社会にいていいのかよ。
「お前のような子供がなぜ? この部屋に呼ばれたか分かるかい? ――大金が動くからだよ。俺の最愛の息子がちょっとお嬢ちゃんを垂らしこんでくれればいい。結婚して一ヶ月ぐらいで捨ててもいいよ。それだけ時間があれば甘い蜜は搾り取れる」
「断る。全く面白そうじゃない」
「そうかい? 残念だなぁ。恋愛経験に乏しいお嬢さんを好きにできる簡単なお仕事なのに~。君ぐらいの年齢なら誰でも食いつくと思うけど?」
「親父にいいことを教えてやる」
「何だい?」
「裏で色々やるよりも稼げる仕事を今始めた」
「ほぉ~どんな仕事だい?」
「お前が見向きもしない出来損ないが、この世界で最高になる仕事だ」
「ハハ、アッハッハッハ!! ――馬鹿か?」
「馬鹿かもな。あんたと喋っても面白くないわ。俺はもう帰る……後さ、地面に落ちた料理だけタッパーに入れて持ち帰っていい? 妹と食べた方がまだおいしく食えそうだから」
親父との関係は妹より最悪だな。
■□■□
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