俺の妹が有名VTuber? なにそれ、美味しいの?

夢乃

俺の妹が有名VTuber?

第0章 プロローグ

第1話 俺の妹がイラスト描いてほしいとか言い出した! ①

 俺はリビングで大学のレポートを作成していた。


 テーブルの上には高品質のノートパソコンが置かれており、L字型のポリエステル素材が使用されたソファーに座っている。


 隣には俺の勉学を邪魔するように大音量で動画を見ている妹だ。スマートフォンから流れているのは女性の笑い声。テーブルには食べかけのプリンが置かれている。


 妹の名前は『神谷アノン』――年齢は今年で十六歳。高校入学を決めたと同時に世界的なウイルス蔓延で自粛を言い渡された悲しい世代だ。


 自粛ムードで俺とアノンはこうやってリビングで顔を合わせることが増えた。


 ロシア人である母親の血を色濃く継いだ金髪のストレートロング。瞳の色は日本人離れした白銀で宝石のように美しい。幼い顔つきをしているが、その外見とはかけ離れた活発的な少女だ。


 体付きや身長もハーフの特権とでもいうように、良いとこ取り。クソ親父に外見が似なかったことに内心で感謝しつつも、服装だけはどうにかならないかと感じる。


 この年代の女子高校生なら化粧やファッションに大金をつぎ込んでおしゃれに目覚めるものとばかりに思っていたが、どうやらそう言ったことには興味が無いらしい。


 恋でもすれば変わるだろう。


 ソファーの上で寝転がりながら男物のTシャツ一枚を身にまとって、見る人が見たら喜びそうな光景だ。残念ながら寝ながらプリンを食べて、パンツを丸出ししている妹に欲情するような特殊性癖は持ち合わせていない。


 カチカチとキーボードを叩いているとアノンがこちらを向く。


「兄貴、さっきからキーボードの音がうるさいんですけど?」


 俺は一瞬視線を合わせて無視した。


「っ!」


 アノンは底冷えするような視線で舌打ちをするが、俺から言わせてもらえばスマートフォンの音の方がうるさい。動画の中の女性はFPSゲームをやっているのだろう。先程から銃声音と絶叫が聞こえる。


 オーバーリアクションで俺の勉学の邪魔をしないでほしい。


「その馬鹿っぽい動画を止めろ。目障りだ」


「はぁ? VTuberの春風イスズちゃんを知らないの!?」


 VTuber? 何の略称だ?


「知らん。興味もない」


「あり得ないんですけど? 今の子なら誰でも知ってる有名人なんですけど!? 兄貴って、こういう一般常識をもう少し勉強した方がいいんじゃない」


「あぁ? それをお前が俺に言うか」


「問題あるわけ?」


「コンビニで商品をレジに持っていく時に支払いが出来ないと無条件で警察に捕まるから覚えとけ。今の子なら誰でも知ってる常識だ」


「マジ?」


 こいつは馬鹿だ。笑いをこらえながら言葉を続ける。


「マジだ。お前はもう少し日本の常識を覚えろよ。――愚妹」


 愚妹と言われたことに怒りを感じているらしい。俺は大学のレポートが終わったことに一息ついて、米国のニュースを確認しながら次に購入する株の調査を行う。キッチンに視線を向けながら今日の昼食でなにを作るかも考えた。


「本当に兄貴ってキモイ! 動画見てるだけで文句言ってくんな! ちょっと才能に恵まれたからって調子に乗ってんじゃね! いつかざまぁーされちまえ!」


 おい? 最初に文句を言ったのはお前だぞ?


 アノンは大声を上げながら二階へ行ってしまった。テーブルにはアノンの食べかけのプリン。ソファーにはスマートフォンが置かれている。


 少しの会話で理解してもらえたと思うが、俺とアノンは仲が悪い。そして去り際にアノンが口にしていた『才能に恵まれた』というのは本当だ。


 俺は一言で言えば、天才だ。


 優れた才能を持っている人間が自分自身を卑下すると、結果的に自分より能力の劣っている者を馬鹿にすることになる。


 だから天才だ。


 幼少期の時点で数々のコンクールで賞を受賞。小学校のお受験では歴代初の満点合格を叩き出し、その後はエリートが揃う中高一貫校で特待生枠を獲得。学年順位はトップ以外を取ったことが無い。


 もちろん勉強が全てじゃない事も分かっている。だから遊びも人並み以上に行った。この世はずるい人間が得をすると聞いたから、犯罪に手を染めないギリギリでヤンチャもした。こういったアウトローな部分が社会で役に立つと思ったからだ。


 俺はどこまでも完璧を望む。


「汚らしいゾンビをぶっ殺してぇデス! ドドドドです。このゾンビ強くない!? あ、スパチャありがとうです!」


「てか、動画ぐらい消していけよ」


 ソファーに転がっているアノンのスマホに手を伸ばす。そして目に入った画面を見ながら、これが最近の流行なのかと軽く頷く。可愛らしい二次元の萌えキャラクターがゲームをプレイしながら一人で叫んでる。


 頭が悪くなりそうだな……アノンには悪いが。


 しかしこの動画を作成するために使われている技術は馬鹿にできないと感じた。どれも新しい技術とは言えないが、この動画をきっかけに技術を学びたいと言い出す子供が現れれば素晴らしいと思う。


 まぁ、少数だろうけど。


「LIVE2Dでオリジナルキャラクターを作成してゲーム実況ねぇ。技術的には大分昔のものだけど……プログラムはUnityか? Unrealでも行けそうだな。 OBSかなんかで録画してんのか? てか、これ生配信? 最近は面白い稼ぎ方もあるんだな。音楽や背景画像はもうちょいキャラに合わせて作成するべきだな。世界観が合ってない、完全にフリー素材って感じだし。それにキャラクターを動かすプログラムは誰が作ってんだ? ちゃんと音声に合わせて口のプログラム出来て無くね? ここは分岐させてテクスチャー数枚使ってでもこだわる部分だろ。どうせ一枚の画像で作ってんじゃねーのこれ?」


「兄貴?」


「うぉ!」


 背後からいきなり声をかけられて背筋が伸びた。別に悪いことしていたわけじゃないが、アノンのスマホを勝手に使っていた。どんな文句を言われるのかと警戒する。


 しかしアノンはきょとんとした表情のまま俺を見ていた。同時進行でプリンを食べているから器用な奴だと思いながら、いつも通りの反応じゃないことに疑問を抱く。


 なんだよ。普段なら眉間にしわが寄ってる場面だろ?


「悪いな、スマホ返すわ」


「それはいいんだけど、兄貴ってさぁ。こういう動画を作ろうと思ったら作れんの? この可愛いイラストとかも描けたりするの?」


 なんだ? この質問は。心理テストか? 今まで俺がやっていた投資には全く興味が無さそうだったのに、こんな娯楽に興味があるのか? 理解できない。


「え? まぁ、出来るけど」


「それってさ、春風イスズよりも可愛く出来る!?」


「誰だよ」


「この子だよ!」


 俺が先ほどまで見ていたキャラクターのことか。正直このイラストは普通に上手い。色を重ね合わせただけじゃない。鏡のように反射した表現は手書きだけじゃ表現出来ない。多分、いくつかのソフトを重ね合わせて作っているか、イラストに特化した有料のソフトを使ってるな。


「まぁ、出来る」


「え? イスズちゃんより可愛いのだよ?」


「出来るな。この子より可愛いイラストだろ? これでも美術コンクールで何度か金賞貰ってるし、化け物だらけの芸術家に比べたら可愛いだけの絵なんて遊びだ」


「それ世界中のイラストレーターさんに謝るべき発言! てか、描いて!」


「は? やだよ。めんどくさい」


「は?」


「え?」


「え? 描く流れでしょ?」


「なんで?」


「ここで兄貴がイラスト描いて、私がVTuberになる流れじゃん」


「意味わかんないんだけど」


「いや、私の方が意味わかんない。ここまで技術について語っておいて、それを見せずに逃げ出すとかあり得ないんだけど? いや、それはキモイよ?」


「まぁ、愚妹に聞かれなきゃ独り言で終わったんだ。さっさと諦めて二階でゲームでもやってろ。お前が泣きつくから分解したゲーム機を元に戻したんだぞ?」


 え……? まさか本気でVTuberになりたいの? この愚妹は?

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